第4話
「さっすが、ルージュ様! 素晴らしい適性試験の結果で御座いますわね!」
「ええ、本当にお見事としか言いようがありませんわ! 特に、魔晶術と弓術が最高ランクの一五点だなんて。私達なんて、十点が最高なんですのよ」
「それはそうよ。通常は十点が最高得点ですもの。それ以上は、天賦の才が無ければ、いかないんですもの」
「本当、凡人にはマネできませんわね。才色兼備という言葉は、まさにルージュ様の為にあるようなお言葉ですわね」
友人達から褒めちぎられ、ルージュ・エバーラスティングは淑(しと)やかな笑みを浮かべる。
雪のように肌理の細かい白い肌に、背中まで伸びるロングの艶やかで張りのある黒髪。黒曜石を思わせる瞳を輝かせたルージュは、手にした適性試験の結果を見ながらエレベーターへ乗り込んだ。ルージュに遅れ、四人の友人も入ってくる。
「そんな事ありませんわ。それに、まだ入学が決まったわけではありません」
そう言いながらも、ルージュの顔には合格して当然という表情が浮かんでいる。ルージュだけではない。貴族である他の友人達も、すでに合格が決まったかのようにリラックスしていた。貴族である彼女たちにとって、この試験はあくまでも名目だけの試験であり、ただの通過儀礼に過ぎなかった。
「このシンボルも流石ですわね。闇夜に輝く星だなんて。これ程、神秘的なシンボルも他にないのでは御座いませんか?」
「本当に。私なんて木ですよ。花も葉っぱもない、ただの木ですよ」
「木ならまだ良いわよ。私は岩よ? これ、お父様に言えば他の物に変えられるのかしら?」
「どうかしらね? シンボルは、その個人の形ですから。あくまでも、機械が対象者のイメージを具現化したに過ぎませんし」
「そうよ。シンボルなんて気にしていたって仕方ないですわ」
お喋り好きな友人を纏めたルージュは、ドアの横にある『閉』のボタンに手を伸ばした。その時、友人がルージュの細い手を掴む。
「ちょっと待って下さい!」
友人は目を輝かせながらこちらに駆けてくる青年を見つめた。他の友人もその青年に気がついたらしく、口々に「まあ」やら「あら」などと言っている。
「ルージュ様♪ 婚約者のライバット様ですよ」
婚約者という言葉にピクリと米神を引きつらせたルージュは、精一杯の作り笑いを浮かべながら、手首を掴む友人の手をそっと取り除き、『閉』のボタンを力強く押し込んだ。
「やあ、ルージュ! 診断結果はどうだった?俺との相性が書かれて無くて、ちょっとガッカリしたかな?」
人間とは思えない取り巻き二人を引き連れたライバットは、閉まり始めたエレベーターを見てその足を速めた。
「ライバット君、ご機嫌よう~」
優雅に手を振りながら、ルージュは扉が閉まるその時までライバットの焦る笑顔を見て微笑んでいた。
ライバットの眼前でガラスの扉が閉まる。
「あら? どうなさったの、ルージュ様?」
「ライバット様は、ルージュ様の婚約者ではないのですか?」
魔晶を原動力して動く魔晶具のエレベーターは、ルージュ達五名を乗せ、音もなく上昇していく。行き先は八階。ルージュ達受験者が宿泊する階だ。
ルージュは無念そうに見上げるライバットを、シースルーのエレベーターから見下ろした。友人達には見えていないが、その顔には嫌悪と嘲りが入り交じった表情を浮かべていた。
「ライバットと婚約ですってぇ? 冗談じゃないっ! ………ですわよ」
「オホホホ」と口元を隠しながら笑うルージュに、友人達は残念そうに顔を見合わせる。
「私達の間では噂になってますわよ? 準二位の大貴族であるライバット様と、第四位の貴族であるエバーラスティング家の末娘が、婚約をしたって」
「これでエバーラスティング家は、第四位からまた階位が上がりますね、羨ましい限りです」
寝耳に水と言うわけではないが、ルージュは自分の預かり知らない所でそのような話が進められていることにほとほと辟易していた。
ルージュの父は多くの側室を持ち、子をもうけ、婚姻関係によってその階位を上げてきた。元々準八位の地方貴族に過ぎないエバーラスティング家が、政略結婚を繰り返し今や第四位の貴族まで上り詰めた。異例中の異例と言われた、三男ルシフルとアルバレイド王国の王女であるルルとの結婚により、更にエバーラスティング家の名声は上がり、今度は準二位の貴族であるザーラ家の長子であるライバットと、ルージュの結婚話だ。
本人はまったく興味が無くとも、話だけはトントン拍子に進んでいるようだ。あの様子では、ライバット本人も乗り気のようだ。
(あのセンスの欠片もない服を自慢そうに身につけているライバットと結婚ですって? 冗談じゃないわよ! あんな恥知らずと一所になるくらいなら、出家した方がマシよ!)
遠ざかっていくライバットから視線を上げた。近代化が進む王都アルバレイスだったが、魔晶のスポットから外れたその向こうには、何の整備もされていない平原や森が広がっていた。
「それを言ってるのは父様だけですわ。ルシフル兄様だって了解はしていません。それに、私は生涯結婚なんてする気はないのです。将来、ルシフル兄様の助けになりたいと想い、この学園の門を叩いたのですから」
そう。自分は結婚なんてしたくない。上に六人いる姉たちの殆どが、政略結婚により嫁いでいった。姉達が人知れず涙を流していたのをルージュは知っている。何よりも婚姻関係により階位を上げていく父のやり方に、他の貴族達がいい顔をしているはずもない。友好的に見える貴族達も、裏でエバーラスティング家の事を何と言っているか、父は知っているのだろうか。
尻軽貴族。エバーラスティング家は陰でそう言われているのだ。特に女性は、貴族相手なら誰に対しても股を開くと言われている。許せるわけがない。
だからと言うわけではないが、ルージュは親に内緒で逃げるようにアルバレイス学園の入学を決めた。受験料は一月分のお小遣いから出し、後見人になってくれる人物は嫁いでいった姉や兄など、両手では足りないほどいたので困ることはなかった。
ポンッと音を立て、エレベーターが止まった。友人達は勿体ないと口々に言いながら、エレベーターから出て行く。エレベーターから降りようと思ったルージュだったが、その時、ふと視界に一人の人物が目に止まった。
適性試験を行う部屋から出てきたばかりのその人物は、場違いと思える薄汚れたマントを身につけていた。目深にフードを被っているためその顔は伺えないが、背格好から男性だと分かる。
キョロキョロと珍しそうに辺りを見渡していた青年は、徐(おもむろ)にフードを取り払った。
白く輝く柔らかな金髪に、サファイヤのように透き通った青い瞳。絵画の中から飛び出してきたような、優しい女性のような顔立ちをした青年は、一瞬、目を細めてこちらを見上げた様だった。
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