34話目 各階
何が起きたのか分からなかった。
気づいたときには、
イカへの殺意も湧き上がったが、それよりも、まずはステンノのそばに行かなければと思った。
ステンノは、胸に右手を当ててから、その手の平に付いたものを確認するような仕草をした。
俺は、今にも彼女が崩れ落ちるんじゃないかと思い、駆け寄った勢いで、そのまま彼女を抱きしめた。
といっても、なんせ彼女は3メートル近いので、彼女の尻に抱きついた格好になった。
「ステンノさん……」
ようやく、かすれた声が、喉の奥からかろうじて出た。
見上げると、彼女は、少しきょとんとした顔をしているように見えた。保護グラスのため、目の表情は定かではないが。
「おやおや、どうしたんだい。必死な顔をして」
「だって、ステンノさん……う」
撃たれて、と言いそうになり、途中で止めた。言ってはいけない気がした。
己の鼓動が早まるのを感じた。
「本当に、かわいい坊やだねえ」
ステンノは口元に笑みを浮かべた。
「え……」
「言ったろ。あたしの身を案じるなんて100年早いって」
そういえば、つい最近、そんなことを言われた気がする。
「あたしが、鉛弾程度でどうこうなると思ったかい」
ステンノは、先ほど胸に当てていた右の手の平をこちらに向けてみせた。そこには、血の一滴も付いていなかった。
「え? え? でも、胸の傷は?」
「もうふさがっちまったよ」
彼女は、ドレスに空いた穴を軽く指で広げて、胸元の皮膚を見せてくれた。そこには傷痕すらなく、青白く美しい肌があるだけだった。
「いつまで見てるんだい」
その妖艶な肌に、しばらく見とれてしまっていたことに気づく。
広げられていたドレスの穴は、彼女の指で閉ざされた。
「ステンノさんは、無事なんですか」
「地球人は本当に、メデューサばかり知っていて、あたしのことは全然知らないんだねえ」
「と言うと?」
「あたしは、不死身なんだよ」
どっと安堵が押し寄せてきた。
不思議と、今になって少し涙が出た。
「ああ、よかった。よかったです」
心の底から声が出た気がした。言いながら見上げると、彼女の保護グラスの奥がまた光ったのが見えた。
「すまないね。先に言っておけばよかったんだろうけど、あんたが聞かないからさ」
そうだ。そう言われて思い出した。スイスで、彼女が何か言いかけていたのを
人の話は最後まで聞くものだ。
大きなため息をついたとき、彼女の足越しに、イカが逃げていくのが見えた。追いかけようかと思ったが、すぐにラインに乗り、どこかへ消えてしまった。
「くそ。あのイカ野郎……」
意図せず、口からこぼれた言葉が、ステンノにも聞こえたようだ。
「安心しな。ただじゃおかないさ」
そう言ったあと、彼女は身をかがめてこちらの顔を覗き込んできた。
「むしろ、あんたこそ大丈夫なのかい」
言われて、自分が先ほど滅多打ちにあっていたことを思い出した。慌てて立ち上がり、四肢を動かしてみると、多少の傷みはあるものの、問題なく動いた。
念の為、両手で、自分の肩や胸などあちこち触ってみたが、やはりどこにも大きな異常はなさそうだった。
しかし、ここでふと気づいた。胸ポケットの中身が、先ほどまでよりも存在感をなくしている。
おそるおそる胸ポケットに手を突っ込んでみると、欠片が粉々になっていた。かろうじて、1ミリ程度の破片をつまみ、顔の前に持ってきた。
「ササキくん? 生きてるかな」
「それはもう」
「おお、よかった」
「もともと割れてますしね。破片が細かくなったところで、痛くも痒くもないですよ」
「そういうものなんだ」
「ええ、まあ。ただ、早く修復してくれないと、僕、その内、本当に粉末になってどっかに飛ばされてしまうんじゃないかと思ってますので、ASAP で修復をお願いしたいです」
「分かった。できるだけ急ぐよ」
ササキを胸ポケットに戻した。
「ああ、
ステンノは、自分のドレスの胸元を軽く指で引っ張りながら言い、こちらに笑顔を向けた。
「でも、あんたが、いい服を
そうだ。服屋に行く途中だったんだ。10万円も死守したし、彼女に似合いの、もしくは俺好みの服を買ってやろう。
「では、行きましょう」
2人で、ショッピングモールへと入っていった。
「ASAP でお願いしますよ」
胸ポケットからササキが言った。
モールの入口にいくつかの案内板があり、服屋のスペースにこう書かれていた。
・1F カジュアル
・2F フォーマル
・3F ミリタリー
・4F 水着
・5F 各種コスチューム
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さて、何階に行く?
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