第5話
休憩を挟みつつ、平原を歩き続けたアリアス達は、日が沈む前に一日目の野営地であるククルの森に辿り着いた。
「予定通りです! 明日からは、このククルの森を攻略しましょう!」
ナビゲーターを務めていたシシリィは元気よく言ったが、その顔には疲労の色が濃く映っていた。シシリィだけではない、ルージュも途中からは無駄口を叩かなくなり、今も地面に腰を下ろして呼吸を整えている。
「さて、食事の準備なんですけど」
シシリィも、青菜が萎れるように地面に腰を下ろしたままこちらを見上げてくる。メガネの奥にある緑色の瞳は、明らかにこちらを頼りにしていた。
「仕方がないな。ここは、体力のある俺達が確保するしかないか」
アリアスは、恐らくこの四人の中で一番元気であろう、ヨハンに水を向けた。
「うん、そうだね。僕とアリアスが食材と取ってくるから、二人は水の確保と火をおこしておいて」
「水? そんなの何処にあるのよ」
キョロキョロと周囲を見渡すルージュ。ルージュの言葉はもっともで、目の前にはパノラマに収まりきらないほどの巨大なククルの森があり、先ほど歩いてきた道を振り返っても、水たまり一つ発見できなかった。
持参できる水筒の水はすでに空っぽだ。ルージュもシシリィも、水を飲みたくて仕方がないという顔をしていた。
水の確保、分かりきっていた事だったが、これが最重要になってくる。食料の方は、最悪そこらの木の実でも食えば何とかなるが、水だけは欠かす事は出来ない。水がなければ試験の合否は元より、生死に関わってくる。
「少し南に行った所に川があるみたい。ほら、草が皆そっちに向いているでしょう? それに、その川は間違いなくククルの森から流れている。きっと、そのまま飲める美味しい水だと思うよ」
「どうしてですか?」
シシリィが不思議そうにヨハンに尋ねる。
半日一緒に過ごし、大体メンバーの癖が掴めてきた。ルージュは言うまでもなく、あの通り傲岸不遜、唯我独尊でチームワークの欠片も見当たらない。正直言って、扱いの面倒くさい女だ。
変わって、シシリィは良く気が回り、先頭に立って歩きながらも、常に他のメンバーのことを気に掛けていた。しかし、若干知識だけに頼る所があり、行動が伴っていない所も目立つ。
「この平原、何処を見ても草だらけじゃないか。普通、これだけ広大な平原なら、何も生えていない場所があるのが普通なんだよ。だけど、何処を見ても草が生い茂っている。つまり、この辺りには何処でも水が手に入るって事なんだよ。僕の予想だと、地下水が豊富なんだと思う。そして、その地下水が来る場所は、このククルの森、そして、その先にあるウィザーバレーだと思うんだ」
「なるほどな。ククルの森で濾過されているから、そのままでも飲めるって事か」
ヨハンは頷く。
感嘆すべきはヨハンだった。適性試験の結果は散々だったが、一緒に過ごしている内に、ヨハンには驚かされることばかりだった。学校で学ぶ知識ではアリアス達には遠く及ばないが、生き抜くのに必要な知恵という点では、この中では群を抜くだろう。
「じゃあ、二人とも、美味しい食材の調達、頼んだわよ」
ゴロンと横になったルージュは、首に巻いていたスカーフをパタパタと振った。
「おいおい、お前がいつも食っているような食材なんて期待するな。せめて、料理の腕ででカバーしてくれ」
「料理、ですか……?」
頬を引きつらせ聞き返すシシリィ。彼女はリュックから一冊のハンドブックを取り出すと、パラパラとページを捲り始めた。
「こりゃ、期待できねーな」
ルージュに料理をさせるのは、猿に料理をさせるのと同じくらい無謀な試みだろう。唯一、期待の持てそうなシシリィだったが、先ほど彼女が取り出したハンドブック、『料理の基礎』というのを見てしまったら、僅かな希望も露と消えた。
「んじゃ、ヨハン行こうぜ」
「うん」
リュックを下ろし、マントを脱ぎ捨て身軽になったヨハンは、腰に下げている剣もリュックの脇に置いた。
「…………」
柄と鞘に見事な装飾の施された剣、一見して業物だと思える代物だ。まだ刃は見ていないが、アリアスの見立てでは金貨二〇〇枚はくだらないだろう。よほどの理由がない限り、ヨハンが手に出来る代物ではない事は確かだ。
(よほどの理由、か。コイツ、何者だ?)
アリアスの目的はルージュの護衛であり、アルバレイス学園の合格ではない。常に周囲に気を配り、凶手からルージュを守らなければいけない。チームメイトといえど油断は出来ない。身元が明確なシシリィは兎も角として、ヨハンに関する情報は何もなかった。事前に聞かされた情報も、受付に提示された身分証のみで、誰が彼の後見人なのか、軍部の情報網を駆使しても掴めなかった。
もし、彼の後見人がルシフルと対立する貴族派の者だと仮定するなら、油断は出来ない。先ほども話したが、ヨハンの合格は絶望的だ。学園の合格と引き換えに、ルージュの命を奪う。ヨハンにしてみれば、十分すぎる対価だろう。
腰に差してあるナイフを取り出したヨハンは、手の中でクルクルと回転させると、森の中へと駆けていった。
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