『太陽』

 日々、毒性のある液体を摂取して、幻覚の見える合法の気体を吸い、生きるために最低限必要な間取りの小さなカプセルに暮らしている。金もなく、買い置きもなく、資産もないくせに、日々の労働で得る少ないチップで生活はなんとかなっている。恐らくこのまま、生命活動が終わるまでは生きていけるだろうという計算も出来る。なのにどうしてこんなに切ないのだろう。

 娯楽は他人の活動だ。他人がつづった文章を読み、他人が描いた漫画を読み、他人が撮った動画を見て、他人が作った遊戯ゆうぎをしている。全て無料で手に入るものだ。チップを払う必要はない。小さなカプセルの中で体を横たわらせて、再生装置を両手に持ち、楽な姿勢で全てを享受きょうじゅしている。恐れ多くも、それを得なことだと勘違いしながら生きている。

 小さい頃はそうではなかった。僕はきっと、夢にまみれ、希望に肩まで浸かり、まばゆい光を見つめていたはずだ。けれど、動き出さなかったのが良くなかったのだろう。輝かしい光に、美しい閃光せんこうに目を奪われ、その光に虹彩こうさいかれ、気付いた時には夢を見るために必要な視力を失っていた。眼鏡を掛けなければ、他人の顔もろくに識別出来ない。

 再生装置に眼鏡は必要ない。楽な姿勢で、楽な状態で、思考を殺して向き合っていれば時は過ぎていく。失うものは何もないと、思い込むことが出来る。ちょっと考えれば、生命いのちを削って他人の作品に触れていることに、気付くだろう。そのちょっとした思考すら、今の僕には生まれない。まるで、勝ち組になったような気持ちで、それらを享受している。阿呆あほうだ。阿呆でいることが一番楽だということにも、気付き始めている。

 阿呆は、阿呆と絡む。阿呆は、阿呆とだけ遊ぶ。阿呆たちは、この世界を掌握しょうあくしようとしている者たちを、尊敬し、あがめている。阿呆だから、気付かないのだ。阿呆は、自分が搾取さくしゅされていることに気付かない。むしろ、それを幸せだとすら感じている。日々の労働のチップが自分のためだけに使われることを、まるで知恵のように勘違いしている。しかし違うのだ。自分への投資をともなわない労働は、ただの酷使であることに気付かなくては。

 太陽が一枚、カプセルの中にある。

 同じ時代に生まれ、同じエリアで育ったはずの生命が生み出した太陽だ。それはつまり、文章や、漫画や、動画や、遊戯に似ているものだ。太陽は、僕のカプセルの中で輝きを放ち、僕をたまに正気に戻してくれる。この太陽が発する光は、夢や希望が放つ光とは異なっていた。まぶしくもない。まばゆくもない。輝きもありはしない。ただひたすらに、熱い。僕の身を焼こうとする、激しい怒りに満ちている。

 僕はそう、抜け殻だ。自分以外の何者であれ代替だいたい可能な人生を暮らしている。その思考は、その遊戯は、その計画は、その恋愛は、君じゃなくても達成出来る。君以外の方が、もっと上手に出来る。楽しんでいるなら結構だが、望んでいるならこれ以上言うことはないが、その人生に、君は必要か?

 僕は太陽を見つめる。僕を熱する太陽は、僕から毒素を抜いてもくれない。目を覚ましてもくれない。ここにあるのは、ただ熱い、現実の温度だけだ。

 あの太陽の先に貴女あなたがいる。

 熱くて辛くてくじけそうだ。

 それでも君は、まだ夜を待つのか。

 同じように、君もまた太陽を作れるのに。

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