40話目 課題
「牧場長のペーターよ。なんの用?」
そう言って現れたのは、カウボーイハットをかぶった人物だった。ブラウンのTシャツに、デニムのジーンズ、さらに下半身全体を覆う、巻きつけ型の革のチャップスを着用している。
服装だけ見れば、完全にカウボーイだが、色白で、艷やかなロングの黒髪をなびかせた、端整な目鼻立ちの女性だった。
そして、なぜか両手にはボクシンググローブをはめており、せわしなくシャドーボクシングをしている。
「お忙しいところ申し訳ありません。わたくし、こういう者です」
名刺を差し出すと、ペーターは高速のジャブでそれを奪い取り、ウィービングをしながら読んだ。
「山田鮮魚店? 魚屋がうちにどんな用なの?」
「弊社と提携している回転寿司の店舗で、今度、おっぱい星人のフェアを実施したいと考えておりまして」
「おっぱい星人のフェア? 寿司には魚介系の星人を乗せるものでしょ」
ペーターは、ダッキングと高速のワンツーを繰り返しながら言った。
会話の最中に、こうも動かれると少しうっとうしいが、大事な商談の場なので、不快感を顔には出さない。
「いえいえ。昨今の地球の回転寿司では、魚介以外の様々な物を乗せるのです。もう、酢飯の上に何かが乗っていれば寿司だと言い張れるのです。なんでも乗せられるのです。そう。おっぱい星人でも」
「フレキシブル!」
言いながら、ペーターは上半身を柔軟に動かしてスウェーをしてみせた。
「ご相談に乗っていただけないでしょうか」
「
ペーターは、顔を殴られたような仕草を見せたあと、派手な音を立てて床に倒れ込んだ。
「
なにやら、カウントを始めた。
「
そう言いながら立ち上がり、両腕を頭の腕で交差させるように振るペーター。
まったく展開についていけず、俺はただ呆然と見ていた。
「それは
困った。ノリにまったくついていけない。
「申し訳ございません。それで、できましたら、こちらの牧場を拝見して回りたいのですが」
「オフコース! わたしが案内するわ」
よかった。なんとか視察ができそうだ。
ペーターに案内され、受付横を通り、長い廊下の中へと入った。
「ハッ! ハッ! 行ってらっしゃいませ!」
スピッツの受付嬢の声が背後から聞こえた。
「この廊下は、800メートルあるの。端までダッシュしましょうか!」
ペーターは前かがみになり、今にも走り出しそうな姿勢になった。
「いいえ! ゆっくり牧場を見させてください」
「OK。スロートレーニングってわけね」
なんとか普通に歩いて廊下を進むことに成功した。
ほどなくして、最初のガラスが近づいてきた。
ガラスの中は水で満たされていて、まさに水族館の水槽のようだった。
正面まで来て、水槽の中を覗くと、そこには、ぬらぬらと赤くテカる、無数の触手が揺らめいていた。その触手は、1本1本の長さが1メートル近くあり、根本の太さは直径20センチほどもある。
それが集まった姿は、まるで真っ赤な巨大イソギンチャクだ。
その巨大イソギンチャクは、こうして見ている間にも、触手と触手の間から、新しい触手を生やしていく。
無限に触手が増殖していくのかというと、そうではなく、一定の大きさになった触手は根本からブッツリと切れて、浮力で水面へと浮かんでいく。
いったい、これはなんなのだろう。ここは、おっぱい星人の牧場ではなかったのか。
「すみません。こちらは、なんですか?」
思ったままの疑問をぶつけてみた。
「タンの養殖槽よ」
ヒットマンスタイルからのフリッカージャブを繰り出しながらペーターが答えた。
「これが、タン?」
「イエス! おっぱい星人のタン!」
俺は、再び、まじまじと巨大イソギンチャクを見つめた。
そう言われてみれば、触手の1本1本は、牛タンのように見える。しかし、この異様な光景はどういうことだろう。
「タンって、こう、おっぱい星人の口の中にあって、1体のおっぱい星人から1本取るような感じじゃないんですか」
身振り手振りを交えながら、自分の常識で抵抗してみせた。
その身振り手振りに反応して、ペーターは俺の手に軽いパンチを打ち込んでくる。
「ミット打ちじゃないんです」
「オー、ソーリー。ボーイが言ってるのは、ずいぶん原始的なやりかたね。うちの牧場じゃ、そういう方法はもうやってないの。タンはタンだけで養殖してる」
牛タンイソギンチャクの姿を真似るかのように、ショートアッパーを繰り出しながら語るペーター。
「でも、これ、なんか怖いんですけど」
「怖い? わたしからすれば、肉を得るために、毎回おっぱい星人を殺す方法のほうが怖いわ。この養殖なら、実質、おっぱい星人は1体も死んでないのよ」
そう言われれば、こうして養殖が可能なら、こちらのほうが残酷ではないと言えるのかもしれない。見た目はグロいが。
「ひょっとして、部位ごとに養殖してるんですか?」
「ザッツライッ! なので、希少部位なんていうものは存在しないの。部位ごとに、意のままに生産量を調節できるから。パーフェクトよ!」
ピーカブースタイルで言うペーター。
なるほど。たしかに画期的だ。「牛1頭から200グラムしか取れない」などという謳い文句をよく見るが、そういった概念はもはや時代遅れというわけだ。
「エクセレント! 実に素晴らしいです! 弊社との取引のお話を本格的に進めさせてほしいです。プリーズ!」
ついに俺も、自分を捨てて、相手のスタイルに合わせることにした。
「グゥゥッド! 分かってもらえて嬉しいわ。取引の話を始める前に、ひとつ条件があるわ!」
嫌な予感がする。
「ホワッツ!? なんでしょうか」
「ボーイはさっき、酢飯の上に何かを乗せれば、なんでも寿司になると言ったわね。なら、私を納得させられる、おっぱい星人寿司を作ってみせなさい!」
「え、今ここでですか?」
「イエス! できなければ、この話はここでジ・エンドよ」
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どの部位でどんな寿司を作る?
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