6話目 テーブルのかげ

 やはり、気になるのは佐々木だ。どこで何をしているのか。本当に佐々木が金を盗んだのか。

 何気ない日常の中に生まれた、せっかくの事件だ。これを追わない手はあるまい。

 スシルー担当者とのアポイントは取らないことにして、早速、聞き込みを開始しよう。

 

 偶然、手持ちの荷物の中に、黒シャツと黒ジャケットが入ってる。気分を出すために着替えてみるか。


 雑居ビルの薄暗い廊下の奥へ行き、エレベーター前の、外から死角になっている場所で、手早く着替えた。

 外からは死角でも、もしエレベーターの扉が開いて、誰かが乗っていたらアウトだが、こんな怪しい雑居ビルだ。廊下でシャツを着替えているやつが居たところで、何も問題はないだろう。


 無事、着替えも終わり、刑事スタイルの完成だ。

 ホシの居所を掴んでやるぞ。


 まずは、エレベーターで2階へと上がった。エレベーターの扉が開くと、すぐ目の前には、「未踏峰みとうほう」と書かれたドアがあった。

 そう。ここは怪しげなマッサージ店であり、佐々木はここの常連だったのだ。


 エレベーターを降り、ドアの前に立った。

 営業時間は「10:00 OPEN 25:00 CLOSE」と書かれている。


 まだ、朝10時前。ぎりぎり営業時間前だが、ダメ元でドアの取手を引いてみる。

 やはり、鍵が閉まっていて開かない。


 しかし、ここで引き下がっては刑事ではない。

 いっそのこと蹴破るか。刑事といえば、鍵のかかったドアは蹴破るものだ。

 いや、蹴破るのは中盤から終盤にかけての盛り上がるシーンでだ。こんな序盤ではない。


 3回、強めのノックをしてみた。

 ガチャ、と解錠の音がしたのち、ドアが開いた。


 中から出てきたのは、身長2メートルを超える、金髪のニューハーフだ。ヒゲの剃り跡がまぶしい。


「あら、あなた、山田さんのとこの」


 実は、自分もこの店に数回来たことがあり、顔を覚えられている。


「おはようございます。エベレストさん」


 そう。出てきたのは店長のエベレスト。もちろん本名ではない。この店は、身長2メートル超のニューハーフしか雇わないという、こだわりの店であり、店員にはそれぞれ巨峰の名前が付けられているのだ。

 そして、それらの山々を束ねるおさが、店長のエベレストというわけだ。


「こんな時間に来ちゃダメじゃないの、もう。で、今日はどの未踏峰みとうほうにチャレンジするの?」


 これが、この店の決め文句だ。


「いえ、皆さんと登りつめたいのは山々なんですが、今はちょっと仕事中でして」


 きょとんとしているエベレストに対して、言葉を続ける。


「最近、佐々木が来ませんでしたか」

「ああ、数日前に来てた気がするけど、どうかしたの?」


「今日、あいつ、無断欠勤してて、ちょっと気になるんですよね」


 あえて、盗難の件は伏せた。


「あら、そうなの。偶然ね」


「え?」

「マッターホルンちゃんも、今日、無断欠勤なのよ。こんなこと、今まで一度もなかったのに」


 マッターホルンと言えば、以前、アメフトをやっていたという、ムキムキマッチョのニューハーフだ。大きく盛り上がった大胸筋は、まさにマッターホルンのようだった。

しかも……。


「マッターホルンさんって、佐々木と親しかったですよね」

「そうね。もう、完全に踏破されちゃったって感じ。未踏峰みとうほうの名が泣くわ。女はね、踏破されたらおしまいなの。最後まで未知の部分は残しておかないと」


 後半はどうでもいいが、有益な情報が聞けた。


「ありがとうございました」


 頭を下げて言ってから、きびすを返し店をあとにする。

 ふりをして、再び振り返り、ドアを閉めかけていたエベレストに問う。


「ああ、肝心なことを聞くのを忘れてました」


 一度、帰るふりをして、油断させてから質問をする。刑事がよく使う手だ。


「マッターホルンさんは、昨日は何時頃帰られたんですか」

「最後までいて、クローズも手伝ってくれたから、午前1時半くらいかしら」


「なるほど。ありがとうございました」


 今度こそ、店をあとにした。

 次に向かうべきは、やはり佐々木の自宅だろう。幸い、数回、佐々木宅を訪れたことがあるため、場所は知っている。

 会社から、徒歩でそう遠くない場所にある。



 とあるアパートの一室。そのドアの前に立っている。

 ここが、佐々木の部屋だ。

 インターホンを押すが反応はない。

 ノックをしても、やはり反応はなかった。


 今こそ蹴破るときか。

 いや、その前に試さなければいけないことがある。


 ドアノブを掴み、ゆっくりを回してみた。


 カチャリ。


 ドアが開いた。


 ……入るしかない。


 薄暗い玄関にはクツが1足だけある。


「佐々木? 居るのか?」


 言いながらクツを脱ぎ、廊下へ進んだ。


 こういうパターンで、他人の家に入ると、大抵の場合、ろくでもないものを見つけることになるんだ。

 嫌な予感がする。


 突き当りのドアを開け、リビングへと足を踏み入れた。

 周囲に視線を配りながら、慎重に歩を進める。


 そして、ふと、テーブルのかげに、あるものを見てしまった。


 死んでる……。


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そこで死んでいたのは?

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