49話目 悲願成就?
仕上げ室のドアを開けると、変わらず、液体ちくわを土化してハニワを仕上げているステンノが居た。
「おや、おかえり。それがササキの欠片だね」
ステンノは、アーツが両手に抱えているものを見て言った。
「はい。さらに、ササキの最愛のマグロ、マッターホルンさんの肉も持ってきました。俺にいい考えがあるんです」
言いながら、室内がやけに静かだなと思った。そうだ、延々と歌い続けていた廃ササキの姿が見えない。
「あれ、さっきまであそこにいた、廃ササキは?」
「うるさいから壊しちまったよ」
「もう少しだけここに置いてくれるって」
「冗談さ。でも壊したのは本当だよ」
「どういうことですか」
「あんたが、残りの欠片を回収しに行くって言ったときに、すぐに思い至るべきだったんだけど、ハニワの精神ってのは全細胞で繋がってるんだよ。例え物理的に離れた場所にある欠片でもね」
「あ、たしかに、俺がササキの家で見つけた小さな欠片も、あの歌を歌ってました」
「やっぱりね。だから、こっちで廃ササキを壊して、変な拒絶反応をなくしておけば、残りの欠片たちは正気を取り戻すんじゃないかと思ってね」
そういうことだったのか。
廃ササキが生成され、もとのササキの記憶や人格がほとんど消し飛んでしまったときに、それでもマッターホルンへの愛情だけはわずかに残った。
そして、その精神はササキ家にあった欠片の山にもシンクロして、おかしな行動を取ったとういことらしい。
「君は、どうしてマッターホルンさんの死体を、
アーツに抱えられたササキに問いかけた。
「それが、あまり覚えてないんですよね。ステンノ様に修復をしてもらう直前の記憶と、自分の部屋で転がっていた記憶まではあって、そのあと、
「そうなんだ。本当になにも覚えてないの?」
「はい。ただ、なんとなくなんですが、マッターホルンちゃんと出会ったあの頃に戻りたいって強く思ったような気がします。うっすらと、そう思っていた気持ちの残骸みたいなものを感じる気がします」
おそらく、廃ササキになったとき、残った記憶がそのあたりの記憶だけだったのだろう。部屋の中で頭と尾だけになった彼女を見ても、それが死体であることにも気づかないまま、一心不乱に抱きかかえて
「となると、ステンノさんの判断で救われたかもしれません」
ステンノがいいタイミングで廃ササキを壊してくれてなかったら、残りの欠片は、今でも
「むしろ気づくのが遅くなってすまなかったね」
そう言って彼女は、小さな欠片を投げて寄こした。
「これは」
「僕ですよ」
その小さな欠片は、ササキの声で言った。
「壊した廃ササキの中から取り出した、純粋なササキの欠片だよ。実はさっきから、そのササキと話をしてたんでね、あんたがもうすぐここに来ることも分かってたのさ」
いろんなことが起こって、理解が追いついてない部分もあるが、とりあえずササキの修復を進めよう。
「改めて、ササキの修復を進めましょう。単に修復するだけじゃなく、ササキとマッターホルンさんの悲願を叶える方法があります」
俺は、ステンノにその方法を打ち明けた。
「なるほど。そりゃあ面白い。その2人が、本当に愛し合ってれば上手くいく可能性は高いだろうね」
「では、早速始めたいと思います」
「あたしも、準備を進めておくよ」
ステンノは仕上げ室を出ていった。
こちらはこちらでやるべきことをやろう。
アーツが抱えているササキの欠片を床に降ろしてもらい、ペーターと手分けしながら、欠片をひとつひとつ地面に並べていく。
まずは、できる限りササキの姿を復元するのだ。
「あ、それは右手の先です。それはお腹のあたり」
ササキ本人からの的確な指示出しもあり、復元は順調に進んでいく。欠片と欠片の隙間には、再教育されたての液体ちくわを塗って接着剤代わりにする。
「コンプリケイテッド! わたしはこういう細かい作業は苦手だわ!」
ペーターは、そもそもボクシンググローブで欠片を掴むことに苦労しており、ほとんど役に立っていなかった。
「ハッ! ハッ! 言われたところに置くだけですからね! こんな作業、犬でもできますよ!」
地味に、飼い主に牙をむいているかのようなアーツ。
