11話目 怪異
バッグの中に入っていたものは、灰白色のイソギンチャクのように見えた。干からびた触手が、バッグの底からこちらに向かって、無数に生えているようだった。
しかし、よく見てみると、触手1本1本にはウロコのような縞模様があり、先端には顔らしきものが確認できた。
「これは……蛇?」
「まあ、蛇と言えば蛇ですね」
試しに、1本つまんで引っ張ってみた。
独特の柔らかい質感が指先に伝わり、意外なほど簡単に引き抜けた。
「蛇の……抜け殻か」
「まあ、そうですね」
「なんでまた、こんなに大量の抜け殻を? そこら中を駆け回って集めたの?」
「いえ、実はこれ、メデューサの頭の抜け殻なんです」
「え」
「知り合いにメデューサが居ましてね、ちょっともらってきたんですよ」
「メデューサって脱皮するの?」
「メデューサ自体はしませんが、頭の蛇が脱皮します。長い間、頭を洗ってないほうが、良い脱皮殻が取れますよ」
「へー。っていうか、メデューサって実在するの?」
「この期に及んで、まだそんなことを言ってるのですか。ハニワの僕とこうして話しているというのに」
たしかにそうか。しゃべるハニワに、2メートル超のニューハーフに化けるクロマグロが実在するとなれば、メデューサくらい居ても不思議ではない。
そんなことを思いながら、ふとバッグのほうに目をやると、抜け側の塊の脇に、一冊の本が見えた。
「これは」
本を引き出し、手にとってみた。
月刊ヌーだ。この雑誌は、動物のヌーを特集した雑誌ではなく、いわゆる超常現象、オカルトを題材にした本である。
「なんで、こんな本を? 君自身が超常現象みたいなものなのに」
「ああ、ヌーさんにはお世話になってますからね」
「というと?」
「地球上には、僕のようなハニワや、先ほど話に出たメデューサのような、人間の言葉でいうところのオカルトな存在が無数に居るのですよ。僕らは、その存在が人間にばれないよう細心の注意を払っているのですが、たまに失敗して、痕跡を残してしまったり、姿を目撃されてしまったりするんです。そこでヌーの出番です。そうした失敗を、あえてヌーに掲載してもらうんですよ。ヌーという雑誌の持つオーラ、独特の語り口によって、掲載された記事からは真実味が一切失われ、すべてが虚偽の情報に見えてしまうのです。つまり、ヌーは情報操作に一役買っているのですよ」
「知らなかった。ヌーにそんな存在意義があったなんて」
「ただ、悲しいことに、ヌーを買っているのは、僕たち、オカルト側の存在だけで、人間はまったく買ってくれないので、もはや情報操作になってないんですけどね」
そう言ってから、ハニワはさらに加えた。
「ひとつ言っておきます。僕と、ここまで深く関わってしまったあなたは、もうこちら側の存在になったことは認識しておいてください」
「え、どういうこと」
「ヌーに載る側の存在になったということですよ」
「いや、だからどういうこと」
「いずれ分かります」
何がどうなるのか分からないが、自分が退屈だと感じていた日常から抜け出せるのであれば、そっち側の存在になるのも悪くないかもしれない。
さらにバッグを見ると、脇ポケットに、スマホが入っているのを見つけた。
「このスマホって、君が佐々木に化けてるときにも使ってたやつだよね?」
「ええ、そうですね」
そのスマホを取り出し操作を試みたところ、幸い、ロックはかかっていなかった。
「ちょっと、人のスマホを勝手に見ないでください」
その言葉を無視して着信履歴を見てみたところ、今朝、会社からの着信はなかった。これはどういうことだろう。小島さんは、実際には電話をかけていなかったのか。
うちの会社にも、いろんな謎があるらしい。
そんなことを考えながら、ハニワの破片とともに、アパートの外へと出た。
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さて、どこに何をしに行こう?
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