第3話
木の陰から飛び出してきたのは、黒装束の男達だった。防刃処理の施された黒い装束に、顔を隠す仮面。連携の取れた身のこなしから、彼らが素人集団でないと言う事は、一目瞭然だった。
矢を構えるルージュを背に、アリアスは瞬時にして状況を読み取った。
敵の数は六名。獲物は、両手に握られたナイフだった。足場も悪く、木々が密生する森の中。行動が制限されるこの場所で、彼らの持っているナイフは小回りが効く。
(やはり、待ち伏せがあったか)
左から切り込んでくる一人を切り伏せながら、アリアスは他の三名に目を走らせる。弓を手にしたルージュだったが、矢を放つ暇がないらしく、繰り出される刃を弓を使って弾いていた。シシリィは一瞬にして状況を飲み込んだらしく、槍を取り出すと必死に応戦していた。
(へっ、流石は貴族。身の守り方くらいはしっかり出来ているようだな)
女性陣の働きに安堵したのも束の間、ヨハンはナイフの刃を受け肩に傷を負っていた。
「う、うわぁ!」
尻餅をついたヨハンに、黒装束が襲いかかる。だが、それをシシリィが槍を突き出し牽制した。
「ヨハンさん! 応戦してください! 腰に差してある剣は飾りですか!」
ヒステリックにシシリィが叫ぶが、それ以上に情けない声でヨハンは応える。
「む、む、無理だよ! 僕、人間相手に戦った事なんて無い! それに、この剣は僕のじゃないんだ! 勝手に使ったら怒られる!」
「馬鹿野郎! 死にたいのか!」
ヨハンの襟を掴んで強引に立たせたアリアスは、最初の一撃を喰らわした黒装束を見下ろした。防刃服を着ていたおかげで、致命傷は避けたのだろうが、肩に振り下ろされた剣は、間違いなく鎖骨を粉砕しただろう。
「残念だったな、そんな服を着て安心してるからだ」
逆手に持ち替えた剣を、男の背中に突き刺した。頑強に鋭く鍛えられた白刃は、防塵服を突き破り男の命を穿った。
「まず一人……」
剣を引き抜き血糊を振り飛ばしたアリアスは、黒装束五人に向き直る。
彼らは特別な訓練を受けているが、その道のプロと言う事ではないようだった。恐らく、ただ金で雇われたゴロツキだろう。現に、アリアス達が予想外の抵抗をしたため、数的有利であるにも関わらず攻めあぐねていた。
「誰に雇われたんだか知らないけど、残念だったわね!」
一瞬の隙を見計らい、片膝を付いたルージュが矢をつがえた。弓からビットが放出され、四機のビットを頂点として、青いスクリーンが展開された。ルージュの手前で回転するビットは、スクリーンに標的を写しだし、更に拡大した。
「私に手を出したこと、あの世で後悔しなさい!」
指先に捕らえられていた光り輝く弦が、その力を解放した。つがえていた矢を、凄まじい威力で弾き飛ばし、ビットの展開したスクリーンの中心部に送り込む。魔晶術のスクリーンを通過した矢は、目映い光を放つばかりか、放たれた時よりも更にスピードを増して突き進んだ。音速を優に超える光の矢は、男が反応するよりも早く胸を貫き、背後にある巨大な木を貫いた。
二人目がやられた黒装束は、弾かれたように横へ分散し、四方から同時に襲いかかってきた。残る敵は四人。まだ、こちらの人数よりも上回る。
「だけど」
左手首のリングを指先で撫でたアリアスは、ユラリと静かに動いた。水のように淀みのない、滑らかな動きですれ違い様に二人の黒装束を切り結んでいた。
ボンッ!
アリアスの剣が黒装束を斬りつけた瞬間、刃が走り抜けた所が激しい炎に包まれた。敵は防刃服を身につけており、万が一動きと止められなかった場合、後ろにいるルージュに危険が及ぶかも知れない。ならば、一撃の下に敵を切り捨てるまでだった。
リングにライティングした魔晶術は炎。そのまま炎を放出することも出来るが、アリアスはこうして剣に纏わして使うのを好んでいた。
一瞬のうちに二人を倒したアリアスに、ルージュは口笛を吹く。そして、彼女が放った矢は、複数のビットを介して複雑な軌跡を描きつつ、男の眉間に突き刺さり、頭をスイカのように粉砕した。
「やるわね、アリアス!」
「お前こそ」
顔を見合わせ、不適な笑顔を浮かべたのも一瞬、気合いの入った声がククルの森に響き渡った。
「いい加減にしないと! ほんっっっっきで怒りますよ!」
頭上で槍を回転させたシシリィは、刃を足下を這う木の根に突き立てると、ネックレスを親指の先で弾いた。魔晶具に嵌められた魔晶石が青い光を放ち、周囲を照らし出す。徐々に光は青の深みを増し、ついには空気中に無数の水球を発生させた。その水は、拳大の大きさの物から、小指程度の大きさの物までまちまちだった。
「邪魔が入るのは予測の範囲(カテゴリー)でしたが、やはり、いい気はしませんね!」
シシリィが右手を振るうと、停滞していた水球は三日月状の刃へと姿を変化し、一人の黒装束に襲いかかった。魔晶術で生み出された水の刃は防刃服を透過し、その下の皮膚、肉を容易く切り裂いた。黒装束は断末魔の叫びを上げ、その場に崩れ落ちた。
残る敵は後一人。黒装束は、最後の悪あがきとばかりに奇声を発すると、呆然としているヨハンに斬りかかってきた。
「ヨハン!」
アリアスはヨハンの名を叫んだ。しかし、ヨハンは目を見開き、襲いかかる敵を見つめるだけだった。彼は腰に差した剣を手にすることも、ナイフを手にすることもなかった。
「馬鹿が!」
アリアスはヨハンを弾き飛ばすように押しのけると、振り下ろされた刃を右手の剣で受け止める。右腕に骨が軋むほどの衝撃がのし掛かるが、そんなことを気にしている余裕はなかった。すぐさま左手で鞘に収まっているもう一本の剣を引き抜き、防刃服のガードしていない首へと走らせた。白刃はたいした手応えもなく皮膚を切り裂き、その下にある無数の血管と気道を断ち切った。
「そんな……こんな話は……聞いていない……」
喉から血を吹き出した男は数歩後ずさると、地上を這う木の根に足を取られて仰向けに倒れた。そして、二三度激しく痙攣するとそのまま動かなくなった。
胸の中にため続けた二酸化炭素を吐き出したアリアスは、両手に持った剣を鞘に収めると三人を振り返った。
ルージュは安堵の笑みを浮かべているが、ヨハンとシシリィは殺された黒装束を見て青ざめていた。
「わ、私、血が、だ、駄目なんです~」
そう言って、ふらふらと動き出したシシリィは、死体から遠ざかるように巨大な木の陰に隠れた。
ヨハンが肩に軽い怪我を負ってしまったが、護衛対象であるルージュには傷一つ無い。自分の任務をやり遂げ得たアリアスは、女性陣とは違う安堵の溜息をついた。
(ゴールまで、あと二日。後何度こんな事が起こるんだか、チキショウ、めんどくせーな……)
天を仰ぐアリアスだったが、頭上に広がるのは深緑の木の葉の天上だった。血の匂いを嗅ぎつけたのだろう。遠くで狼と思われる遠吠えが聞こえてきた。
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