『生えかけのヒゲ』
言ってみれば、生えかけのヒゲのようなものだ。あごを触ったときに、ふっと気になる存在。頑張れば、爪で抜くことも出来そうだけれど、下手をすると切れてしまって、
そしてようやく抜けたところで、今一度、顎周りを全体的に撫で回してみる。なるほど、綺麗になった。だが、待て、こっち側にあるヒゲも、なんだか抜けそうな気がする。一度気付いてしまうと、どうにも抜けないと気が済まない。また同じように指でヒゲを抜きやすいように操作して、爪でヒゲを掴もうと必死になる。このヒゲが抜けたらようやく救われる、ようやく自由になれると思ったはずなのに、能動的に、次に抜くヒゲを探してしまう。なんとも
趣味や、遊びや、予定は、言ってみれば、生えかけのヒゲのようなものだ。本来やらなければならない仕事を放り出して、ヒゲを抜いている。言い訳がしたいに過ぎないのだろう。仕事がしたくない。本来やらなければならない人生を、進めたくない。だからヒゲを探している。趣味を見つけて、遊びを探して、ゲームを始めて、これが終わったら、ついに俺は本来の人生を進めるんだ、と、他人のせいにして自分の人生を
ただ、まあ、ヒゲを伸ばしてみると、これはこれで、なんというか、意外なことに仕事が
一本だけあるから、しかも生えかけだから気になるのだろう。とんがっていて、どうにも肌触りが悪くて、妙に存在感があり、自己主張が激しいヒゲだから、抜いてしまいたくなって、それが終わらない限りは、何も手に着かないくらい不自由になってしまう。このステージだけクリアしたら終わりにしようであるとか、このイベントだけクリアしたら終わりにしようであるとか、そういうことだ。
心の中にある不安材料は、言ってみれば、生えかけのヒゲのようなものだ。本来やりたい仕事であるとか、楽しみたい人生に対して、他人との衝突であるとか、間違えてしまった選択に対して後悔することは、生えかけのヒゲのように、精神的なダメージを与え続けてくる。とてつもなく不自由で、晴れ晴れとした気持ちになることがない。何が原因なのかも分からない、どうして間違えてしまったのかも分からない。きっとその生えかけのヒゲを抜かない限り、心の
本当はヒゲを毎日きちんと剃って、きちんと深剃りして、社会人的マナーに
けれど、不思議なもので、きちんとヒゲを剃った日でも、肌触りはつるつるとしていても、どういうわけか抜けるヒゲがないかと探してしまう。仕事が嫌なんだろうか。人生に疲れたのだろうか。何か小さな達成感や、小さなアクシデントがあった方が、人生が豊かになるとでも思っているのだろうか。理由はどうであれ、我々は常に生えかけのヒゲを探していて、そのヒゲを抜くことに喜びを感じ、日々の空間の隙間を埋めている。
もし、自分の人生に、何よりも熱くなれるものが出来たら、生えかけのヒゲのことなんて忘れられるくらい夢中になれるものが出来たなら、それを追ってしまえば良い。僕は顎を触るのも忘れて、その両手でそいつを追い求めるだろう。
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