『透明』

 子どもが言う。

「綺麗な景色だね!」

 綺麗とは思わない。

 子どもが言う。

「楽しいね!」

 楽しいとは思えない。

 子どもが言う。

「幸せだね!」

 幸せとは思えない。

 つまらなそうに、子どもが言う。

「なんで喜ばないの?」

「お前のせいだ」

 すると子どもは泣く。だから、ごめんねと言い続ける。すると子どもはやっと泣き止む。

「綺麗な空だね!」

 透明色の空。

「綺麗な花だね!」

 透明色の花。

「綺麗な夜だね!」

 透明色の夜。

 色は認識出来るのに、目の前に、透明の膜があって、その透明の膜の外は、心の届かない場所になって、何をしても、感動出来ず、何をしても、心おどらず、子どもと話していても、さほど楽しめず。透明の膜の内側にいて、色を眺める。

「なんで喜ばないの?」

 お前のせいだ。

 お前の。

 透明の膜の内側で、外側からは得られない感動を生み出して、やっと心が躍る。けれど、子どもは膜の内側まで来られないから、その感動を信じない。認めない。

 きっと子どもに膜はない。目から直接色に触れて、色は美しいと言うのだ。

 透明な膜の内側では、全ての色は、透明の向こうにある色で、透明のフィルターを通した色は、全部、感動を殺して届く。

 子どもは無感動な男に嫌気を覚えて、また怒り出し、泣きじゃくり、どうして喜ばないのかと、叫ぶ。

 お前のせいだよ。

 お前が僕を殺したんだ。

 いや、僕が自分で殺したんだ。

 透明な膜の内側で笑ってみせる。透明な膜の内側でおどけて見せる。けれど、透明のフィルターを通した気持ちは、全部、本当を殺して、子どもに届く。

 だから子どもは信じない。

 子どもをこの膜の内側に連れて来られたら、いつかわかり合える日が来るんだろうか。

 子どもは嘘をついて、いつか大人になって、作り笑いで、僕を励ますようになる。僕も嘘をついて、透明な膜の内側で、そのはげましに応える。

 いつか膜の内側で一緒にいられる日が来るのだろうか。

 僕の膜が壊れる日が来るのだろうか。

 けれど、その時にはもう、君は子どもじゃない。

 そして僕も、もう心は壊れてしまった。

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