第3話 ―輝― 十余二<とお あまり ふたつ>
木は大地を母と呼んだ。
木は空を父と呼んだ。
木は人を小さき兄と呼んだ。
人は大地を父と呼んだ。
人は空を母と呼んだ。
人は木を大きな弟と呼んだ。
世界は家族になった。
人は最初に覚えた喜びを忘れぬよう、それを体の中に溜めて、時おり大地に返すためにひれ伏した。
二番目に覚えた感謝を忘れぬよう、神々が昇って行かれた空に手を翳しその御名を呼んだ。
額を地につけ天に掌を仰ぐ行いを、人は”祈り”と名付けた。
祈りの声は大地深くにまで届き、天高くまで響いた。
響くたび、空にきらめく光はいっそう大きく力強く輝いた。
蒼穹に昇るひときわ大きな光は”最初の神”、闇空に輝く小さな光は”のちの神”と呼ばれ、光り生きるそのすべてを合わせて”星(ほし)”と呼ばれた。
◇
「さ、これで
「はーい」
「それから……
そう言って
「忘れずにお食べなさい。食事の前に、必ずね」
「分かっております」
「宜しい。では、気をつけて……と、その前に。
今度は漉慈に、山吹色に輝く石の入った提灯を差し出した。
「また転んで破らないようにね」
「おれ、もうそんなに転ばないですから!」
「うそうそ、今日だって帰り道に転んだじゃない。それも二回!」
「あっ、何ばらしてんだよ、葵!」
雫がくすくすと笑う。漉慈は顔を赤くしながら、玉髄から提灯を受け取った。
「月が高くなる前に必ず帰って来なさい。分かりましたね」
「はい」
「……ああ、そうだわ。少し待っていて」
一瞬
「このお菓子をお土産に持ってお行きなさい。籐馬の家に着いたらまず、ご両親にお渡しするのですよ」
玉髄に差し出された行李を、雫が受け取る。行李の網目から誘うような甘い香りが漂ってきた。その少し香ばしさを感じる香りに、雫は中身がナバ餡の入ったふかし饅頭だとすぐに分かった。
「食べるのは、食事を頂いた後、ですからね?」
確かめるように言われ、はっとして何度もうなずく雫。念押しされるほど自分は食い意地が張っている人間だっただろうか、と思案したが、
「雫。よだれが出てるよ」
葵に指摘された。やはり食い意地は張っているようだ。
玉髄御前に出かけの挨拶をして三人連れ立って外に出ると、空はもう青藍色に暗く、暖光石の灯りが頼もしく感じられた。
「ねえ、雫。星って、どうしてどんどん少なくなってるんでしょうね」
「さあ……分からない。神様にも、寿命があるのかもよ」
「なら、星が消えるのは神様が死んだっていう合図になるのかしら」
「私は、そうなのかなあって思ってる」
「じゃあよー、星っていつか全部なくなんの?」
雫と葵が並ぶ前を歩いていた漉慈がそう言いながら後ろを振り返ろうとしたが、葵に頭をつかまれ無理やり進行方向の向きに戻された。
「寿命があるなら、そうだろうけど。でもそれだと太陽もなくなるのかな」
「そうなると、きっと寒いんでしょうね。私、ずーっと冬みたいなのが続くのは嫌」
「おれは大歓迎だけどな! 葵と違って、雪とか大好きだし!」
また振り返りかけて、葵に戻される。
「もーやめろよ。首が変になっちゃうだろ」
「じゃあちゃんと前を見て歩きなさいよ。また転んで提灯を駄目にしたら、私と雫までいっしょにお説教されるのよ」
「うるさいなあ、葵は……。玉髄御前そっくりだ」
「そりゃそうだよ。玉髄御前は、葵のお婆様だもの」
雫が何気なく言った言葉に、少しの沈黙が続く。
が、その静寂を割くように、葵がくすくすと笑い始めた。
「ちょっと、どうして笑うの?」
「だって……。雫が甘いもの大好きなのはきっと、お婆様に似たんだろうなって思って」
「えぇ? そ、そうかなあ」
「そうよ。だって私たち、みんな家族でしょう? 家族はみんな、どこかしら似ちゃうのよ」
「じゃ、おれは村長みたいにすごく強くなるかも!」
「それはないわね。きっと、すごく変な趣味に走るようになると思う」
「変な趣味って……おれ、庭造りなんかに興味ないぞ?」
「でも変わった形の石を集めるのが好きじゃない。漉慈の部屋は、そんなのでいっぱいだったもの」
「そんなの、って言うな。あれは素晴らしい芸術品なんだ」
「どこが。ただ石を並べて箱に詰めてるだけじゃない。幾つか見たけど、私にはあれの良さが分からなかったわ」
「見る目の無い奴はこれだから……て、あっ、まさか葵、おれの渾身の作品に触ったのっておまえか!?」
「作品って……まあ、ちょっと手にとってみたりはしたけど」
「やっぱり葵かよー! なんかぜんぜん違う並べ方になってるからおかしいと思ったら……」
「ほらー、そういう意味の分からないこだわり方、父様にそーっくり!」
家族、家族。雫は二人のやり取りを静かに聞きながら、心の中で幾度も繰り返した。
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