『銀河鉄道』
始発駅から数えて、多分三十くらいの駅を通過して来たと思うけれど、一向に目的地には辿り着けないし、どこが目的地だったのかももう思い出せないくらい電車は長い時間を掛けて僕を運んでいく。一体どこに?
実際はまだ二十九駅目で、僕は電車を乗り換えることになる。目的地は決めていないけれど、そもそも最初からわかってもいないけれど、上りの電車に乗っていれば大丈夫だし、きっともうすぐだとわかってる。必要に駆られて乗り換えるけれど、別に今の電車が好きってわけでもない。
電車の中は人が多くて、満員ってほどでもないけどそれなりに混んでいる。だけど運良く一人分の空席を見つけて、僕はそこに座る。立っているのは疲れちゃうし、空席があるのに立っているのも通行の邪魔になる。
電車がゆっくりと動き出す。僕は隣に座る女性を見て、なんだか見覚えがある人だなあ、なんてことを思っていると向こうも急にこちらを見て、不思議そうな顔をする。お互いに多分見覚えがあって、だから僕は思い切って尋ねてみる。「さっき、別の電車でも隣に座っていませんでしたか?」
女性はコクリと頷いて、「十五駅ほど前に一緒でしたね」と答える。「偶然ですね」と僕が言うと、「多分目的地は同じですから」と彼女が言う。「そうなんですか?」不思議に思って尋ねると、「私は十五駅前まで、あなたが乗っていた電車に乗っていたはずです。でも、どの電車も同じところに着きますから、どれに乗っても同じです」
なんだ、じゃあ無理して乗り換える必要なんてなかったのかな。
電車は僕たちを乗せて進んで行く。ああそうか、僕が乗り換える必要なんてなかったように、彼女も乗り換える必要なんてなかったはずだ。「あの、どうして電車を乗り換えたんですか」と、僕は性懲りもなく尋ねる。「だって、ずっと同じ電車に乗っていても、つまらないじゃないですか」と、彼女は答える。
確かにそんな変化のない旅はつまらないかもしれない。でも僕は長い間同じ電車に乗っていても、退屈しなかった。長い時間電車に乗っていれば、奥に座れるし、良い席が確保出来るし、大きな乗り換えが発生した時、隅っこの席に座れるかも。そのまま車体に寄り掛かって、気楽に眠ってしまうことだって出来る。
僕がそんなことを言うと、「そういう生き方も良いと思います」と彼女は言った。突き放すわけでもなく、哀れむでもない言葉だった。
一駅分だけ一緒になって、アナウンスが聞こえると同時に彼女は立ち上がる。「乗り換えですか?」と僕が尋ねると、彼女は「次の電車も面白そうですよ」と言った。もしかしたら彼女は、乗り換えの機会がある度に、違う電車に乗っているのかもしれない。並走する全ての電車を味わうように。
「次の電車も、目的地は同じなんですか」
「分かりません。でもきっと同じです」
「怖くはないんですか、知らない電車に乗ることが」
「分かりません。でもきっと同じです」
何が、と尋ねる前にドアが開き、彼女はホームの向かい側に歩いて行く。彼女が去った席は丁度隅っこの席だったので、僕は一人分横にずれて、居心地の良い席を確保する。
窓の外に見える電車は、一足先にホームを立った。ここからでも分かるくらい、満員の様子だ。僕は車体にもたれかかって、言葉の意味を考える。
怖くはないんですか、知らない電車に乗ることが。
分かりません。でもきっと同じです。
電車が動き出して、次の駅のアナウンスが響く。三十一個目の駅が近付いている。次の駅で乗り換えたら、また彼女に会えるだろうか。その時、僕は彼女になんて話しかけるだろうか。
僕は出来るだけ考えて、出来るだけ窓の外の景色を見て、出来るだけ車内で起こるアクシデントを見て、出来るだけこの電車に乗った意味を見つけようとしている。彼女のように、頻繁に電車を乗り換えたりはせずに、じっと虚空を眺めて、色々と考えるばかりだ。
この電車に乗り続けるのも、知らない電車に乗り換えるのも、きっと同じなのか。
それとも、経験の機会を逸する恐怖と、未知の世界に乗じる恐怖が、同じなのか。
確かにどちらも同じなのかもしれない。別にどっちでも良さそうだ。同じ電車に乗り続けて、気楽に目的地に辿り着くのも良いし、電車を何度も乗り換えて、楽しみながら目的地に辿り着くのも良いかもしれない。
多分、あと五十か六十の駅を迎えれば、目的地だ。
遅かれ早かれ辿り着くなら、好きにするが良い。
僕はもうしばらくこの電車に乗って、違う景色を眺めていよう。
また彼女に会えたら、そんな景色の話をしよう。
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