第3話

「両親は、僕がまだ生まれて間もない頃、遭難した貴族を助ける際、狼に殺されたんだ……。僕はその貴族と一緒に洞窟にいたから助かったんだけど、そこで、アルビスが僕の中に入ったんだ」


 訥々と、ヨハンは語り出した。アリアス、ルージュ、シシリィ。やはり、アルビスの事を彼らに黙っているわけにはいかなかった。これで試験が失格になったとしても、ヨハンは後悔しない。仲間を助けるため、自分で選び自分で実行したのだ。悔いはない。


「アルビスが? どういう事ですか? アルビスは、千年も前の魔晶戦争でやられたはずです。確かに、シャーロックでやられたという話は聞きましたが、千年もの間、アルビスが姿を現さなかったのが気になります」


 シシリィの眼鏡が、焚き火の炎を反射してキラリと輝く。


「確かに、アルビスは魔晶戦争で負けて、その体を失った。だけど、元々アルビスは魔晶から生まれた魔神なんだ。魔晶は世界を、この星の司るエネルギー。だから、アルビスは肉体を失っても、滅びることはないんだ。魔晶の状態に戻ったアルビスだったけど、その力は衰えていた。だから、移動する事も人の中に入ることも出来なかったんだ」


「なら、どうしてお前の中に?」


「僕が一度死んだからだよ。正確に言うと死にかけた、といった方がいいかな」


 ハッと息を飲む音が聞こえた。向かい側に座るルージュが、真剣な眼差しでこちらを見つめている。その瞳は、無言でヨハンの話の続きを促しているようだった。


「アルビスが説明してくれたんだよ。まだ乳飲み子だった僕に、シャーロックの気候は厳しかったんだ。防寒具を身につけていたけど、貴族を助けるために歩き回って、僕はほぼ放置の状態でずっと洞窟の中で寝かされていたらしい」


「それで、お前が死んだのか。で、空っぽになったお前の中に、アルビスの残りカスが入ったってのか?」


 アリアスらしい乱暴な物言いに、ヨハンは笑いながら頷く。


「うん。アルビスは最初、僕の体を奪うつもりだったらしいけど、僕の両親の行動をずっと不思議に思っていたみたいでね。アルビスは人間に興味を持ったみたいなんだ。僕を生かし、僕がどんな風に生きるのか、それを見てみたいっていつも言ってる」


「じゃあ、聞くけど。アルビスが私達、ううん、アルバレイド王家を狙っているのは、嘘だって事?」


 やはり、ルージュはその事が気になるのだろう。中から見ていたが、アルビスは今でもアルバレイドを憎んでいる。ルージュに剣を向けた際、彼の抱えた憎しみ、妬み、怒りがヨハンにも伝わってきた。


「いいや、アルビスは今でもアルバレイドを憎んでいるよ」


 その言葉を聞き、ルージュは表情を強ばらせた。こちらを見つめる瞳に、失望と怒りの色が見え隠れする。


「それはヨハン、あなたもじゃないの? あなたの両親は、貴族を守るために殺されたんでしょう? アルバレイス学園に入学して、貴族に近づくって言うのは、もしかして復讐のためじゃない?」


「……両親が貴族に殺された事への意趣返しって事か? くだらねーな」


 ルージュの瞳に薄暗い光が差す。その瞳は、敬愛する兄を守ろうとする強い決意を秘めた眼差しだった。何者も恐れない眼差し。一歩間違えれば、その強い意志はあらぬ方向へ転がる事を知っている。一途な気持ちは、時として人を盲目にさせるのだ。


「違うよルージュ。僕は復讐なんて考えていない。僕は、心の底から貴族を尊敬しているんだ。実際、僕が及びも付かないくらい、三人は凄いじゃないか。僕の目標はただ一つ。復讐するためじゃない、尊敬するローズに一歩でも近づくことなんだよ」


 ヨハンは、真っ直ぐな眼差しでルージュを見返した。


「アルビスは、みんなが思っているほど悪い奴じゃない。口は少し悪いけど、アルビスはいつも僕のことを考えて、見守ってくれている。だから、今日もアルビスはルージュを助けたんだ。長い時を生きて、アルビスも少しずつ変わっているんだよ」


