2章 試験開始
第1話
天井を覆うステンドグラスを透過し、鮮烈な朝日が聖堂に降り注いでくる。
時刻は午前七時。聖堂には各々の旅装に着替えた受験者が勢揃いし、緊張した面持ちでマーリーンの話に耳を傾けている。受験者数はおよそ二〇〇名。居並ぶ受験者の中には、ヨハンの姿も見えた。
「試験は例年通り、ローズ・アノーレの遺品を『竜の墓標』へ取りに行くことです。むろん、全員にそのチャンスがあるわけではありません。途中で挫折するチームもあるでしょう。それらの結果を踏まえ、アルバレイス学園の合否を判断したいと思います」
ローズ・アノーレ。その名前がマーリーンの口から発せられた瞬間、雷に打たれたようにヨハンの体は震えた。口からは物憂げな溜息が漏れ、オモチャを前にした子供みたいに瞳を輝かせた。
ローズ・アノーレとは、三〇〇年ほど前、シャーロック地方からアルバレイスへ行き、アルバレイド王国の為に尽力した人物だった。彼は不世出の剣士と言われ、当時は弱小国家であったアルバレイド王国を、天才軍略家と言われたカリオストロ・フラバトーレと共に、アルバレイド王国を他の国々に負けないほど豊で、強い国へと作り上げた。
同じシャーロック地方出身者と言う事もあり、ヨハンにとってローズは目指すべき人物の筆頭に上げられていた。アルバレイス学園に入学しようと思ったのも、ローズに憧れてのことであった。
「竜の墓標には、四人一組、チームを組んで行ってもらいます」
エメラルドグリーンの法衣を身に纏ったマーリーンは、右手で聖堂の片隅を示した。彼女の示す先にはファーガスが立っており、その横には黒く塗りつぶされた掲示板が置かれている。ファーガスが掲示板の横に触れた瞬間、パッと赤い文字が掲示板を埋め尽くした。
「あの掲示板に、チーム分けが表示されます。各々自分のチームを確認し、三十分後、アルバレイスの西門の前へ集まって下さい」
マーリーンの言葉が切欠となり、整列していた受験生の列が崩れ、掲示板の元へ殺到する。静寂が支配していた聖堂が、一瞬にしてざわめきに包まれた。
「え~っと、僕の名前は……」
人を掻き分け、首を伸ばし、掲示板の文字を目で追ったヨハンは、すぐにに自分の名前を見つけた。
第二一班
シシリィ・オーガス
ルージュ・エバーラスティング
ヨハン・クルロック
アリアス・サーバイン
自分を含めたこの四人が、今回、一緒に試験を行うチームメイトだ。キョロキョロとヨハンは周囲を見渡す。まるで、試験結果を見るかのように、一喜一憂している受験者達。貴族出身の彼らは顔見知りが多いのかも知れないが、ヨハンには名前を見てもどのような人物なのか、まったく想像もつかなかった。ただ、シシリィとルージュというのは、女性の名前だと言う事は理解できた。
(どんな人達なんだろう。何だか、ワクワクするな!)
期待に胸を膨らませたヨハンは、他の受験者よりも一足早く聖堂を出ると、出発点となるアルバレイス西門へ向かった。
大半の受験者達は車などを使って移動するが、ヨハンは徒歩だった。アルバレイス学園の前には、受験者達を対象とした黄色い車(タクシーと呼ぶらしい)が列をなして止まっていた。
外に出ている運転手は、校門から吐き出される生徒を見ては声を掛けてタクシーに押し込んでいくが、誰もヨハンに声を掛けてくる者はいなかった。流石に、昨日身につけていた薄汚れた旅装を着るわけにも行かず、今日は祖母が縫ってくれた白い旅装を身につけている。だが、羽織っているマントはボロボロで、旅装にしても一目見て手縫いだと分かる代物だ。いかに機能的に作られていようと、アルバレイスの人達には粗悪品にしか映らないのだろう。
昔から、ヨハンは祖母の手作りの服を身につけていた。確かに、見てくれは市販品に遠く及ばないが、生地の丈夫さや運動性、裁縫の良さは市販品より優れていた。もっとも、車には乗ってみたいが、先立つものがないため乗ることは出来なかったが。
他の受験者達が車に乗り西門へ向かう中、一人街中を歩いたヨハンは、集合時間の五分前に到着した。
少し息を弾ませながら列を数え始めた。ヨハンの所属するチームは二一班だ。一班から数え始め、二十、二一と来た時、足を止めた。
