24話目 警告

「ちんすこうを食べに行くことにする」

「はあ」


「どこに行けば食べられるか教えて」

「え。どうして僕が」


「そもそも、どんな食べ物なのかも知らないもの」

「どうして、知りもしないものを食べに行くことにしたんですか」


「そこは、インスピレーションがビビッと来たの。ステンノさんも、きっとちんすこう好きだよ。食べれば、頭の蛇が泣いて喜ぶね、きっと。

「頭の蛇が喜ぶところを見たいんですか」


「いや、ステンノさんが喜ぶところを見たい。頭の蛇が喜べば、ステンノさんも悪い気はしないでしょ」

「論点がどんどんズレてる気がしますが」


「それは君が、ちんすこうを食べられる場所を教えずに、煙に巻くような質問をするからでしょ」

「煙に巻くつもりはさらさら無かったんですが」


「いいから、早く教えなさい」

「うーん。なんか、スイス料理でそんな名前の食べ物があった気がします」


「スイス!? ひらがなで、ちんすこうなのに?」

「カタカナでチンスコウですよ」


 そうか。チンスコウはカタカナだったか。それなら確かに、外国の料理と言われても納得だ。それにしても、響きとしては中国っぽい気がしないでもないが。


 そうこうしていると、仕上げ室側のドアが開き、中から、真っ赤なワンピースのドレスを身にまとったステンノが出てきた。

 その姿は、先ほど会ったときよりも一段と魅力的で、しばらく見とれてしまった。


「待たせたね」


 その声で我に返り、彼女がサングラスを着けていることに気づく。花粉ブロック用のごとく、目の脇もすっぽりと覆うような形をしている。


「そのサングラスも素敵ですね」

「はは。これはサングラスじゃないよ。これがないと、あたしが行く先々で、石像の山ができちまうかもしれないからね」


 なるほど。石化光線の被害防止用らしい。


「で、どこに連れて行ってくれるんだい」


「地球のスイスへ行きましょう。最高のチンスコウをご馳走しますよ」

「へえ。そりゃ楽しみだね。地球へ行くのは初めてだし、チンスコウとやらももちろん食べたことがないからね」


「やはり、食べ物は本場で食べるのが一番ですからね。では、行きましょう」


 華麗に言って歩き出してから、小声でササキにたずねる。


「スイスへはどうやって行ったらいいの」

「あなた、無計画すぎませんか」


「計画なんて立てようが無いんだからしょうがないでしょ」

「もう。地球各地の母艦同士も、ある程度繋がってますから、ラインをたどって行けば比較的すぐ行けますよ。きっと2分とかかりません」


「さすが宇宙テクノロジー。便利」

「僕が言う通りに、案内板にタッチしてください」


 ステンノと2人、案内板の前に着いた。が、そこで案内板がもはや不要であることが分かった。

 

「あ、ラインが見える」


 案内板の近くに、光線の束のようなものが見え、その1本1本がどこの目的地へと繋がっているのかが、感覚で分かるのだ。


「ラインが見えるようになったなら話は早いです。簡単に指示を出しますから、そこに向かってください」


「まずは、連絡通路R へ向かいましょう」


 後ろを振り返ってステンノに言った。ササキからの指示をそのまま伝えただけだが。


 連絡通路から連絡通路への移動を数回繰り返したところで、ササキが言う。


「そこから出ればスイスの市街地です」


 縦に開く真っ白な自動ドアを出ると、その先には真っ白な通路が続き、ドアの脇にはスチームクリーナーに似た兵士が立っていた。

 その兵士が、ステンノを見たとき、少しビクッとなった気がしたが、きっと彼女の美貌に驚いただけだろう。


 白い廊下を抜けると、すぐに町中まちなかに出た。どうやら、先ほどの廊下は、ビルの1階入り口へと通じていたらしい。


 しかし、本当にここがスイスなのだろうか。だいぶ、想像していたのと違う光景だ。


 建物という建物が妙な色をしている。紫だったり緑だったり、いやに毒々しい。

 

