第7話  現れた道

「ここが、神社です」

 森の中、木々の半分以上が土に呑まれている。なぎ倒された木と石と土が一体となって固まり、その一斜面は絶壁のようになっていた。せり出している壁面は、今にも崩れてきて透たちを飲み込もうとしているようだ。

 その手前を、申し訳程度に柵で区切られていた。

「倒壊の危険があるからって、立ち入り禁止になってるんです。まあ、三年間は倒壊もなかったですから、たぶん大丈夫でしょうけど」

「どこかに神社へ行ける部分もあるかもしれない」

 そう言うが早いか、アヤカは自転車を飛び降り柵を乗り越えていった。

「無理ですよ。僕もあのあと何度も探してみましたけど、行ける場所はありませんでしたし」

「透は向こうを見てきて」

 無視された。

「――わかりました」

 ため息混じりに、アヤカとは反対側に向かう。

 柵を越えて近くで見ると、本当に壁そのものだった。以前は山があり、斜面になっていて、参道以外からでも茂みを掻き分けていけば行けなくもなかった。実際、そうやってスイと探検ごっこをして、秘密基地なんかを作ったりした。作ったのは、スイの絵でだが。

 それが今では山の一斜面をすべて埋め尽くす土砂にまみれている。

 神社も呑まれてしまったか、そうでなくても行くには反対側の山から行くしかない。

「やっぱり無理……」

 振り返ると、遠くでアヤカがスケッチブックを開いているのが見えた。山を見ながら、手を動かしている。

 神社はあきらめてこの風景を描こうというのか。しかしすぐにスケッチブックをしまってしまった。

 とっさに、透は彼女から視線を外し、道を探すふりをした。なぜか、それを見なかったことにしたほうがいいと思ったのだ。

「透、きて!」

 アヤカの声。透を手招きしていた。

「あれ」

 指差す方向。

 土砂の中に、道ができていた。

 土砂を切り取ったかのような隙間だ。せまいが、人間が通れるだけのスペースが出来上がっている。

「行こう」

 そういって、アヤカはその道へと走っていく。

 だが、透はすぐに彼女のあとを追うことができなかった。

 道ができていた。不思議と、驚きはなかった。ただ、不気味さだけが胸に渦まいている。

 モノが消える不安とも違う。

 いつの間に、この道はできたのだ?

 アヤカは、直前までスケッチブックを開いていた。あの位置からならこの道は見えていたはずだ。なのに、声をかける前に絵を描いていた。なぜ先に声をかけてこなかった? 何を描いていた?

「透、早く!」

 アヤカは道の上り口で手招きしていた。

 透は、無言で彼女の後を進んだ。

 道はかなり荒れてて、ところどころ石や木の枝がむき出しになっていた。それでも進むには苦はない。

 土砂を越えると、あとは普通の山道につながっていた。左手は斜面で、右手は断崖。茂みが覆ってよく見えないが、落ちたらまず助からないだろう。

「足場、気をつけて」

 透は、崖のこともアヤカの言葉も、考えられなかった。

 ただアヤカの後ろ姿を見つめている。

 彼女の背負ったリュック。その中に、スケッチブックと絵描き道具が入っている。

 彼女のスケッチブックは、昨日出会ったときに一度だけ見た。数枚の絵だったが、それは完成していた。今のように、中途半端なところで切り上げたりはしていなかったはずだ。

 それに、あのとき彼女は商店を描いていた。消える直前に描いていたのだ、となんとなく思っていたが、そんなタイミングありえるだろうか。

 実は、逆なのではないか。

 消える前に商店を描いたのではなく――

「あっ」

 ぬかるみを踏みつけ、透は足を滑らせる。バランスを崩してとっさに踏み出した足が、崖の外の空を切った。

 踏み外した。そう思った瞬間、景色が反転する。

「――っ、透!」

 とっさに振り返ったアヤカが、崖に落ちかけた透の腕をつかんだ。

 彼女と透とでは、体重差がある。アヤカは全体重をかけて、透の体を引っ張り上げた。

 透の体重はまだ半分地面に残っていて、あっさりと引っ張られる。が、アヤカの力はそれ以上で、勢いあまった彼女のほうがバランスを崩した。

「あ――」

 斜面側に倒れこむ透。

 その目の前で、アヤカの体が崖下の闇へと消えていった。

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