5話目 行き先

 山田鮮魚店。それがうちの社名だ。

 名前の通り、魚を扱う会社である。


 山田鮮魚店は、先代の社長が立ち上げた会社であり、今の社長は、いわゆる二代目というやつだ。

 ここからほど近いところに、一般消費者相手の小売店――いわゆる魚屋としての山田鮮魚店がある。先代の創業時から続けている店だ。

 もしかしたら、先ほど出ていった社長は、店のほうに向かったのかもしれない。社長がオフィスにいないときは、店のほうに顔を出していることが多いからだ。


 このオフィスでは、小売店の売上や流通の管理をしており、その他にも、通販や回転寿司店への卸売などの業務をしている。


 なので、このオフィスの金庫に入る現金は、小売店の売上くらいしかないはずであり、1,000万円という額は、加藤の言う通り、少しアレだ。


**「確かに、不自然な大金だよね」

加藤「現金で本マグロでも買うつもりだったのか」


**「そんなバカな」

加藤「ま、とりあえず仕事しようぜ」


 そう返した加藤のモニターには、そのあともしばらくの間、転職サイトが表示されていた。

 あんな事件はあったものの、会社に来たからには仕方がない。仕事をするか。


 自分の担当は、回転寿司店への卸売だ。主な卸売先は、回転寿司チェーン店のスシルーである。

 スシルーは、世界中から魚を仕入れているのだが、その中の国産鮮魚が、うちの担当だ。先代のおかげで、北から南まで、全国の漁協にコネがあるため、スシルーで月ごとに実施される様々なフェアにも柔軟に対応できるのだ。


 そう言えば、そろそろ次のフェアについての打ち合わせをしなければいけないタイミングだ。このまま会社に居ても仕事が手に付かないし、担当者に会いに行ってみるか。

 本来なら、事前にアポイントを取ってから行くところだが、アポイントは道すがら取れば良いだろう。最悪、今日、会えなくても構わない。とりあえず外に出たい。


**「ちょっと出てくる」

加藤「サボりもほどほどにな」

**「仕事だよ」


 特に加藤に報告する義務はないのだが、予定を共有するのが習慣になっている自分に気づく。


 適当に荷物をまとめてから立ち上がり、ドアに向かって歩きながら言う。


「打ち合わせに行ってきまーす」

「行ってらっしゃい」


 同僚たちから快く送り出され、ドアを開けて外に出た。


 ふう。やっぱり、オフィスに居るより、外のほうが気が楽だ。


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さて、これからどこに行く?

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