「これが地球の実際の姿なんですよ」


 こちらの戸惑いを察したかのように、ササキが言い、続けた。


「普通の人間が見ている光景は、言わば、精神のかせがはめられた状態なのです。あなたはもう、そのかせが取り払われたのです」


 なんだか分からないが、ここを深く聞くと長くなりそうなので、とりあえず分かったことにしておく。

 すると、ふいに上空から笑い声が聞こえてきた。


「あははははは」


 女の子の声らしい。

 上を見ると、とてつもなく長いブランコが、とてつもない速度で往復しているのが見えた。ブランコの紐は宙空から生えている。

 その恐怖のブランコに、女の子が乗って、楽しそうに笑っているのだ。


「あれは、High Gハイジーじゃないか」


 ステンノが言った。


「ご存知なんですか」

「工房のテレビで見たことがある。アルプスの怪女 High Gハイジー。常にブランコをこいで、とんでもない G を身体で感じ続けているんだ。こんなところに居たんだね。テレビ通り、なかなかファンキーな子じゃないか」


 どうやら、あれはそこそこ有名なスイス名物だったらしい。

 そうだ。スイス名物、チンスコウを食べに行かねば。


「あ、あそこなんてありそうですよ。あの赤い看板の店」


 とササキが教えてくれた店に入ることにした。

 店の入口は、高さ2メートルほどしかないが、なぜか3メートルあるはずのステンノが、身をかがめることもなく通過することができた。


 中は、床全体が赤絨毯じゅうたんで覆われた、高級感あふれる作りだった。さらに、天井も壁も赤絨毯じゅうたんのような素材で覆われており、高級感を通り越して悪趣味な感じがした。

 しかし、その中にあって、ステンノの赤ドレスの輝きは褪せなかった。


 中世の騎士のような甲冑を着た何者かが近づいて来る。


「いらっしゃいませ。お2人様ですか」


 どうやら店員らしい。


「はい」

「こちらへどうぞ」


 案内されたテーブルに着き、ステンノと向かい合って座ると、不思議なことに自分の目の前にステンノの顔があった。身長も座高も全然違うはずの2人だが、なぜか目線の位置が合うのだ。

 本来の地球は、そのへんがだいぶ便利にできているらしい。


「こんな素敵な店に連れてきてくれて、嬉しいよ」


 口元に笑みを浮かべてステンノが言った。


「喜んでいただけたなら何よりです」


 テーブルの端に立てられていたメニューを手に取ったところで、自分は外国語などまったく読めないことに気づいたが、不思議と書かれている文字は読めた。これも、かせが外れた影響なのだろう。

 しかし、ここで困ったことが起きた。メニューの中にチンスコウが無いのだ。


 手を挙げて甲冑店員を呼んだ。


「チンスコウを2人分」


 甲冑店員は、しばらく黙っていた。悩んでいるのかもしれないが、顔も完全に覆われているため表情は見えない。


「かしこまりました」


 これでひと安心だ。あとは待っていればチンスコウが出てくるに違いない。


「ここのチンスコウは絶品なんですよ」


 自信満々にステンノに言っておいた。


「ふふ。出てくるのが待ちきれないよ」


 言いながら、ステンノはしきりに周囲をきょろきょろと見回した。地球に来たことがないと言っていたので、やはり物珍しいのだろうか。

 つられて、自分も周囲を見てみると、周囲の客――といっても人間はほとんどいないのだが――がちらちらとこちらを見ていることに気づいた。

 

 これもやはり、ステンノの美貌のなせるわざだろうか。


 しばらくして、チンスコウが運ばれてきた。コンロで下から熱せられた鍋に、乳白色の粘度の高い液体が入っている。

 さらに、肉やら野菜やらが乗った大皿が運ばれてきた。


 どうやら、このドロドロ乳白色の液体に、肉や野菜を浸すようにつけてから食べるらしい。

 金属製の串を手に取り、ステンノにも真似するよう、手振りで勧める。串を肉に刺し、それを乳白色の液体につけてから持ち上げ、糸を引く液体を丁寧に切りつつ、肉を口へと運ぶ。

 目の前で、ステンノも同様に肉を食べる。


「どうですか?」

「最高に美味いね! こんなに美味いものを喰ったのは初めてだ」


 トーンの上がった声で答える。おそらく、本当に喜んでくれてるようだ。スイスへ来て正解だったようだ。

 ここで、内ポケットのササキに言う。


「これ、チーズフォンデュだよね」

「あれ、違いました? 最初に言ってたのなんでしたっけ」


「チンスコウ」

「大体合ってるでしょう」


「チしか合ってないけど。あとぎりぎり、ンも合ってると言ってやってもいい」

「でも、ステンノ様も喜んでるからいいんじゃないですか」


 そういうことにしておこう。


「動くな」


 突如、頭の後ろに固い物を突きつけられ、何者かに耳元でささやかれた。

 チーズフォンデュ鍋に、そいつの姿が反射して映っていた。


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 「そいつ」は何者? 頭に突きつけてるのは何?

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