70話 情報源
母艦の中は、水で満たされていた。いや、厳密には水ではなく、水のようななにかだった。
眼前に広がる光景は、まるで海中のようだった。小さな魚が群れをなして泳ぎ、ときに渦を巻き、ときにひし形を作り、頭上から降り注ぐ陽光らしき光を細かく反射している。
悠然と泳ぐ大型の魚が、そんな小魚の存在など目に入らないかのように群れの真ん中に入り込むと、群れは自在に形を変えて、瞬く間にトンネルを作り上げる。
視線を下にやると、すでに足元には地面がなく、みんなの
10メートルほど下には、青や黄色、赤のサンゴが敷き詰められてペイズリー柄のような模様を描き出し、その表面を、絶え間なく動く網目状の陽光が滑っていく。
左手を見ると、ごつごつとした岩場があり、その表面をイソギンチャクやウミウシが這いずり回っている。
体感としては、ここは明らかに海の中なのだが、不思議と呼吸はできる。また、開いた宇宙船の扉から、水が外に流れ出している気配もない。
「これはどうなってるの? 海の中みたいだけど呼吸もできるし」
「宇宙船のカスタマイズの一種ですよ。魚介星人たちが、自分たちの好みの環境を再現してるんです。この空間を満たしているのは、宇宙水とでも思ってください。水は水ですが、地球の水とは特性や法則が異なります」
佐々木の後頭部が、疑問に答えてくれたところで、アーツが慌てたように左右を見てから言う。
「ハッ! ハッ! これは、ちょっとまずいことになりました!」
「どうした?」
「ハッ! ハッ! 宇宙水の中では、ワタシの鼻があまり利きません!」
「なんだって! 鼻が利かないアーツなんて、魚介類をかじりたいだけの猛犬じゃないか!」
「ボーイ! いくらトゥルースだからって、言ってはバッドなこともあるのよ!」
「冥王星で牛タンを焼いてても嗅ぎつけられるとか言ってたじゃん!」
「ハッ! ハッ! 冥王星なら嗅げたんですけどね! 宇宙水の中ではさっぱりです!」
「だったら、もうこの犬、要らないんじゃないの?」
秋山さんが日本刀で水を切りながら、アーツを
その発生源を確かめようと上下左右に顔を向ける。
下だ。どうやらこの音は下から聞こえてきているらしい。敷き詰められたサンゴの絨毯に目を凝らすが、音の発生源は判然としない。
しかし、そのとき下方からたしかに声が聞こえた。
「アーツよ。困っておるようだな」
その直後、眼下の一際大きな円形のサンゴが動き出し、こちらに向かって浮かび上がってきた。近づくにつれ、それがサンゴではないことが分かった。
サンゴの表面にある無数の凹凸だと思っていたそれは、無数の顔だった。様々な犬の顔。ちらほらと猫の顔も混ざっている。
これはまさか。
「ハッ! ハッ! おじいちゃん!」
やはりか。アーツのおじいちゃん、つまりケルベロスは巨大な犬の頭に、白いひまわりの花が咲いているような
「ケルベロスさんですか」
どの顔に向けて言ったらいいものか分からないまま言った俺の目は、きっと泳いでいたことだろう。
「ワシを知っているのかね」
ひまわりの右上のほうにある、白狼のような顔が言った。
「それはもう。地獄の番犬として、お噂はかねがね」
「番犬時代のワシを知っているとは、嬉しいのう」
今度は左下の、毛がくたびれたスピッツの顔が言った。
「あの頃はよかった」
中央付近のブルドッグが、スピッツのあとを引き取った。
「あの、喋る顔を統一してもらえませんか」
「それは難しいニャン」
ブルドッグの隣のキジ猫が言った。
なるほど。これは厄介だ。アーツがおじいちゃんの顔が分からないと言っていたのも頷ける。
「マグロ大王のにおいが追えなくて困っているのだろう」
「ハッ! ハッ! そうなんです!」
「ワシに任せておけ」
「ハッ! ハッ! おじいちゃんは、宇宙水の中でも鼻が利くんですか!?」
「こんな顔もあるでな」
ひまわりの外側に向かって生えた、ホオジロザメの顔が言った。たしかに、サメは水中での嗅覚が抜群だと聞いたことがある。
「ハッ! ハッ! すごい! さすがおじいちゃんです! でも、おじいちゃんはどうしてここに居るんですか!?」
「おぬしがマグロ大王を追っていると小耳に挟んでな。おそらくここでにおいを追えずに困るだろうと思って、サンゴの振りをしてずっと待っていたのだ」
凛々しいシェパードの顔が言った。
「俺らがマグロ大王を追ってるって、どこで聞いたんですか」
「ふぉっふぉっふぉ。それはのう――」
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ケルベロスは、誰から(どこで)この情報を聞いた?
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