第6話
色取り取りのステンドグラスが嵌め込まれた天井からは、七色の光が虹のように降り注いでいる。椅子もテーブルも片付けられた床は白大理石で作られており、足下からうっすらと冷気が上ってくる。咳払い一つ聞こえない静まり返った聖堂に、美しい女性の声が僅かな余韻を残して響く。
アリアスは欠伸を噛み殺しながら、壇上に立つ女性、アルバレイス学園の学園長マーリーンの姿を見つめた。
足下まで伸びる絹糸のように細くて艶やかな金髪に、真夏の空の色を写し取ったかのような碧眼。何より、見る者の心をとらえて放さないその美貌。受験生のほぼ全てが、マーリーンの美貌の虜にされたように、ボーッと壇上を見つめていてる。しかし、マーリーンの実年齢は、実に五十五才。アリアスの母親よりも年上だ。あの年齢であの若々しさ。美貌の謎は、アルバレイス学園の七不思議の一つに数えられているほどだ。
「アルバレイス学園の入学試験に臨む皆さんは、アルバレイド王国の将来を背負うという事を念頭に置いて……」
マイクから発せられるマーリーンの美声が、聖堂に優しい余韻を残して響き渡る。
ついに口から出た欠伸を右手で隠しながら、アリアスは視線を左右に走らせる。
三列向こうの右前方には、ライバットとその取り巻きが二名、小声で話し合っては周囲を見渡し笑っている。左を見れば、二列隣にルージュ・エバーラスティングが立っている。彼女は直立不動で真剣な眼差しを壇上に注いでいるが、視線の先にいるのはマーリーンではなく、壇上の右手に腰を下ろしている一人の青年だった。
アリアスは暫くルージュの美しい横顔を見つめていたが、つと彼女の視線の先にある青年に目を向ける。ルージュと同じ黒髪黒目の人物。年齢は確か二八才。現国王の一人娘に婿入りした、エバーラスティング家の麒麟児。
「ルシフル・エバーラスティング改め、ルシフル・アルバレイドか」
国王の右腕となり、見事な手腕で様々な改革を推し進める人物でもある。特に、貴族が独占している魔晶具関連の技術の公開や、税金面で優遇されていた貴族への搾取など、平民や議会からしてみれば万々歳の改革でも、貴族の間では反対する者も多い。しかし、ルシフルの示した、『国民の為のアルバレイド王国』のビジョンに国王が共感を持っている限り、その改革が止まることはないだろう。
表面上、穏やかなアルバレイド王国だったが、水面下ではルシフルの推し進める『改革派』と、それに反対する『貴族派』に分かれ、激しい駆け引きが行われている。
光を反射しない深い闇を湛えているルシフルの瞳を見つめていたアリアスは、講堂内に響いた声に、意識をそちらへと移した。アリアスだけではない、立ち並ぶ受験生と壇上に立つマーリーンさえも、行動に響いた不協和音に注意を向けた。
「すみません!遅れました!」
アリアスの注意を引いた場所は、ほぼ真後ろに位置する聖堂の出入り口であった。開け放たれた扉からは、夕日が投げかける橙色の光が差し込んでくる。逆光になり、入って来た人物が影絵のように黒く浮かび上がっていた。
「コラ! 遅刻だぞ! 一体、今何時だと思っているんだ!」
壇上から走り寄ったのは、生活指導などを行っているファーガスと呼ばれる禿頭の教員だ。今にも湯気が出そうなほど禿頭を真っ赤にした彼は、入って来た人物の袖を引っ張ると扉の前から退かした。
「それが……、道に迷ってしまいまして。辿り着いたのが食堂だったんです」
ファーガスが扉を閉めると、夕日が遮断され聖堂が急に暗くなったかのように感じられた。にわかに騒然とした聖堂に、ファーガスの怒鳴り声と、暢気な青年の声が交互に聞こえてくる。
「食堂だと? 聖堂とは正反対の場所ではないか!」
「はぁ、遅刻して申し訳ないです。でも、子羊のケチャップ煮はとても美味しかったですよ!」
「だから、口元にケチャップがついているのか!」
「あっ、本当だ」
慌てて青年は口元を旅装の袖で拭う。
「貴様は、アルバレイス学園をバカにしているのか!」
口角泡を飛ばす勢いで捲し立てるファーガスだったが、相手の青年はノホホンと自然体でそれをいなしている。
「クックックッ……! 馬鹿が、今頃やってきやがった……」
横手から神経を逆なでする声が聞こえてきた。いちいちそちらを確認するまでもない。声の主はライバットだ。
「どうせ落第するんだ。食堂で旨い飯喰って、とっとと田舎に帰ればいい」
ジロリとライバットの方を見やるアリアス。ライバットは、ファーガスとやり合う青年を見て、面白そうに手を叩いて笑っている。
「ファーガス」
壇上から静かな声が降り注いだ。ただ名を呼んだだけだったが、その一声によりざわめいていた受験者達も静まりかえった。
「その少年を列へ案内して下さい。明日行われる試験の内容を説明いたします」
「……はい、校長先生」
怒り心頭と言った感じのファーガスだったが、マーリーンの一言により、列の最後尾へと青年を案内した。
「フンッ、どいつもこいつも、くだらねーな」
青年とファーガス、そして、青年が遅刻してき原因を作ったであろう、ライバットに対して、アリアスは小さな声で呟いた。
遅れてきた青年。彼は、周囲に並ぶ人達が思わず避けてしまいそうなほど、薄汚れたマントを身につけていた。マントから飛び出した顔は少女と見まごうほど幼く、ふわふわな金髪は、天上から差し込む七色の光に当てられていながら、煌々(こうこう)と黄金色に輝いていた。
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