36話目 そろそろ深夜

 端末を操作しながら、散々迷ったが、決めた。


 カジュアルは、黒のTシャツと、デニムのホットパンツだ。Tシャツはやや小さめにしておく。色を黒にしたのは、白だと刺激が強すぎるからだ。


 水着は、パレオ付きのビキニにしておこう。大人の女性らしさを演出だ。水着を着るようなシチュエーションが訪れるのかは分からないが。

 そういえば、この母艦内にプールのような施設はあるのだろうか。


 コスチュームで、外せないのは、やはり黒のチャイナドレスだろう。端末のスライダーを操作して、スリットを最大まで長くしておく。


 もうひとつのコスチュームで、大いに悩んだ。選択肢が多すぎて絞りきれない。何か決め手になる要素はないかと考えたとき、ふと思いついた。

 そういえば、もう12月か。


 そうだ。サンタにしよう。サンタクロースのコスチューム。


 端末で検索をすると、あった。女性用のもちゃんとある。あえて男性用を着せるというおのもおつかもしれないが、やはりここは女性用だろう。

 赤を基調として、ふちが白い、ミニスカートのワンピースタイプ。そこに、ケープを羽織るタイプのものを選択した。

 脚には、赤白ニーソックスのオプション付きだ。


 完璧だ。完璧なチョイスだろう。


 これら、4着の服を端末内のカートに放り込むと、合計9万6千円。


 うむ。惜しくない。どうせカジノで、イカから巻き上げたあぶく銭だ。


 端末の購入ボタンをタッチすると、メッセージが表示された。


「買ったものを着ていくかい?」


 やけになれなれしい口調のメッセージだったが、迷わず「はい」を選択した。


「せっかく買ったんだから、着なきゃ意味がねえよな。どれを着るんだい?」


 少し迷ったが、ここは黒のチャイナドレスにしておく。


 決定ボタンを押すと、ステンノの服装がチャイナドレスに変わる。しかし、先ほどの試着のときと区別がつかない。これで本当に着ているのだろうか。


 端末には、さらにメッセージが表示された。


 残りの服と、先ほどまで着ていた服を、持ち帰るか、指定の場所まで送るかをたずねている。


「ステンノさん。買った服は、工房に送っておきますか?」

「おや、ここで着ていかないのかい」


 そうだった。ステンノには何も説明していなかった。


「とりあえず、その黒いチャイナドレスを買いました。それを着て帰りましょう」


 その後、一通りの説明をして、残りの3着と、赤のドレスは工房に送ることになった。彼女から聞いたアドレスを端末に打ち込み、決定ボタンをタッチすると、3秒後には、配送完了と表示された。

 配送もラインを使っているから、ほぼ時間はかからないのだ。


 ステンノは、部屋の中央で、鏡に映った自分の姿を確認しているようだった。


「へえ、なかなか素敵じゃないか」


 その声は、少し弾んでいるように聞こえた。


「それは、地球で大人気の服なんですよ。地球中の男性が、女性に1度は着てもらいたいと思っている服です」


 まあ、中国の人口を考えれば、世界中と言っても言い過ぎではないだろう、多分。


「すみません。俺の趣味を押し付けてしまって」


 そうなのだ。服の購入にあたって、ステンノにまったく相談をしていないことに気づいた。相談する間もなく、気づいたら買う服が決まっていたのだ。


「いや、ありがと。服屋なんて、自分じゃそうそうこないし新鮮だったよ。それに、こんないい服買ってもらっちゃって。これ、高かったんじゃないかい」


「いえいえ、気にしないでください。この試着室での時間だけで、元は取れましたよ」


 つい本音が口から出たが、彼女にはその意味が分からなかったようだ。


「では、ステンノさん、こちらへ」


 彼女を、中央の試着スペースから呼び寄せた。


 そして、代わりに自分が試着スペースへと入った。どんな風に見えるのか、自分でも見てみたかったのだ。


 たしかに、目の前に鏡のようなものがあり、そこに映った自分の顔は赤黒かった。


 そうだ。先ほど、イカに銃のグリップで殴られて、頭が割れたのだった。そこそこの出血だったのだろう。顔の半分が血で覆われていたが、すでに乾いてパリパリになっていた。

 どうりで、顔の感触がおかしいと思った。


 傷からの出血は、もう止まっているようだった。髪の毛をかきあげて、頭の傷を確認してみたが、どこが傷口なのか分からなかった。


「あ、たぶん、傷なら治ってると思うよ」


 横からステンノが言った。


「え、なんでですか」

「あたしの身体からだには、他人の傷を治す力も少しあってね。さっき、あんた、あたしに抱きついただろ。あのときに、あらかたの傷は治ったんじゃないかね」


 そんな能力まであるのか。


「覚えていますか」


 唐突に、胸ポケットのササキが言った。


「僕が、家に帰ってきたときに持っていたバッグの中身」


 はて。なんだっただろうか。今日の昼頃の出来事のはずなのに、もう遠い昔のことのようで、なかなか思い出せない。


「なんか、蛇の抜け殻がいっぱい入ってたやつ?」

「メデューサの頭の抜け殻ですよ」


「ああ、なんかそんな話をした気がする」

「僕は、藁にもすがる思いで、メデューサから抜け殻をもらってきたんです。ほんの少しでも治癒の効能があるかもしれないと思って。マッターホルンちゃんを助けられるかもと思って」


「駄目だったんだっけ」

「あなたが、彼女を食べちゃってたんですよ!」


「でも、君も食べたじゃない」

「そこは覚えてるんですね。もういいです。このやりとり」


「でもまあ、妹の、しかも抜け殻じゃ、どのみち望みは薄かったと思うよ」


 なぐさめようとしたのか、ステンノが言った。


「とりあえず、行きますか」


 来たときと同様、ラインを通って服屋へ戻った。ステンノの服装は、ちゃんと黒チャイナドレスのままだ。

 ついつい、振り返って見てしまう。


 服屋を出て、ショッピングモールの通りに出た。先ほどの騒動が嘘のように、また大勢の人でごった返している。

 時刻はもう23時。そろそろ今日が終わろうとしている。


 さて、このあとどうするか。


 ステンノとのデートを続けるか。続けるならどこに行くか。

 一度工房に戻って、ササキの修復作業をするか。

 もしくは、家に帰って寝るか。明日も一応会社はある。自分はまだ、山田鮮魚店の従業員を辞めたわけではない。おっぱい星人フェアの責任者でもある。


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 このあと、どうする?

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