3-2. Whereabouts of colorful beautiful flowers.(後編)

 女の子五人で紅茶とお菓子をたしなみながらの花見(ここでは桜ではなく文字通りだけれど)を終え、私の部屋へと戻ってきたときに、私は思い出した。…部屋の壁に垂らしたカレンダーの今日の日付に、『お泊まり会!』と書いてあるのを見て。

「あ、そういえば…今日はお泊まりなんだ…!」

「そうだよ、前に計画したときに向日葵ひまわりもOKって言ってたじゃんか」

 そうだ、ロールケーキ作りとティータイムですっかり失念していたが、今日までの話し合いの中で、主にひなたとかすみの強い押しに完敗した私は、私の家でお泊まり会をすることを了解してしまったのだった。

(でも、まさかお母さんがOKするなんて…)

 いくら優しい両親だから、とは言っても、普段から花の手入れに忙しそうな姿を見ていた私としては、さすがにお泊まりは無理だと思ったのだ。しかし、まさかのOK。しかも快諾だった。それを聞いたときの私の衝撃たるや、おそらく想像に難くないだろう。

「じゃあ、何して遊びますか!」

 と言うひなたの言葉に現実に戻された私は、気を取り直して提案した。

「まずは手堅く、トランプでもしよっか」


「まさか、かすみがこんなに弱かったなんて…」

 とは、誰が呟いたのだったか。ババ抜き、七並べ、大富豪、更にはUNOをひと通りし終えたとき、彼女の勝ち星はまさかの0だった。これには、カードゲームをあまりしないため弱い私も苦笑するしかない。ちらと彼女を見遣ると、ひなたに笑われ明らかに不機嫌そうな雰囲気を全面に出していた。ちなみに勝った数が一番多かったのはひなただった。

「かすみは考えなさすぎなんだよ。ちゃんとこの先どうなるか予想しながらやらないと、いつまで経っても勝てないよ?」

「うるさいうるさーい!」

 彼女の楽しそうな声に耐えられなくなったのだろうかすみは、机に散らばっていたカードをササッと片付けると、

「他に何か…ないの!?」

 と涙目で告げた。

「んー、あ、じゃああれにしよう!」


 私とかすみ、そしてマリは、今度はこの二人か…と顔を見合わせて笑った。暗くした部屋でホラー映画を流し始めて三十分程が経過していたが、私は何度か見ているため、そしてかすみとマリは意外にもホラー映画に恐怖を抱かないタイプのようで、楽しく見ていた。驚いたり大声で叫んだりしているのはユリ、そして特にひなただった。隣に座るかすみは形勢逆転といった風にニヤニヤ笑うと、

「あれ、もしかして怖いの〜?」

 必死に否定するようにブンブン頭を振る強情な彼女を見て瞳を輝かせると、「じゃあしっかり顔上げて観ないとぉ、もったいないぞ〜?」と言って頭を持って顔を画面へ向けさせた。そのとき映画は丁度恐怖シーンであったらしく、声にならない声をあげた彼女は、さらに隣にいた私に飛びつくようにして抱きついてきた。びっくりして彼女を見ると、ひなたは今にも涙を零しそうな潤んだ瞳で私と目を合わせた。その光景に、初めて出会ったときのことと、同時に、何故か淫靡いんびな美しさを感じた私は、瞬時に耳まで真っ赤に染めた。

(私、友達になんてことを想像したの…!?)

 私の発熱した身体と激しい動揺に気づいたのだろう彼女は、私と同じ…程ではないにしろ頬を赤らめると、

「あ…急に抱きついたりしてごめんね。その…すごく怖かったから…つい」

 ぼそっと呟き、サッと私から距離を取った。

「私こそ…雰囲気壊すような感じになって…ごめんね」

 画面の向こうで悲鳴の聞こえる暗く物々しい雰囲気のする部屋。私は、赤くなった顔を見つめ合いながら、他人の体温を感じなくなった身体をさすった。私の頭の中からは、彼女の顔がくっつくいて離れないようだった。


 映画を観終わり、晩ご飯を食べたあと、私たちはお腹いっぱいになったお腹をさすりながら、私の家の近くの銭湯へと向かった。さすがに、五人がゆっくり入れるようなお風呂は私の家にはなかった。

