38話目 今日も外回り

 裸足のまま玄関に下り、薄いベージュの、少し汚れたドアを開けた。


 外には、毒々しい色を放つ建物が並んでいた。

 そう。これは、昨日見た光景だ。


 やはり、昨日のことは夢ではなかったのだ。夢ではなかったとしても、もしかしたら、一晩寝ることで、心のかせが再びはまるかもしれないという思いもあった。

 しかし、目の前には、昨日見た通りの光景が広がっている。心のかせは外れたままということだ。


 洗面所で、顔の血を洗い流し、一通り身だしなみを整えてから出勤することにした。シャワーを浴びてないことは思い出したが、構いやしない。


 昨日までと同じ満員電車に乗っているはずが、自分の精神状態は、昨日の朝とはだいぶ違う。

 それはそうだ。

 見回せば、周りに人間はほとんど居ない。車両の中でぎゅうぎゅう詰めになっている者の多くは、宇宙人なのだ。タコやらハリセンボンやら。


 昨日の朝、自分は、このままでいいのか、という思いに支配されていた。夢を叶えずに、普通の暮らしを送ることに疑問を感じていた。

 しかし、自分の暮らしを普通の暮らしだと感じていたのは、結局のところ、心にかせがあったからなのだろう。


 かせが外れた今となっては、世界には、まだまだ自分の知らない喜びがあるのであろうことを感じている。


 会社の最寄り駅に着き、電車のドアが開く。人の波に押し流されはしたが、今朝は、あくまで自分の意志で降りた。


 改札を出てしばらく歩き、会社の入っている細長いビルが視界に入ってきたとき、屋上部分に球体が付いているのを確認して、少し安心した。


 あそこにハニワ工房があり、ステンノも居るのだ。そしてカジノや牧場もある。


 ビルの入口をくぐり、薄暗い廊下を歩き、灰色のドアの前に立った。時刻は 8時55分。いつも通りだ。

 果たして、ドアの向こうはどうなっているのか。かせが外れてから、オフィスの中に入ったことはないのだ。社員の中に、本物の人間は何人なんにん居るのだろう。


 少し緊張しながらドアを開けた。


 軽く見回すと、プリンターやシュレッダー、デスクやパソコンなど、オフィス内の機材はそのままだった。

 佐々木と自分以外のデスクには、社員が座っており、すでに仕事を始めているようだ。


 山田社長は、カジノで会ったときのまま、やはりチョウチンアンコウだった。じろりとこちらをひと睨みしただけ、特に何も言ってこなかった。


 自分の席へと向かいながら、全社員を順繰りに見ていったところ、意外なことに、全員、人間のようだった。

 しかし、ここで自分の認識違いに気づいた。


 そうだ。総務の小島さん。姿は人間だけど、中身はロボットであり、アルプスの怪女High Gハイジーなのだ。

 小島さんは、こちらを見て、意味ありげな笑みを浮かべている。


 そう考えると、見た目が人間であっても、人間ではないやつも居るということだ。


 席に着き、隣の加藤をまじまじと見る。やはり人間に見える。


「おはようございます」


 何事も無かったかのように自分から声をかけると、加藤も普通に返事をした。


 パソコンを立ち上げるなり、加藤からチャットが飛んできた。


加藤「佐々木、今日も来てないぞ。本当にあいつが 1,000万円 盗ったのかもな」


 そうか、加藤の情報は、昨日の今朝のままで止まっているのだ。こいつと、1,000万円盗難の犯人探しをしていた頃が懐かしい。


**「いや、佐々木は犯人じゃない。佐々木はたぶん、明日か明後日くらいには出社してくるんじゃないかな」

加藤「あれ、なんか知ってるの?」


**「昨日、外出のついでに、ちょっと佐々木の家に行ったんだ。ちょっと身体からだを壊しちゃって、今、動けないんだよ。今日くらいには直ると思う」

加藤「細かいツッコミをするが、その場合の字は”治る”だからな」


 加藤に言われて、自分が佐々木を人間として見ていないことに気付かされた。


 危ない。こういうのは、ちょっとしたときに言動に出てしまうので注意が必要だ。


加藤「そういえば、お前、昨日外出に行ったっきり戻ってこなかったな。いくらなんでもサボりすぎだろ」


**「ちょっといろいろあってね。でも、おかげで、スシルーの次のフェアはほぼ決まったんだ。今日はそれを詰めてこようと思う」

加藤「一応仕事もしてたんだな」


 ここで、別の社員からもチャットが届いた。


秋山「カニの件、忘れないようにね。もしバックレたら……」


**「分かってるって。ところで、金庫から消えた 1,000万円って、あれからどうなったの?」

秋山「それね。また、ちょっと面白いことになってるの」


**「思い白いこと?」

秋山「ここから先は、別料金」


**「げ。そこでも金取るの?」

秋山「従量課金制になっております。別に、嫌ならいいよ」


**「検討しておく。ちょっと、外に出ないといけないんで」


 出社して早々だが、荷物をまとめてオフィスのドアへと向かう。


「打ち合わせに行ってきまーす」


 昨日と同じ言葉を吐いて、オフィスから出た。


 さて、今日こそは牧場に行ってみるか。ハニワ工房でもいいし、その他のところでもいいけど。


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 さて、どこに行く?

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