37話目 夢か現か

 このまま、ステンノとのデートを続けたいのはやまやまだが、明日も会社に行かねばならない。

 今日1日でいろいろなことがありすぎて、すっかり忘れてしまうところだったが、自分は一介のサラリーマンなのだ。


 女性にうつつを抜かして、仕事がおろそかになるようなことがあってはならないのだ。今日の仕事がおろそかになったことには、目をつぶろう。

 そうやって現実を折り合いを付けるということが、大人になるということなのだ。


「ステンノさん。今日は楽しかったです。ありがとうございました」


 断腸の思いで、デートの終わりを告げる言葉を発した。


「おや、今日はこれで終わりかい」


 そう言った彼女の声が、少し残念そうな響きを帯びていたことが、少し嬉しかった。それだけに、デートを終える決心が揺らぐが、なんとか踏みとどまった。


「そろそろ帰って寝ないと、明日の仕事に響きますから。ステンノさんも、お仕事があるでしょうし」

「あたしは、寝ることがないからかまわないんだけど。でも、あんたに無理をさせちゃいけないね」


 そうか。ステンノは睡眠をとらないのか。


「ハニワ工房まで送っていきますよ」

「そうかい? 悪いね」


 送っていくといっても、ラインを通ってあっという間なので、情緒もなにもあったものじゃないが。

 2人で歩くこと10数秒、ラインの入口に着き、次の瞬間にはハニワ工房の中に居た。


「ステンノ様! お帰りなさいませ」


 防護服を着た蛇星人が、仰々しく迎えた。


「ああ、今、帰ったよ。悪いね。長時間、留守にしちまって」

「いえ。ステンノ様も、たまには羽を伸ばされるべきです」


「ああ。最高に羽が伸びたよ。ありがとね」


 ステンノはこちらを振り返って言った。


「いえいえ、こちらこそありがとうございました。また、お誘いしてもいいですか」

「あ、ああ。でも、無理はしないでいいからね。あたしみたいな女に、気を使わなくても」


 ステンノは、自分に自信が無いのか、ここへ来て遠慮がちなセリフを口にした。


「無理はしてません。誘いたいから誘うんです」

「そうかい。じゃあ、また気が向いたら工房に顔を出しておくれよ」


「はい。ぜひ」


 ステンノは、ハニワ仕上げ室のドアへと向かい、背中を向けたまま、こちらに手を振った。


「ちょっと待ってください!」


 誰の声かと思ったら、ササキだ。


「せっかく工房に来たのですから、僕の修復をお願いします。僕をステンノ様に渡してください」


 そうだ。またこいつのことを忘れるところだった。


 ステンノのもとに駆け寄り、渡せるだけのササキを手渡した。


「こいつの修復をお願いします」

「ああ、そうだったね。うーん」


 アゴに手を当てて、彼女は少し悩む仕草を見せた。


「どうしたんですか」

「あとで、あんたに頼み事をするかもしれないので、そのときは頼むよ」


 ササキの修復に関して、何か手伝えることがあるのだろうか。


「はい。喜んで」


 半分、条件反射でそう答えると、彼女は仕上げ室のドアの向こうへと消えた。


「あんなに嬉しそうなステンノ様を初めて見ました。ありがとうございます」


 蛇星人がこちらを向いて言う。

 その言葉が、純粋に嬉しかった。日頃、近くでステンノを見ている者がそう言うのであれば、実際にそうなのだろう。


 彼女に嫌われてはいないはずだ。彼女の遠慮がちな態度も、もう少し親しくなれば、きっと緩和されていくだろう。


 工房をあとにした俺は、その足で牧場へと向かった。


 こんな時間ではあるが、一度顔を出しておこうと思ったのだ。ラインを通じて牧場に着くと、想像とは違う光景が広がっていた。


 地球人のさがで、牧場と言われると、緑で覆われた草原に、木の柵が建てられているような風景を想像してしまうのだが、ここの牧場は、黒っぽい金属に覆われていた。

 金属の壁に、ガラス窓のようなものが整然とはめ込まれている。


 中に入って様子を見たかったが、やはり、もう閉まっているようだ。仕方ない。明日、また出直そう。

 牧場をあとにし、自宅へ帰ることにした。


 ラインを通じて母艦の入口まで行き、会社のビルの屋上へと出た。エレベーターで1階に下り、会社のドアの前を通った。

 会社の電気は消えており、もう中には誰も居ないらしい。ためしにドアのノブを回してみたが、ちゃんと鍵がかかっていた。


 会社から駅へと歩く。現在、23:20。まだ電車は走っている時間だ。色とりどりの異星人が乗る電車に揺られ、自宅へと帰った。


 心のかせが外れたとかで、町の様子はすっかり様変わりしてしまっていたが、不思議と、自宅の中は今まで通りだった。

 慣れ親しんだ部屋の風景に、少なからず安堵を覚え、眠りについた。



 目が覚め、いつもと変わらない自室を見た瞬間、昨日のことがすべて夢だったのではないかという思いにとらわれた。

 そうだ。あんな馬鹿げた話、夢に決まっている。


 顔を洗おうと洗面所に行き、鏡を見ると、自分の顔の半分は、乾いた血に覆われていた。


 寝てる間に頭を切ったのかもしれない。壮絶な鼻血を出したのかもしれない。


 そうだ。外に出てみればはっきりするだろう。外の町並みが、いつも同じであれば、昨日のことは夢だったのだ。

 玄関へと向かい、ドアを開けた。


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 外の町並みはどうだった? いつもの町並み? それとも昨日の町並み?

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