 脱衣所で服を脱ぎ、じゃあ入ろうかと皆をちらりと見てみると、どういう訳か私を見詰める八つの視線が体に刺さった。

「…えと、どうしたの?」

「いや、向日葵って結構胸おっきいなぁと思ってさ」

「ねー」

「…え」

 コクコク頷く一同。その言動で、自分が裸のままで立っていることに気づく(というか当たり前ではあるのだけれど)。羞恥に襲われた私は、すぐにその場にしゃがむと椅子に置いていたタオルを掴み、身体を隠した。

「そ、そんな急に、やめてよ!しかもそんなに大きくないし…!」

「おっとそれは我々に対する宣戦布告ですかなぁ?ねえ、ひなた?」

「え、私に振らないでくれる?それ地味に私にも刺さってるから」

 私はてっきり、彼女はかすみと同じようにからかってくるものだと思っていたのだけれど…。

「しかも、そんなにジロジロ見るものではないでしょ…!向日葵も嫌がってるんだし…」

 何故か戸惑ったような声でそう続けるひなたのその態度に少し驚きながら、私はチラリと皆の身体を盗み見た。

 ユリは、高身長で脚がスラッと長い。そのため他の同級生よりも大人っぽく見え、端正な顔だちも相まってその様はデキるお姉さんという印象だ。実際、ふざけ始める例の二人を窘め、私達をまとめてくれるのはユリだ。その点、彼女には非常に感謝している。

 一方、マリは私と同じか、それより低いくらいの身長で、西洋風のふんわりとした顔だちをしているため、ちっちゃく可愛らしい妹という印象を受ける(私が言えることか、とは聞かないで欲しい)。普段は皆の話を静かに聞き、一緒に笑うといった立ち位置で、そんなに積極的に話す方ではないけれど、的を射た質問や発言をすることがある。…ちなみに、胸の方は私よりも大きいような気がする。別になんということはないのだけれど、少し負けた気持ちになった。

 かすみの身体は、確かに、といっては失礼になるけれど、少しボリュームが足りないような気がしないでもない。でも、それが汚点かと聞かれれば間違いなくNOと答えるだろう。中学時代、バスケットボール部に所属していただけあって、どこもかしこもスレンダーで細く、お腹には腹筋のような凹凸が見えていた。少し焼けている肌もとても彼女に合っている。普段中性的な見た目や言動をしているから思わなかったが、スタイルは間違いなく女の子だ。

 そして、スタイルで言えば目を離せないのがひなただろう。昔の話を聞いたことがない(というかあまり話したがらないたちらしい)彼女だが、かすみと同じように何かスポーツをしていたのだろうか、まるでモデルのような美しい体型だった。細身だが、出ているところはしっかり出ていて、女の子の理想と言えるようなものであるだろう。やはり制服では身体のラインは出にくいのだなぁと思いながらじっと彼女を見つめていると、そのことに気づいたのだろう彼女は、モデルから少女に戻るように真白い頬を赤く染め、タオルの上から手で身体を覆い隠すと、尖らせた唇で言葉をつづった。

「向日葵、ちょっと…」

「ふぇ、わ、ごめん、つい…!」

 その扇情的な仕草に我に帰った私は慌てて弁解した。続けて、

「あんまり綺麗だから、つい…」

 と小さく呟く。彼女は私の言葉が聞こえていたのかいなかったのか、浴場の出入口へと向かうと、皆に急かすように叫んだ。

「ずっと裸のままだと寒いでしょ!早く入るよ!」


 名の通ったような大きなものではなく地域の銭湯なので、そんなに広いものではなかったが、(当たり前といえば当たり前だが)私たち五人が余裕を持って入れるくらいの広さはあった。せっかくだからと銭湯に来たかいがあった。これなら皆他の人を気にせずに入ることが出来る。喜ばしいことに他の客はまだ来ていない。ほぼ貸し切り状態だった。

 普段と違う雰囲気に気分の上がった私は、早速頭を洗おうとシャワーを出し、前方へと手を伸ばした。しかし、鏡の付いた壁の棚には、シャンプーやトリートメントのたぐいは何一つ置かれていなかった。

(…え、ここの銭湯って昔はこういうの置いてたはずなのに…!)