ものの30分ほどでササキの復元は終了し、間抜けなポーズのハニワができあがった。ただ、完全に復元できたわけではなく、あちこちに穴やへこみはあった。これは、割れた際に粉々になってしまったところもあり、集めきることができなかった部分だと思われる。
しかし、その粉々になった部分にもササキの意識が通っているのだとしたら、一体どうなってしまうのかと思ったが、考えるのはよそう。
「どう? 久しぶりに全身を取り戻した気分は」
「悪くないです。でも、いったいこれからどうするんですか」
ササキには、俺の計画の内容を知らせていない。本人にはびっくりしてもらいたいからだ。上手く行かなかったときも含めて。
「これから、君を、マッターホルンさんとひとつにしていくよ」
俺は、アーツに持ってきてもらっていた包丁を手に取り、マッターホルンのサクから、次々と刺し身を作り、ササキの上に盛っていった。
お腹の上に、円形に盛り付けをしていき、中心部では赤身で華をかたどった。
その他、刺し身を、ササキの
「ああ、すごい! 僕、マッターホルンちゃんの中に入ってる! マッターホルンちゃんの中、すっごいゴツゴツしてるよ」
マグロの頭の中は骨だらけなので、さぞゴツゴツだと思うが、ササキ本人は幸せそうなので何よりだ。
「これでハニワ盛りの完成だ!」
「マッターホルンちゃんと、身も心もひとつになれた気がします! ありがとうございます」
「ファンタスティック! これが地球の日本が誇る職人芸なのね!」
「ハッ! ハッ! でも、これからどうするんですか! このままじゃ、マグロ部分だけ腐って、不衛生なハニワになるだけですよ!」
「これで終わりじゃない」
そう。ここからが本番だ。
「こっちの準備はできたよ」
いいタイミングでステンノが戻ってきた。ステンノにも手伝ってもらい、ハニワ盛りとなったササキを慎重に持ち上げ、ハニワ制作の初期工程を行う場所へと運んでいった。
目に前には、巨大なミキサーがある。宇宙ちくわを粉砕するミキサーだ。ここにササキを投げ込むのだ。
「ミキサーの刃は頑丈な金属だから、ハニワを入れても問題ない。それは保証するよ」
ステンノはそう言ってくれた。
「ホワイ!? どうせミキサーに放り込むなら、なぜハニワ盛りなんて作ったの? 無駄じゃない?」
「まあ、あまり意味はなかったかもしれないけど、できるだけのことはやっておこうと思って」
回答になっているのかよく分からなかったが、ペーターは納得してくれたようだ。
少々の不安を残したまま、みんなでタイミングを合わせて、ミキサーの投入口へとササキを放り込んだ。
バキバキバキ、と硬いものが砕ける音が響く。
ミキサー下部の蛇口から、赤黒い、半固形の物質がムリムリと押し出されてきた。
「痛くないの?」
と問いかけてみる。
「あ、全然。僕に痛覚はないですから」
平然と答えるササキの声。ミキサーで粉々になっても、やはり意識はしっかりしており、話すこともできるようだ。
「ただ、マッターホルンちゃんのすり身と混ざり合って、より一層、彼女との距離が縮まった気がします」
このあと、通常の工程だと貯蔵タンクでの再教育が入るのだが、それはやらない。あくまで、ササキとマッターホルンの元の人格のままで、ひとつにハニワになってもらうのだ。
ミキサーの内容物が出きったところで、ササキとマッターホルンの混ざりあった固まりを仕上げ室へと持っていく。
「じゃあ、やるよ」
ステンノが言う。
「お願いします」
ササキと俺の声がユニゾンした。
赤黒い固まりのササキが、少しずつ以前と同じハニワポーズを形作っていく。ここというタイミングでステンノの目が光ると、ササキの
はたして、ササキの記憶や人格はどうなるのか。
修復は成功するのか。ササキとマッターホルンはひとつになれたのか。
--------------------------------------------------------------------
このあとの、ササキの第一声は?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます