12話目 次のフェア

 今からでも、スシルーに行っておくか。会社に戻ったときに、スシルーで打ち合わせをしていたと言えたほうが、何かと楽だ。


 スシルーは、ここから電車で2駅のところにある。

 駅へと向かいながら、メールを送ってみることにした。


 「近くまで来ているので、30分後くらいに伺っても良いか」という内容でメールを送ってみたところ、ラッキーなことに、数分でOKの返信が来た。


 伺う旨を返信し、駅まで急いだ。


 ホームに滑り込んできた電車は、朝のラッシュが嘘のように空いていた。


 毎朝、これくらいなら、通勤のストレスもだいぶ違うんだけどな。

 そんなことを思いながら車両に乗り込んだ。


 車両の中は、座席がすべて埋まり、数人が立っている程度の空き具合だった。


「この車両の中で、人間は10人ってところですね」


 ふいに、胸ポケットにしまっていたハニワの破片がしゃべりだした。


「電車の中でしゃべらないでよ」

「大丈夫ですよ。僕の声は、普通の人間には聞こえませんから」


 まるで、こちらが普通の人間じゃないみたいに言うじゃないか。


 車両内の乗客の数人が、ジロジロとこちらを見ているのに気づく。

 独り言を言っている自分を気にしているのか、それとも、この人たちには、ハニワの声が聞こえているのか。


 なんとも言えない緊張感を抱えたまま、10分弱を乗り切り、目的の駅で降りた。


 駅から数分歩くと、スシルーの店舗が見えてきた。

 現在、13時。

 まだまだお昼時とあって、店の前には長蛇の列ができている。


 ついくせで、そのまま列に並んでしまいたくなるが、すぐに打ち合わせなので、そんな時間は無い。何より、さっき、山ほどクロマグロを食べたばかりなので、お腹も空いていない。


 店舗の周囲には、「カニ祭り」と書かれたのぼりが多数立っていた。

 そうだ。たしか昨日から、カニ祭りフェアを開催しているのだ。


 店舗の前を通り過ぎ、隣のビルへと向かう。打ち合わせの担当者はこちらに居るのだ。

 エレベーターで3階へと上がり、受付の内線で来意を告げる。


 間もなく、受付横のドアが開き、大柄な男が現れた。


「お世話になっております」

「どうもどうも。どうぞこちらへ」


 手で示しながら、会議室へと案内してくれるこの男が、スシルー企画担当の浜地はまちだ。


 小さめの会議室に入ると、テーブルの上にはお茶が用意されていた。

 椅子に座り、お茶を手に取りながら、早速、話を始めた。


「昨日からのカニ祭り、調子はいかがですか」

「いやあ、もう絶好調ですよ。特に山田さんから卸していただいているタラバが大人気で。あれは単価が高いですからね。初日の利益のほうも上々でした」


「それは良かったです」

「山田さんのカニ星人は、鮮度が違いますからねえ」


「そう言っていただけると」


 条件反射でそう応えたものの、あとから違和感に気づいた。

 カニ……星人?


「タラバガニ、の話ですよね?」

「ええ。タラバは、元はヤドカリ星人でしたが、山田さんの先代の社長がカニ星への帰化運動を興して、今じゃ立派なカニ星人になったんですよね」


 これは何かの冗談だろうか。たしかに、魚介類を宇宙人に例える冗談は昔からある。しかし……。


「さあ、次は何星人のフェアにしますか」


 浜地が、顔をテカテカさせながら聞いてくる。

 とりあえず話を合わせて、何か答えておこう。


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 なんて答える?

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