すでに他の三名は到着していた。先頭に長い黒髪の少女が立ち、その後ろに同じく黒髪の長身の青年が立っている。三番目にいる少女は、ヨハンの気配を感じて振り返った。
「あら?」
大きなメガネを掛けたお下げの少女は、ヨハンを見て微笑む。
「あなたがヨハンさんですか? 私、シシリィ・オーガスと申します」
「宜しくお願いします。ヨハン・クルロックです」
ヨハンの声に気がついたのか、他の二名も後ろを振り返る。
「初めまして、僕はヨハンです。君がアリアス君? そしてルージュさん?」
「………」
黒髪黒目の青年、アリアスは興味がないとばかりにヨハンを一瞥し、ふいっと視線を逸らして正面を見つめた。先頭にいた少女、ルージュはヨハンを見ると、信じられないとばかりに目を見張り、「ハァ……」とこれ見よがしな溜息をついた。
「マジで最悪」
アリアスと同じく正面に向き直りながら、ルージュの口からボソリとそんな言葉が漏れた。
「あ……えっ……?」
呆然とするヨハンに、シシリィは引きつった笑みを浮かべる。
そうこうしているうちに、一班から試験がスタートした。目的地は竜の墓標だったが、そこへ至る道は無数にあり、それぞれ出発時に地図を一枚手渡され、そのルートに従って進まなければいけないのである。
「おっ、ヨハンじゃないか!」
そわそわと順番待ちをしている時、地図を手にしたライバットが通りかかった。彼らは一〇番目、つまり一〇班だ。新しい深紅の旅装とマントに身を包んだライバットの後ろには、ゴードンとスルトの凸凹コンビが控えていた。
「調子はどうだ? 田舎じゃ、魔晶具なんて見た事無いだろう? せいぜい、良い思い出を作っておくんだな」
「うん。本当に良い思い出になったよ! 何もかも初めてで、本当に楽しいよ」
「そりゃ良かった! せいぜい、ルージュの足を引っ張らないように気をつけるんだな」
「大丈夫よ、ライバット君。私がこの子の分まで頑張ればいいのですし。ライバット君も頑張ってね」
そう言ってウインクをするライバットに、ルージュは満面の笑みを浮かべて小さく手を振る。
「ねえ、ライバット。ルージュなんて放っておいて、早く行きましょうよ」
苛立たしそうにライバットの後ろから声を掛けたのは、病的なまでに白い肌をした狐目の少女だった。色素のない白い髪と灰色の瞳。ヨハンの目には、その少女は沼地から現れた幽鬼のように思えた。
「あら? スレイさん、ライバット君と同じ班なんてね、本当に羨ましいわ。私と変わってもらいたいくらい」
「何を言ってるのよ、ルージュ。あなたこそ、その班にピッタリよ。私なんて、此処にいるだけで鼻が曲がりそうなのに。そんな生ゴミみたいなのがいる班に、良くいられるわね。心底、感心(・・)するわ」
「え? 生ゴミ?」
キョロキョロと周囲を見渡すヨハンを見て、ライバットとスレイは大声を上げて笑った。そして、「また会おう」と、きざっぽく帽子を取って振ると、ライバット率いる一〇班は広大な平野へ旅立っていった。
「チッ、嫌な奴等ね。誰がライバットと同じ班で羨ましいかっつーの」
スレイの後ろ姿を睨み付けたルージュは、お淑やかな口調から一転、舌打ちをして毒づく。そんなルージュを見つめていたヨハンに、ルージュは厳しい一言を投げつける。
「何見てるのよ、汚らわしい! 近寄らないで」
ツンッとそっぽを向いてしまったルージュ。シュンッと項垂れるヨハン。彼の隣にいたアリアスは、一連の騒ぎに我関せずの様子で遙か西に霞む森を見つめていた。
「あ、いよいよ私達の番ですよ! さあ、行きましょう!」
ギスギスした空気を紛らわすように、シシリィが努めて明るい声を出した。「うん、行こう行こう!」と、答えたのはヨハンだけで、アリアスは相変わらず口を横に結び、ルージュは遙か彼方にいる一人の青年、ルシフルに向かって手を振っていた。
厳正な荷物検査の後、地図を受け取ったヨハン達は気まずい空気をそのままに、アルバレイスの西方にある竜の墓標へ向け、旅立った。
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