『死神の名刺』

 縄で首を吊る数秒前、死神が名刺を持ってやってきた。死神は僕が買った椅子に腰掛けて、僕が買った机に鎌を置いて、「あとのことはお任せください」と言った。

「勝手に座るなよ」

「これから死ぬのでしょう。いいじゃありませんか」

 僕の作った部屋の中で、僕の私物に触れて、死神は自由に過ごす。僕が死ぬのをただ待ちながら。

「勝手に触るな」

「どうせ死ぬのでしょう。死んだら終わりますから。あなたのものじゃなくなるのです」

「そりゃあそうだが」

「どうして死ぬのです」

「生きているのが辛いからだ」

「どうして辛いのです」

「楽しくないからだ」

「どうして楽しくないのです」

「自分のやりたいことを失ったからだ」

「どうして失ったのです」

「それが許されなかったからだ」

「どうして許されなかったのです」

「どうだっていいだろう」

「生きてみたらどうです」

「死神はそんなことを言うのか」

「どうせ死にますよ。煙草でも吸われてみては?」

「何?」

「お酒でも飲まれてみては?」

「どういうことだ」

「楽しく死にましょう。煙草を吸って病気になって、酒を飲んで体を壊して、無茶な徹夜をして朦朧もうろうとして、体に悪いものを食べて動けなくなって、それから死にましょう。どうせ死ぬのです」

「苦しんで死ぬのは嫌だ」

「苦しむ前にまた自殺をしたらいいでしょう。楽しむだけ楽しんで、それから死にましょう。死神は、そうして人を死に追いやるのが仕事ですから」

「そんなの卑怯者のやることだ」

「自殺なんて卑怯者しかしませんよ」

 カーテンレールが外れて、尻餅をついた振動で首吊り自殺に失敗したことに気付く。僕の椅子に死神は座っていなくて、僕の私物は荒らされていない。僕は自分の首に感じる痛みに触れて、家を出て、煙草と酒を買った。緩やかな自殺が始まった。

 最近、肺が痛い。

 酒を飲んだ翌日は頭が痛い。

 徹夜を続けると体がだるい。

 体重が増えて、ズボンがキツい。

 僕はまだ死ねないままだが、時が来たら、名刺を頼りにまた彼を訪ねるつもりだ。

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