3話目 消えたお金

「あのー」


 おずおずと手をあげてみた。


「お前が昨日の最後か!」


 山田社長が怒鳴るように言った。


「いえ、そういうわけではないのですが、一応、お伝えしておこうと思いまして」

「なんだ」


「私は昨夜、退勤が結構遅かったのですが、私が退勤する際に会社に残っていたのは、多分……秋山さんと佐々木さんだと思います。確信はないのですが」


 秋山さんが、射るような目でこちらを見た。


 ちがうんです。秋山さんを疑ってるわけではないんです。ただ、自分に火の粉が降りかからないようにしただけなんです。会社員ってそういうものでしょう。


 山田社長がたずねる。


「秋山。どうなんだ」

「たしかに、昨夜、私が帰るとき、佐々木さんだけが残ってましたね」


「なんでさっさとそれを言わなかったんだ」

「普通、本人から名乗り出るものでしょう。私の口からは言いづらいですよ」


 山田社長は、納得したのか、一瞬だけ考えるような仕草をしてから、オフィス全体に呼びかけるように言う。


「佐々木はどこだ」

「まだ来てないみたいですよ」


 加藤が平然と答えた。


「なんだと」

「多分、連絡も来てないんじゃないですか。このまま無断欠勤かもしれませんね」


 オフィス内が、にわかにざわついた。朝からのこの騒動のおかげで、ほとんどの社員は、佐々木が来ていないことに気づいていなかったらしい。


 フォローするように加藤が続けた。


「別に、佐々木が疑わしいって言ってるわけじゃないですよ。ただ、現状と、それに基づく可能性をお伝えしただけです」


 山田社長は、軽く舌打ちをしてから、再びオフィス全体に呼びかけるように言う。


「佐々木から連絡は来てるか」


 何人かは頭を横に振り、何人かは隣同士で目を合わせた。やはり、連絡は来てないらしい。


「さっさと連絡を取れ!」


 言われて、総務の小島さんが、慌てて受話器を取り上げ、電話をかけた。

 オフィス内は静まり返り、みんなの視線が、耳に受話器を当てている小島さんに注がれる。

 30秒ほどの静寂のあと、小島さんが頭を振りながら言った。


「駄目です。電話に出ません」

「しつこくかけ続けろ!」


 社長が怒鳴り、小島さんは怯えたように、再度電話をかけ始めた。


 ここで、自分としてはどうしても気になることがある。非常識かもしれないし、社長にキレられるかもしれないが、ダメ元で聞いてみよう。


「あの、社長」

「なんだ」


「聞いて良いのか分かりませんが、金庫から無くなったお金は、いくらぐらいなんですか?」

「はあ?」


 社長の眉間にしわが寄る。

 やはり、聞いてはいけない質問だったか。しかし、非日常に興奮してしまっている自分を止めることができない。


「これだけ社内中に聞こえてしまってますし、ちょっと気になりまして」


 しばしの沈黙のあと、社長は言う。


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 さて、金庫から無くなったお金はいくらだった?

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