 昔来たときの銭湯のイメージでお風呂の準備をしていた私は、見事に罠(?)にかかってしまった。

(盗難対策なのかな……?)

 世知辛い世の中になったのだなと、高校生ながらに少し悲しくなった。

 それはともかく、その類を全く用意していなかった私は、申し訳ないけれど、と隣のひなたへと話しかけた。

「シャンプーとか持ってきていたら貸してくれない?持ってくるの忘れちゃって…」

「ん?」

 ひなたはその声に気づくと、シャワーを浴びて濡れた髪のままで私を見る。それを見た瞬間、私は一瞬呼吸が止まってしまいそうになった。頭から足までがしっとりと濡れ、髪を顔を隠すように垂らし、その先で水滴を零すその姿は、とても…妖艶で、神秘的だった。私は裸眼だととても目が悪く、眼鏡を掛けることでなんとか見えるくらいなのだが、何故か彼女のその姿は一寸のブレなく私の瞳に映された。…いや、この見えている光景と現実は既にズレているのか。

 まるで、存在が奇跡であるかのように美しい彼女は、

「OK、全然良いよ〜。意外とおっちょこちょいなんだね、向日葵って」

 微笑みながら、色々な用具が入ったジッパーの袋を私とひなたの間に置いた。そのとき、茶のカーテンの隙間から見えた彼女の瞳は眩く輝いているように見え、私はただ、見惚れた。

「自由に使ってくれていいから。あ、でも常識の範囲内だからね!」

 笑いながらの言葉に、目を、心を奪われていた私は、夢と現実の境目にいるかのようにひどく曖昧に頷く。そして、湿気に満ちているはずの銭湯の中であるのに、かすれたような声で呟いた。

「…ありがとう…」


 大波乱の銭湯から帰り、全員でリビングに布団を敷くと、火照った体を休めるために各々自分のところに寝転がった。電気のスイッチを切ると、一日の終わりを現す暗闇が私を襲ってきた。慣れない場所での暗闇に少しキョロキョロとしていると、かすみがそっと手を取ってくれた。感謝を口にして、自分の布団へ体を下ろす。ただ、そのまま寝てしまうようなことはなく、皆がそれぞれにソワソワしているようだった。つまり、

「お泊まり会の夜と言えば…恋バナっしょ!」

 ということらしい。控えめながらも興奮した様子でそう口にするかすみをぼんやりと見遣り、

「恋バナって…?」

「そうだよ、まだ入学してから二ヶ月しか経ってないんだよ?」

「ふっふっふ、恋に期間なんて関係ないのですよ。…一目惚れとかは特にね。しかも二ヶ月って結構よ?バタバタすることが多かったからあっという間だったと思うけど」

 困惑した様子で言うひなたにそう返すかすみの言葉に、確かに、と小さく頷く。入学してすぐはやはり、やるべきことがいっぱいですぐに時間は過ぎていった。特に、ひなたと出会ってからの日々は目まぐるしく過ぎ去った。…本当に。銭湯の所為ではなく、身体が熱を帯びてくる。

「それじゃ、まずはひなたの彼氏いる疑惑から問いただしていこうかな〜?」

「「え」」

 身体を落ち着けようとしていたとき、耳に入った突然の彼女の言葉に、私は絶句した。

「え、なんで向日葵までビックリしてるの」

「いや、あの、ひなたに恋人がいるなんて…と思って」

「…それわりと失礼だよ。と言いたいけど、そっか、向日葵は知ってるもんね」

 私が言いたいことをすぐに理解してくれたようだ。

「いや、それデマだから。私そんな軽い女じゃないよ?」

「ええ〜、本当はいるんじゃないのぉ〜?」

「かすみ、いい加減にしとかないと怒るよ?」

 私は、同時に驚いたひなたに咄嗟に返事をしたが、頭の中は別の事柄でいっぱいだった。

(そうか…ひなたは別に彼氏がいても違和感ないもんね…)

 彼女は社交的で人懐っこい性格だ。明るく誰にでも優しいため、皆に好かれる特別な存在。だから、そんな彼女に恋人がいることは特段驚くようなことではない。

(でも、それならなんでこんなに胸が苦しくなるの…?)

