13話目 撤回

 この問に、しばし悩んだ。浜地はまちにしてみれば、真剣に次のフェアを考えているように見えただろうが、そうではない。

 自分の心には、まだ疑念があるのだ。


 浜地はまちは、自分をからかっているのではないだろうか。カニ星人などというのは、単なる言葉遊びである可能性もある。

 いっぽうで、本当に宇宙人の話をしている可能性も捨てきれない。


 あごに手を当て、悩んでいるさなか、ふいにひらめいた。

 この地球に、いや日本に、それどころか自分の身の回りにも確実に存在する、ある星人がいることを。

 この回答であれば、冗談としても成立する。しかし、相手が本気だった場合にどうなるか。それは出たとこ勝負だ。


 意を決して答える。


「おっぱい星人フェア……なんでどうでしょう」


 浜地はまちの目が、グッと見開かれた。


「良いですねえ。山田さんのところで、そっち方面のネタも扱ってるんですか。魚介星人専門だと思ってましたが」


 こう来たか。そっち方面とはどっち方面なのだろう。

 ここは適当に話を合わせるしかない。


「ええ、まあ。探してみると、意外と身近なところに居るものでして」

「それは頼もしい。では、次の目玉商品は、おっぱい星人刺しですかね」


 まずい。このままでは、加藤が刺し身にされて、スシルーのレーンに乗せられてしまうかもしれない。


「刺しも良いですが、あぶりなんかどうでしょう」


 加藤の身を案じつつも、余計な提案をしてしまう。


「僕はローストが良いと思います」


 心臓が止まる思いだった。この声を発したのは浜地はまちではない。ハニワだ。


「お、ローストも良いですね」


 浜地はまちは、何も気にしていない様子で応えた。


「刺しだと、最近は衛生上の制約が多いですからね」


 と、再びハニワ。


「たしかに。それを考慮すると、ローストが良い落とし所かも知れませんなあ」


 再び、普通に応える浜地はまち

 そんなやりとりを聞いていて、つい声に出して言ってしまった。


「おいハニワ。なにを普通に会議に参加してんだ」

「まあまあまあ。会議ではたくさんの意見が出たほうが良いじゃないですか」


 なんだ、この浜地はまちの反応は。ハニワの存在に、何ひとつ疑問を抱いていないかのようではないか。


「あの、浜地はまちさん。さっき、何と話してたんですか?」


 おかしな質問である自覚はあったが、とっさのことで、他に聞きようが無かった。


「ハニワさんでしょ。そこに居る」


 浜地はまちは、こちらの胸ポケットを指差して、さも当然のように答えた。


「これをご存知なんですか?」


 胸ポケットからハニワの破片を取り出し、テーブルの上に置いてたずねた。


「そりゃそうですよ。ハニワさんとは長い付き合いですからね。あ、ハニワさんというよりも、ハニワ族さんといったほうがいいですかね。ところで、ハニワ族さんは、今日は祝賀パレードじゃないんですか?」

「アクシデントで、この通り砕けてしまいましてね。戦力外通告を受けたというところです」


 なんだ、この会話は。

 戸惑っていると、ハニワが小声でささやく。


「お困りのようなので言っておきますが、おっぱい星人は、人間がいうところの牛ですよ」


 なんだって。加藤じゃなかったのか。

 牛と考えれば、たしかに、先ほどの会話もつじつまが合う。


 しかし、問題がある。うちの会社では、牛なんて扱ってない。なんせ、うちは山田鮮魚店なのだ。


「テンダーロイン握りなんてどうですか。話題性も抜群です。寿司界に新しい風を吹かせましょう」

「なるほど。あえての高級路線ですな」


 まずい。こちらの気も知らずに、2人で完全に盛り上がっている。

 今のうちに、おっぱい星人フェアの提案を撤回するべきか。


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