第9話

 世界を巡る魔晶は、生物の中にも微量存在している。

 かつて魔晶戦争で人間の敵となったアルビスは、魔晶のみの存在だった。アルビスが生み出した魔物も、人間とは比べものにならないほどの魔晶を体内に宿し、生成することが出来る。


 魔物のように、大量の魔晶を体内で生成出来ない人間は、生成出来る極僅かな魔晶と、魔晶石に閉じ込めた魔晶を反応させ、魔晶術を使用する。


 アリアスは胸ポケットから一つのロケットを取り出した。小指の先ほどのロケットを明けると、小さな魔晶石が一つ埋め込まれていた。ロケットの形をした魔晶具を手にしたアリアスは、体内に流れる魔晶を指先に集中させると、そっと魔晶石を撫でた。試験用にとアルバレイス学園から支給されたのとは、別の魔晶石。それを使用すると言う事は、試験で不正を行うと言う事だったが、アリアスは気にする様子もなかった。


 赤い光が魔晶石から立ち上り、アリアスの目の前で一つの形を作った。それは、小さな光の鳥だった。


「初日、特に異常は見当たらない。明日はククルの森へ突入する。連中が仕掛けてくるとしたら、人目につかない森の中だと思われる」


 目の前に滞空する鳥に囁くように告げる。すると、鳥は無数の粒子を残しながら、夜空へと飛び立っていった。


 あの魔晶の小鳥は、すぐに父であるビヨンドの元へ戻るだろう。そして、ビヨンドはアリアスの報告を耳にするはずだ。


 大きな岩を背にしたアリアスは、すぐ後ろで沐浴を行う少女二人の出す音を聞いていた。小川のせせらぎ、虫の声。岩が邪魔をし、くぐもった声で聞こえる二人の会話。アリアスは空を見上げながら、ヨハンの示した適性試験の結果を思い出していた。


「俺は月で、アイツは太陽か」


 見上げる先には、自分のシンボルである大きな月が、ぽつねんと浮かんでいる。月の周囲で無数の星が輝いているが、月の光には遠く及ばない。だが、その月の光こそ、太陽の光なのだ。月は自ら輝かない。それに比べ、太陽は自ら強い光を発する。


 シンボルである太陽と、ヨハンの笑顔が重なる。本当に、ヨハンは太陽のような男だった。そして、その光は自分も照らしてくれる。「くだらない」と切り捨てられない、そんな不思議な魅力を、ヨハンは秘めていた。


 ボンヤリとそんな事を考えていると、突然背後で人の動く気配がした。二人が沐浴を済ませたのだろう。と言う事は、これから野営場所へ戻ると言う事だ。


「やべぇ、急いで戻らないと。此処で見つかったら、間違いなく覗きだと思われる」


 気配を消し、足音を忍ばせアリアスは小走りに野営地へ戻っていった。焚き火の前に来て横になると、ちょうどヨハンが寝言を言いながら寝返りを打った所だった。

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