「それは、アルビスは何があってもヨハンさんを守る、と言う事ですか?」


 シシリィの言葉に、ヨハンは首を縦に振る。


「アルビスも心を持っているんだ。アイツは否定しているけど、一緒にいる僕には分かるんだ。今のアルビスは、ここにいるみんなと変わらない。アルビスは、人の心を持っているんだ」


 ヨハンの言葉に、三人は無言で顔を見合わせている。


「……じゃあ、危険はないんですか? アルビスは魔晶石を使わず、魔晶術を使っていました。その事からも、かなり戦闘力が高いと思われます。本当に安全なんですか?」


 全盛期の何十分の一、何百分の一にまで力が衰えているとはいえ、アルビスは世界にいる魔物を生み出した存在なのだ。魔晶石の力がなければ魔晶術を扱えない人間とは、比較にならない魔晶を秘めている。そんな存在が危険なわけはない。だが、ヨハンには胸を張って言い切れるだけの自身があった。


「大丈夫。アルビスは僕の味方だ。僕が守りたいと思う者を、アルビスは傷つけはしない」


 ふうっと長い息を吐いたアリアスは、後ろ手をついて満天の星空を見上げる。剛毅な彼にしてみれば、アルビスがいようがいまいが、自分に害がない限り関係がないのだろう。


「合点がいったぜ。おまえが腰に差している剣は、アルビスの物か? 装飾、切れ味、ともに申し分ない」


「この剣?」


 傍らに置いてあった剣を手に取ると、ヨハンはおかしそうに笑った。


「これは、シャーロックからアルバレイスへ行く途中、何度も夜盗に襲われてね。アルビスが撃退してくれたんだけど、その夜盗を町の屯所に突き出したら、沢山の礼金をもらったんだ。それでこの剣を買ったんだ。俺様のだから使うんじゃないって、アルビスはしつこく言うんだよ」


 一人コロコロと笑うヨハンだが、誰も追従して笑う者はいなかった。


 シシリィは何かを考えるように細い顎に手を当て、ジッと炎を見つめている。明晰な彼女の頭の中では、ヨハンの言葉が信用に足りるかどうか、色々と考えているはずだ。


 ルージュは燃えるような眼差しをヨハンに注いでいた。疑念を孕んだ瞳が炎を写し、ユラユラと揺らめいている。この炎と同じように、ルージュもまたヨハンを信用するかどうか迷っているのだろう。


「みんな、ゴメン。もしかすると、これからも迷惑を掛けるかも知れない。もし、迷惑なら言ってくれ。僕はアルバレイス学園の入学を諦めて、シャーロックへ帰るよ」


「……あなた、まだ頑張るつもり? あの低い適性試験の結果でも?」


「うん。適性試験の結果は低いし、市井の出で、これと言ったコネもない。悔しいけど、駄目なら駄目で仕方がない。だけど、結果が出る前から諦めたくはないんだ」


「……そう」


 大きな溜息をつき、ルージュは両手で顔を覆った。


「ま、アリかナシか、って言ったら、アリなんじゃねーの? お前は、素でメチャクチャ弱くでどーしようもないけどな、アルビスはかなり腕が立つ。まだ試験は中盤だ。この調子だと、どんな事が起こるか分からないからな」


 そう言って、アリアスは自嘲気味に微笑んだ。そんなアリアスに、ルージュは「馬鹿ね」と言いたそうな目を向ける。


「良いわ、アリアスもそう言うんだしね。気にしない、って訳にはいかないけど、ヨハンの取り柄が馬鹿正直だって事は、今までで分かっているしね。だけど、もし私やお兄様をどうにかしようって言うなら、話は別よ。私は容赦なく、アルビスを、ヨハンを撃つからね」

「あたしもです!ヨハンさんと私達はチームじゃないですか! それに、魔神アルビスを見られる機会なんて、滅多にありません!」


「物好きね、シシリィも」


 苦笑いを浮かべるルージュの表情からは、今までの刺々しさは無くなっていた。


「ありがとう、みんな……。きっと、アルビスも喜ぶよ」


 この時、ヨハンはやっとチームの一員として迎え入れられた気がした。皆がアルビスという存在を認めつつ、ヨハンも認めてくれている。その事が嬉しかった。


 気が付くと、目からハラハラと涙が流れ落ちていた。


『また泣くのか。だらしないな、お前は』


 アルビスの溜息混じりの声が聞こえてきたが、ヨハンは「仕方ないだろう、嬉しいんだから」と呟きながら、恥ずかしそうに涙を拭った。

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