10話目 中身
「それはさておき、聞きたいことがあるんだ」
「さておかないでくださいよ。僕と彼女が、地中で永遠に結ばれるかどうかの瀬戸際なんですから」
「分かった分かった。それはなんとかするから」
「お願いしますよ」
「もう一回確認するけど、君は佐々木なんだよね」
「はい。でもそれは、世を忍ぶ仮の姿。なんとその正体は――」
「ハニワでしょ。それは分かってる」
「ノリが悪いですね」
「昨夜、最後にオフィスを出たのは君だよね」
「そうですね。秋山さんが先に帰って、僕が最後でした」
「なんで、そんなに遅くまで居たの。そんなに仕事もないでしょ。どうせハニワなんだし、人間の仕事を頑張る必要ないじゃない」
「ひどい言い草ですね。あの会社には、あなたの知らない仕事もいっぱいあるんですよ。表向きはただの魚屋ですけど」
「表向き? 裏があるの?」
「おっと。今のは聞かなかったことに」
「気になる。教えてよ」
「すみません。これ以上は勘弁してください。母艦のみんなにも迷惑がかかってしまうので」
「母艦!? 何、UFO的なアレ?」
「あ……いえ、そういうアレではないです。おかんです。おかんに迷惑がかかってしまうと言ったんです」
「ふーん。まあいいや。でさ、会社の金庫から、お金盗らなかった?」
「ずいぶん直球で来ますね。盗ってませんけど。なんで僕がお金を?」
「今朝、会社の金庫からお金が無くなってることが分かってさ、昨夜、最終退出した人が犯人じゃないかって疑われてるの。しかも君、今日、無断欠勤だし。朝から小島さんがずっと電話してたのに、なんで出ないの」
「なんでって言われても、愛するマッターホルンちゃんがクロマグロになってしまって、そのまま心中を考えてたんですよ? 電話になんか出るわけないでしょう」
「母艦からの連絡かもしれないじゃない」
「母艦からの連絡は電話じゃないですから」
「やっぱりUFO的な母艦があるね」
「あ、汚い。そういうところ汚いですね」
「とにかく、お金は盗ってないのね?」
「盗ってませんよ。だいたい、僕がお金を盗って何に使うっていうんですか」
「ここに転がってるクロマグロを、どっかから買ってきたり」
「な! マッターホルンちゃんは、金で買えるような女じゃないですよ! 失礼な!」
まあ、そうだよね。このクロマグロは、どこかから買ってきたものではない、と自分でも結論づけたことを覚えている。
確証はないが、このハニワは、嘘はついてない。本当に、マッターホルンがクロマグロになったのか。そうだとすると、自分の知り合いの人間たちの中にも、人間以外の何かが混ざっているのだろうか。
事実、佐々木とマッターホルンは、ハニワとクロマグロだったのだ。
「あの、何してるんですか」
「マッターホルンちゃんの身を、少しでも保存しようと思ってね」
冷蔵庫から、調味料やジュースを取り出し、少しでもスペースを空ける。ついでに、冷凍庫も活用させてもらおう。
家庭用の冷凍庫ではパワーが足りず、理想の冷凍はできないが、ぜいたくは言ってられない。
再度、マッターホルンを手際よくさばき、切り出したサクを冷蔵庫、冷凍庫に入るだけ入れた。
「君と一緒に埋める前に、身が腐っちゃったら困るでしょ。だから一旦、冷蔵庫に入れたの。良い場所が見つかるまでの間だけ、保存しておこう」
「なるほど。でも、あの、顔がまるまる残ってますけど」
「顔は大きすぎて冷蔵庫に入らないんだもの。まあ、顔は多少腐っても、愛があれば大丈夫でしょう?」
「そうですね。僕は腐臭なんて気にしませんから」
ここで、ふと気になった。
「ところで君、人間の姿になれるんでしょ?」
「今はもう無理でしょうね」
「なんで?」
「
「いや、やらなくて良いや」
そう言って、ハニワの頭を小脇に抱えた。
「あれ、何をするんですか?」
「マッターホルンちゃんとの、2人の愛の古墳候補地を探しに行こうよ」
「なるほど。約束を果たしてくれるんですね。でも、このまま頭を持っていかれると困ります」
「なんで?」
「ハニワ仲間に見つかったときに、ちょっと都合が悪いのです。なので、もっと細かい破片を持っていったほ――」
バキ!
「これくらいで良い?」
3センチ四方程度になった破片に向かって言った。
「別に、話してる最中の頭を割らなくても、あっちでバラバラになってる破片の中から、手頃なのを1つ持っていってくれれば良かったんですよ。どの破片にでも、意識を移せるので」
すごい仕組みだな。
母艦があるくらいだから、宇宙的なテクノロジーでそうなっているのだろう。
ハニワの欠片を持って、外に行くことにする。
リビングから廊下に出ようとした際に、床にバッグが落ちているのに気づいた。ハニワが落としたものだ。
「このバッグ、中に何が入ってるの?」
「ああ、別に大したものは」
「開けて良い?」
「駄目です」
「開けるね」
しゃがみこんで、バッグの口を開ける。
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