25話目 昔語り

 鍋をよく見ると、像が歪んではいるものの、頭に突き付けられているのは拳銃らしいことが分かった。命を狙われる覚えはないのだが、いったいなにごとだろう。


「あの、どちらさまでしょうか」

「動くなと言っている」


 口調は厳しいが女性の声だ。しかも、つい最近、聞いた覚えがあるような。


「動いて……ませんけど」

「口が動いている」


 銃口が、より強く押し付けられ、頭部に痛みが走る。

 どうやら、黙るほかないらしい。


「貴様、こんなところで何をしている」


「…………」

「答えろ!」


「動くなと言ったり答えろと言ったり、どっちなんですか」

「相変わらず、口の減らないやつだな」


「相変わらず?」

「こちらの質問に答えろ。こんなところで何をしているんだ」


「彼女に至高のチンスコウをご馳走しているところです」

「仕事をサボって逢い引きとは、いい身分だな」


 逢い引きという言葉に反応したのか、このやりとりを黙って見ていたステンノの口元に薄笑みが浮かんだ。


「いえ、仕事をサボってるわけではなくてですね、おっぱい星人フェアをするべく、とある母艦に乗り込み、牧場に向かおうとしたのですが、紆余曲折があって、スイスでチンスコウと相成ったわけです。人生はままならないものです」

「言ってる意味がまったく分からんが、牧場に向かうはずの貴様が、なぜカジノで遊んでいたんだ。社長が怒っていたぞ」


 ここまで言われて、声の主が誰なのかようやく気づいた。

 同時に、頭に銃を突き付けられている感触が消えた。これを、もう動いても良いサインと捉え、ゆっくりと振り返った。


 そこに居たのは、High Gハイジー だった。つい最近、どこかで聞いた声だったわけだ。店に入る直前に、彼女の高笑いを聞いていたのだから。


「こんな大物とデートなんて、貴様、なかなかやるじゃないか」


 High Gハイジーは親しげに言ってくる。


「あの、どこかでお会いしましたっけ? というか、社長のお知り合いですか?」

「なんだと?」


 High Gハイジー が眉根を寄せた。


「すみません。どう考えても、知り合いにアルプスの怪女は居なかったはずでして」


「小島さんですよ」


 唐突に、ササキが言った。


「小島さん?」


 と言いながら、自分の頭の中で、小島という人物を総当たりしてみた結果、すぐに思い至った。


「総務の小島さん?」

「やっと分かったのか。貴様、わたしのことにどれだけ興味がないんだ。そこそこ長いこと同じ会社で働いているのに」


「いや、だって、会社で見た小島さんと全然違うじゃないですか。総務の小島さんが、スイスの上空でブランコこいでるとは思いませんよ普通。それに、話し方というか、キャラも全然違うじゃないですか」

「キャラが違う? でもそんなの関係ねえ! 貴様がわたしにきづかなかったのは事実だ」


「いやいや、関係ありますよ」

「今はオフだからな。仕事中とオフは切り替えるようにしてるんだ。オフのときは、スイスでブランコの G を感じるのがわたしの趣味でね」


「ブランコが趣味なのはいいとして、なんで拳銃持ってるんですか」

「こいつとは幼なじみでね。いつも一緒なんだ。もちろん会社にも持っていってた」


 言いながら、High Gハイジー は右手に持った拳銃を愛おしそうに眺める。

 会社に拳銃を持ってきていたことも驚きだが、それ以上に気になることがある。


「……あの、意味が分からないんですが、拳銃が幼なじみというのは、どういうことなんですか」

「話せば長くなる」


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