第4話

「……嘘でしょう?何よこれ?」


「……お前、こんなのってありか?」


 呆然と言う言葉がピッタリの表情を浮かべ、アリアスとルージュがヨハンをみる。


 「エヘヘヘ」と照れくさそうに笑うヨハンだったが、確かに、その数値は驚嘆に値する。そう、ヨハンのセンスはどれもが余りにも低すぎた。特出すべき所は何一つ無い。全てが平均の五を下回り、大半が一と二で占められている。


「アンタさ……、ハッキリ言って、このセンスの低さじゃアルバレイス学園の合格は無理よ」


 溜息混じりに告げられたルージュの言葉に、笑みを浮かべていたヨハンの表情が凍り付く。


「そんな、だって、適性試験は試験の合否に関係ないって校長が言っていたじゃないか! 駄目だよ! ここで落とされたら、僕はローズになれない!」


「ローズ? お前、ローズが好きなのか?」


 プリントを手に取り、マジマジと見つめるアリアス。だが、彼も物憂げな溜息をつくと、冷たい眼差しをヨハンに注いだ。


「ローズは僕の目標だ! 僕は、婆ちゃんにローズの話を聞かされて育ったんだ! 僕は、ローズみたいにアルバレイド王国の為に働きたいんだ!」


 座っていた岩から腰を浮かせたヨハンは、アリアスとルージュに熱く語りかける。だが、ヨハンの情熱に反し二人の反応は余りにも冷めていた。端から見ているシシリィが気の毒に思うほどに。


「アンタ馬鹿ァ? アンタみたいなクズが、第二のローズになれるわけ無いじゃない。ほんっっっっとに、田舎者はこれだから困るわ。今のアルバレイド王国はね、才能だけじゃ駄目なの。家柄、貴族の位、そういった物がある人だけが、この国を動かせるの。どちらもない貴方じゃ、ローズを目指すどころか、学園合格だって不可能だわ」


「だけど! だけどさ、ローズの遺品を持ち帰れば合格できるんだろ? そうだよね? シシリィ、君も何か言ってよ」


 縋るような眼差しをこちらに向けてくる。シシリィは唇を噛み、足下に視線を落とした。試験の合否はそう言う触れ込みだが、今までローズの遺品を持ち帰った物は誰一人としていない。


「無駄だぜ。此処十数年、試験は決まってローズの遺品探し。だけど、見つけた奴は誰一人としていない。そもそも、ローズの遺品が何であるか、それすらも分からない。あるかどうかも疑問視されているくらいだ。それなのに、毎年アルバレイス学園に入学する生徒は百人以上いる。それがどういう事か分かるか? あの学園も、所詮は腐りきった組織の一部だと言う事さ。試験というのは名目で、金持ち貴族と一握りの天才のみをすくい上げるデキレースさ」


 「天才か凡人か、それを知るにはこの適性試験が最も効率が良いのさ」と、アリアスは手にしたプリントをヨハンの足下に滑るらせるように投げた。


「そんな……、だけど、僕は! それでも、諦めない」


 泣いているのだろうか。ヨハンは薄汚れたマントで、ゴシゴシと目元を擦る。


 それを見ていたシシリィは、ヨハンの無念さが良く分かった。だが、アリアスの言う通り、アルバレイス学園も組織の一部であり、運営をしていく限り金と縁が切れるはずもない。その為、どうしても貴族優先になってしまう。


 ヨハンは足下に滑ってきた適性試験のプリントを掴み上げると、綺麗にそれを折り、大事そうにリュックへしまった。


「でも!」


 シシリィはヨハンを元気づけようと声を上げた。三人の注目が一斉に集まってくる。


「でも、ヨハンさんのシンボルは太陽でしたね。太陽のシンボルは、とてもレアなシンボルなんです! 聞く所によると、ローズも、今の王様も太陽のシンボルを持っているそうです! だから、気を落とさないでください!」


 ヨハンのシンボルは太陽だ。シンボルは、人の性格や性質を具現化した物に過ぎない。太陽にしても、夕日のシンボルもあれば、雲の合間から覗く太陽のシンボルも存在する。魔晶や指紋と同じく、同じシンボルはこの世に二つ無いと言われている。


 ヨハンのシンボルである太陽は、上半分に燦然と輝く太陽が描かれており、その下に地平線が横に引かれている。そして、地平線には太陽の影が黒く映っていた。


「それに、本当にローズの遺品がないのか、それを確かめた人もいません! 幸い、私達のチームにはアリアスさんやルージュさんが居るんです! みんなで協力すれば、きっとローズの遺品だって見つかりますよ! だから、頑張りましょう!」


 シシリィの声に、ヨハンは袖で目を拭うと、「うん」と元気よく頷いた。


「何で私がコイツの為に頑張らなきゃならないのよ。私は一抜けよ。時間までに目的地に到着すれば試験は終了。私達は何もしないで来週からアルバレイス学園に入学できるんですもの。わざわざ汗をかいて汚れる必要なんて無いの」


 水を差すように呟いたルージュの言葉は、笑顔を取り戻したヨハンを一瞬にして奈落に突き落とした。


 ヨハンは悔しそうに唇を噛み締めながら、黙って下を向いていた。ヨハンの目から、銀色の雫が一滴、草むらに落ちたのをシシリィは見逃さなかった。


 何とかしてやりたいのは山々だったが、没落貴族であるシシリィには合否を左右するだけの力もなく、援護射撃を期待できそうな二人は、知らんぷりを決め込んでいた。


「夢か……くだらねーな」


 ポツリとアリアスから漏れた言葉は、草原を走る風によって霧散した。

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