 ひなたに彼氏がいるかもと知って、私は言葉を失った。そのとき、私の心の位置はガクッと上がったのだ。心が軋みをあげる程に、早く。同時に、握りつぶされる程の圧力。それは、私を動揺させるのに十分な要素として私に深いキズをつけた。そこからは定期的に、ズキズキとした痛みを残す。これが一体何なのか知りたくて、解を求めたくて、かすみの言葉に無意識に問いを返していた。

「ちぇ、じゃあとりあえずひなたはシロか。それじゃ、次は向日葵にしようかなぁ…。向日葵はそういうの、ないの?」

「とりあえずって何よ、とりあえずって」

「あ、向日葵のはちょっと私も聞きたいかも」

「ひまちゃんってあんまりそういう感じしないもんね」

「…じゃあ、一つ質問をしてもいいかな」

「ん、何?どしたの?」

「…そもそも、何があれば恋をしたことになるの…?」

 彼女は少し目を見開く。

「おー、なかなか難しい質問してくるね、向日葵。うーん、そうだなぁ…。あ、じゃあ、これは例えばの話なんだけどね?」

 ふとしてしまった質問に私は息を呑んだ。

「例えば、その人を見た瞬間に、心が高鳴って嬉しくなったり、その人が他の人のことを見たり考えていたりしているだけで心が苦しくなって、嫉妬心って言うんだろうね、これが芽生えたり」

「あ、あと恋は盲目ってよく言うよねー」

「そうそう!その人のことしか見れなくなったり、こういう、その人で心が動くことを、恋をしてるって言うんじゃないかな。…たとえ相手がどんな人であっても、誰であっても、ね」

「…めちゃくちゃ真面目に答えたね」

「普段のかすみからは考えられないな」

「熱でもあるの?」

「…うるさいなぁ、私もそういうこと考えるときだってあるよ!」

 彼女は、眼鏡の奥の私の瞳をしっかりと見据えながらそう説明してくれた。その真剣な表情を見て、私は自分の心の在り処を掴んだ、そんな気がした。


(私は、彼女のことが、ひなたのことが…好きなんだ。)


 いつからなのかは、分からない。でも、今も、彼女のことを考える、ただそれだけで、私の身体は意志とは関係なく熱くなる。気持ちが高ぶる。心奪われる。まるで、ひたすらに甘ったるい恋愛小説を読むときのように、全身が濃い砂糖水へと深く浸かっていく。彼女に恋人がいる、なんて言葉が吐かれるだけで、胸が締め付けられる程に苦しい。呼吸が上手く出来なくなるのだ。

 でも、と私は思う。マリの、同じクラスの格好のいい男の子の話が僅かに耳に入り、私の心は現実に引き戻される。想像の中から引っ張り上げられた私の体は、砂糖にまみれてベタベタになってしまった。

(私が好きなのは、女の子。)

 かすみは相手が誰でも関係ない、と言っていたが、きっとあれは異性に対して、という世間一般としての前提がついている。そして、私の読む恋愛小説の主人公は、必ず、格好いい男の子に恋をする。それが実るかどうかは別として、少なくとも、物語の中では異性を愛するというのが当たり前なのである。同性は、友達であったりライバルであったりするが、決して、恋愛関係にはならない。それがその世界での『普通』。そして、この世界の『普通』。

 私は理性の部分でこんなことを考えながら、

(じゃあ私のこの気持ちは…ひなたのことが好きなこの想いは…?私の『普通』は…?)

 何が正しく、間違っているのか、分からなくなっていた。

 胸の、聞こえそうな程に大きく、激しく脈打つ心臓に手を置きながら、思考の海へ潜っていく。しかし、彼女のことを忘れようとしても、私の髪から匂う彼女の香りが、深く抉られた心のキズが、存在を消すことを許さない。それは一つの呪いのように、私にしがみついて息をすることを許さない。

 誰にも気づかれないように涙を流しながら、私は深い、深い眠りについた…。

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