48話目 仕上げ

「あの……」


 おずおずと手を挙げながら言った。

 やはり、あとで変な誤解を生むよりも、今ここで真相を話しておいたほうがいいだろうと判断した。


「実は、マッターホルンさんがそうなった経緯を少々しってまして」


「なんですって!」

「あなた、現場に居たの?」

「誰が、マッターホルンちゃんをこんな姿にしたの!?」


「端的に言いますと、彼女をそんな姿にしたのは俺です。俺が3枚におろしました」


 結論を先に言えと、社会人になってからよく言われたものだ。しかも、結論は簡潔なほどいい。

 俺はその鉄則に準じて答えた。


 しかし、それがいけなかった。


 逆上した巨大マグロたちは、そのたくましい身体からだをビチビチと鳴らしながら、一斉に襲いかかってきた。

 俺は、少し広げた両腕を前方に突き出し、相手を牽制しようとしたが、次の瞬間には後ろから引っ張られ、倒れそうになりながら壁際まで後退した。


 ペーターが、最前に居たエベレストの心臓めがけて、右のコークスクリューブローを叩き込むと、瞬時にしてエベレストの動きが止まる。そのすきを逃さず、左のコークスクリューブローでテンプルを打ち抜くと、エベレストの巨体は床に崩れ落ちた。


 その横では、アーツが別のマグロとクリンチをして、相手の動きを止めてから、突き放し際のハイキックで見事な KO 劇を演じていた。


 スピッツのくせにハイキックが武器とは。


 今度は、ペーターが、強烈なリバーブローで、また別のマグロを悶絶させ、アーツは面倒になったのか食欲に負けたのか、鼻にシワを寄せながら最奥のマグロの喉元に噛み付いていた。


 ああ、あんなにかわいかったアーツが、こんな顔になるなんて。


 30秒もたたない内に、巨大マグロたちは全員、床に転がることになった。エラをピクピクと震わせながら倒れているマグロたちを見て、少々不安になる。


「殺してないよね」


「ドントウォーリー! 急所ははずしたわ」

「ハッ! ハッ! でも、戦いに事故はつきものです!」


「アーツ、最後、噛んでたよね。殺意がなかった?」

「殺意はありません! でも、死んでも構わないとは思ってました!」


 アーツは、思っていたよりも狂犬なのかもしれない。


 俺は、最前で倒れているエベレストに近寄り、その横面を軽くはたきながら声をかけた。


「大丈夫ですか?」


 彼女は、意識を取り戻すなり、敵意を込めた目を向けてきた。


「あんた! よくもマッターホルンちゃんを!」


「違うんです。話を最後まで聞いてください」

「なにが違うっていうの!」


「俺がマッターホルンさんを殺したわけじゃないんです」

「……は?」


 俺は、ことの顛末を説明した。


「マッターホルンさんは、事故死だったんです」

「どこにそんな証拠があるっていうの!」


「マッターホルンさんの下半身を見てください」

「下半身? ……はっ!」


 エベレストを始め、未踏峰みとうほうの従業員であるマグロ星人たちには、マグロの身体からだから、すね毛の生えた立派な足が伸びているのだが、マッターホルンの死体には足がない。


「マッターホルンさんは、本物のクロマグロになったんです。そして、エラ呼吸ができず窒息したんです」

「そうだったの……。それじゃあ、マッターホルンちゃんは、真実の愛を見つけたのね」


 どうにか分かってもらうことができたようだ。場が落ち着いたところで、確認しなければならないことがある。


「このマッターホルンさんを、ここまで運んできた人はどうしました?」


 ササキがここまで運んできたはずなのだが、その姿が見えない。


「その人なら、そのへんに……。あら、どこに行ったのかしら」


 鼻をひくつかせていたアーツが、急に走り出した。


「こっちです!」


 アーツを追って、部屋の奥にあるマッサージベッドの脇まで行ってみると、土器の欠片の山があった。

 念の為、少し近づいて耳を傾けてみたが、例の歌は歌っていない。


「あれ、売子木きしゃのきさんじゃないですか」


 たしかに、土器の欠片の山から、その言葉が聞こえてきた。


「ササキ?」

「そうですよ。どうしたんですか? あれ、ここはどこでしょうか。あ、未踏峰みとうほう。どうしてこんなところに。あ、工房も」


 少し混乱してるようだ。


「じゃあ、修復しに行こうか」


 混乱したままのササキに声をかけ、ペーターとアーツにも協力してもらい、ササキの欠片の山をすべて拾い上げた。


「アーツ、ちょっと頼みがあるんだ」

「はい! なんなりと!」


 用件を伝えると、アーツはあっという間に走って出て行ってしまった。俺らは母艦へと引き上げることにする。


「あ、そういえば、マッターホルンさんを運んできた人って、どんな感じだったんですか」


 帰り際、エベレストに聞いてみた。


「なんか、全身に亀裂が入って、頭の欠けた気味の悪い人間だったのよ。身体からだも、動くたびにあちこちがガクガクずれちゃってて。そんな状態でずっと、エンダァァァァとか歌ってたわ」


 なるほど。砕けた身体からだで、無理矢理人間に化けてここまでマッターホルンを運んできたらしい。あの歌をリピートしながら。


 俺らは店を出て、エレベーターに乗り母艦へと戻った。ペーターが一緒だったからか、入口で兵士に撃たれることはなかったが、また通行証を忘れていたことに気づいた。


 ラインを通りハニワ工房へと向かった。


「あ、売子木きしゃのき樣」


 蛇星人に迎えられ、ペーターと2人、防護服と保護マスクを装着していると、すぐにアーツもやってきた。


「お待たせしました!」


 アーツは、ササキ家の冷蔵庫の中にあった、マッターホルンの肉と、テーブル脇に転がっていた1センチのササキの欠片を持ってきてくれていた。


 これで、素材はすべて揃ったはずだ。


 アーツにも防護服を来てもらい、3人で仕上げ室へと向かった。


 ササキの修復と、ササキの悲願を同時に達成するいい考えがある。


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 さあ、ササキの欠片と、マッターホルンの肉でなにをする?

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