第3話

 シシリィを挟み、対峙するアリアスとルージュ。その傍らでは、ルージュの展開した魔晶術に目を奪われているヨハンの姿があった。


 シシリィは両拳を握りしめた。沸き上がる怒りを抑えるため、歯を噛み締める。


 どうして、みんな自分勝手なのだろう。自分たちは、試験を受けに来たのではないのか。仲間割れをしている場合でない事は、誰の目にも明らかなはずだ。どうしても試験に合格し、オーガス家を再興しなければいけないのだ。こんな所でトラブルを起こして落第でもしたら、それこそオーガス家は破滅を迎えてしまう。


「二人とも、止めてください!」


 気がつくと、シシリィは大声を上げていた。リュックの脇に吊されている棒を手に取ると、激しく振った。音を立てながら棒が倍に伸び、先端から刃が飛び出す。槍を構えたシシリィは、怒りに満ちた視線で二人を牽制する。


 言って聞かないようなら、力尽くでもこの場を納めなければいけない。こういう事は得意ではないが、シシリィが止めなければ、二人は本当に殺し合いを始めてしまうだろう。


「二人とも、武器を納めてください! さもないと、私、本気の本気で怒りますよ!」


 キラリとメガネを輝かせ、シシリィはドスの効いた声で二人に語りかける。


「ルージュさん、早く魔晶術を解除してください! さもないとこのビット、叩き斬りますよ! アリアスさんも! 早く構えを解いてください!」


 目の据わったシシリィに見据えられ、アリアスとルージュは「うっ」とたじろぐ素振りを見せた。


「わ、分かったよ、そう怒るな……」


「うんうん、分かったから落ち着いて、シシリィ。ね?」


 シシリィの説得が功を奏したのか、二人はそそくさと武器をしまった。だが、アリアスとルージュの間に立ち籠める険悪な空気は、収まる気配を見せない。頭上で一回転させた槍を地面に突き刺したシシリィは、輝くメガネをクイッと人差し指で押し上げた。


「では皆さん、まず自己紹介から始めましょう。まだ、私達はお互いを良く知りません。なので、自己紹介で仲良くなりましょう」


「自己紹介だぁ?」


「別に必要だとは思わないけど」


 アリアスとルージュは目を合わせると、フンッとそっぽを向く。


「仲良くしましょうよ、皆さん。ねぇ?」


 地が震えるほどドスの効いた声を発したシシリィに、アリアスとルージュは渋々と頷いた。


 休憩がてら、近くの岩に腰を下ろした四名は、適性試験のプリントを取り出した。魔晶具の機械が弾き出した評価表でしかないが、お互いの得手不得手を知るには、適性試験の結果を見比べるのが一番早い。


「俺はアリアス・サーバイン。一応、第一貴族だ。第一貴族だからって、俺に遠慮は必要ない。名前を呼ぶ時はアリアスで良い。そして、これが俺の適性試験の結果だ」


 アリアスの示すプリントに三人は顔を近づける。


 適性試験の評価表には一二の項目がある。その内訳はこうだ。


 剣術、槍術、弓術、狙撃術、体術、集中力、語学、医術、知識、美術、魔晶、魔晶術の十二個だ。


 剣術、槍術、弓術、狙撃術は、剣、槍、弓、銃の戦闘センスの有無を示し、体術は徒手空拳から運動能力全般を示す。集中力は読んで字の如くで、語学、医術、知識は現在の知識の高さ、そして事務処理の能力を示している。美術と言うのは芸術関係全般のセンスの有無を示している。魔晶というのは体内に巡る魔晶の最大値を差し、魔晶術というのは魔晶を練り上げ、魔晶術へと変換させる才能を示す。魔晶の量がいかに多かろうと、魔晶術への変換、魔晶石へのライティングが上手くいかなければ、効果的な魔晶術を扱うことは出来ないのである。それと各個人の人間性や性格を示したシンボルが一つある。


「凄いよアリアス! センスがオール一五点だ!」


「フンッ、サーバイン家の宝刀って言われているだけはあるわね」


「アリアスのシンボルは、月なんですね、それも満月。ミステリアスな雰囲気にピッタリです」


 シシリィはアリアスのプリントをみて溜息をついた。第一貴族で、この容姿にこのセンス。少し短気な所もあるが、それも愛嬌と言った所か。


 端正なアリアスの顔を、ポーッと上気した表情で見つめていたシシリィは、「おい、俺のはもう良いだろう」と言う声に我に返った。


「あっ、はい。じゃあ、今度は私が」


 咳払いをして、プリントを提示する。


「私はオールージュから来ました、シシリィ・オーガスです。シシリィって、気軽に呼んでください。準十位で一番低い位ですが、私も一応、貴族です」


 シシリィのプリントに視線が集まる。


「へぇ~、見かけによらず、良いセンスじゃないか。医術が一〇に槍術が一〇、魔晶と魔晶術のセンスは八か、十分だな」


「どれも平均以上ね。特に、語学と知識が一五ってのは大きいわね」


「このシンボルは、雲のシンボル?」


 ヨハンの問いに、シシリィは頷く。


「そうみたいです。私の引っ込み思案で暗い性格を示しているんですかね?」


 シシリィの素朴な疑問に、アリアスとルージュが間髪入れずに、『それは違う』と声を揃えた。


「じゃ、次私ね。私はルージュ・エバーラスティング。仕方ないから、私もルージュって呼び捨てで呼ばせてあげる。私も貴族の一員よ。将来は、ルシフル兄様の役に立つのが夢なの」


 見せびらかすように、プリントを提示したルージュ。傲岸不遜、という言葉がピッタリなルージュだったが、そのセンスはやはり素晴らしいの一言に尽きる。この性格も他人から甘やかされて形成されたのではなく、ちゃんとした実力という裏付けあってのことなのだろう。


「凄い……! ルージュさん、魔晶術と弓術のセンスが一五で、他はすべて一〇なんて」


「フンッ、言うだけのことはあるじゃないか」


「ルージュのシンボル、星なんだね。やっぱり、イメージとシンボルって合うのかな~」


 それぞれのコメントに、「ま、当然よね」と笑みを浮かべたルージュは、最後の一人となったヨハンに顔を向ける。その目には、ゴミを見るかのような軽蔑の眼差しが浮かんでいた。


 この二人の間にある溝は、もしかするとアリアスよりも深いかも知れない。二人の場合、お互いを認め合った上での喧嘩なのかも知れないが、ルージュとヨハンの場合は、一方的にルージュがヨハンを嫌悪している。それは、身分が違う、ただそれだけだ。下らない理由だとは思うが、その下らない理由で年間何百人という命が理不尽に奪われている事を、シシリィは知っていた。貴族と一般市民の間には、決して越えられぬ一線がある事を知っていた。ヨハンがいくら優秀だとしても、恐らく、ルージュが認める事はないだろう。


 典型的な貴族であるルージュには、ヨハンと一所に居るこの瞬間さえ、本来ならば許す事が出来ないのかも知れない。


 シシリィの不安をよそに、ヨハンはニコニコと笑いながら自己紹介を始めた。

「じゃあ、最後は僕の番だね。僕は、ヨハン・クルロック。シャーロックから来た一般人です。ヨハンって呼んでね」


 ヨハンは、手にしたプリントを四人の中央へと放り投げた。ヒラリと舞い、下草の上に落ちたプリントを、シシリィを含めた三人が覗き込む。

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