3-1. Whereabouts of colorful beautiful flowers.(前編)

 ショッピングモールで遊んだ日から数日が経った。あの日のように陽が傾き始めたことで、昼と夜の間のように夢と現実との区別がつかなくなった逢魔おうまが時の図書室。私はクッキーを食べながら、皆と買い物をしに行ったときのことを思い出していた。

「…ふふっ」

 思わずニヤついてしまう。四月の自分の姿と比べるとまるで夢のような出来事だった。

(それに、ひなたへのお礼もできたし…!)

 じっと自分の腕時計を見る。あれから、彼女はいつも学校に私のあげた腕時計を付けて来てくれていた。私はそれを見るたび、嬉しくなると同時に、何故か心がいっぱいまで満たされたような気持ちになる。私が人とこんな間柄になるなんて。…まさか、これは親友というやつなのではないのだろうか。

(いやいや、まだそう呼ぶには早いでしょ…)

 否定しながらも、友達と思い出の共有を果たせたことにやはり頬が緩む。

「なーにニヤついてんのさ!」

 突如として聞こえる声に驚いて我に帰ると、振り向く隙もなく、同じ文芸部員の彼女に後ろから抱きつかれた。驚きから放たれた大きな声が図書室に響く。短い髪の毛の先が緩んでいた私の頬に当たった。

「もー、突然抱きつかれたらびっくりするでしょ!」

 抗議の声をあげると、かすみはケラケラ笑いながら、

「や〜、なんかね、向日葵を見るとついやっちゃうんだよ」

 私はその言い訳になっていないような言葉を聞いて、

「この前、ひなたにも似たようなことを言われたよ。私そんなに変な驚き方してるのかな…」

 と冗談めかして笑いながら呟いた。すると、何か思うところがあったのか密着した体がピクっと動いた。その反応によって、(そういえば…私今かすみと体引っ付いたままなんだ…!)ということに気がついた。思い出したときには既に遅く、頬ならず顔全体、耳までも真っ赤になっていくのが自分でも分かる程発熱した。それに私は動揺したが、彼女はまるで気づいておらず、どこか不安そうに何事か考えているようだった。

 そのとき、逢魔が時の謎の静寂を破ったのは突如なる図書室のドアの音。ここに来る人の数はとても限られており、滅多に仕事がないため(これは幽霊部員ばかりになるのも頷ける)、この放課後の残り少ない時間に来るということは、と察しをつけて振り向くと、やはりそこにはいつもの三人の姿があった。

「やっほー、今日も…」

 普段通りの挨拶が聞こえるだろうと思っていた私は、彼女が不自然に言葉を途切れさせたことで後味の悪い感触がした。何事かと見てみると、彼女は私達のことをじっと見詰めていた。…かすみに抱きつかれた状態の、私達のことを。それに気づいた私は改めて激しく狼狽し、彼女と身体を離そうとした。しかし、かすみは一向に離れようとしない。むしろさらに抱きしめる力を強くされた。

(ち、ちょっと強い…なんで!?)

 依然狼狽えたままの私は少し覗くようにしてかすみの顔を見ると、彼女はドアの方向をじっと見詰めていた。…心なしか、少し睨んでいるような気がする。視線の先を追うと、ドアの方であるから当たり前ではあるのだが、ひなたら三人のことを見ているようだ。

 私と、それからかすみと瞳を合わせたひなたは、笑って「…今日も仲良しそうだね〜、何よりだよ」と口にした。ただ、その笑顔は少し引きつっているように見えた。

(…だからなんで!?)

 彼女の瞳を覗くも、そこからはなんの感情も受け取ることが出来なかった。彼女ら二人のその態度はまるで、少女小説でよくある、好きな男の子を渡すまいと女の子同士で威嚇いかくし合うような、そんな情景を思い出すような状況だった。…ここにその男の子はいないわけなんだけれど。

 思わず私がジワジワと汗を垂らしていると、急にひなたが不思議の感情を瞳に湛えた。私の手元を見ると、

「どうしたの、そのクッキー。どこで買ったの?」

 突然の感情の変化に多少驚きながらも、「え、これ?」と手に持った袋を掲げる。抱きつかれていたことで忘れていたが、ずっと持ったままだったようだ。

「ああ、これは私が家で焼いてきて…」

「「えっ」」

 二つの声が重なる。一瞬顔を見合わせた二人だったが、お互いすぐに逸らした。…もしかして、喧嘩しているのだろうか?

 二人の謎の行動の間に、マリが「お菓子作れるの?」と聞いてきた。

「まあ、と言っても簡単なものしか出来ないんだけれど…」

「わぁ…!」

「いいよね、お菓子作り。私とマリも時々一緒に作るんだ」

「そうなんだ…!」

 マリユリと新しい趣味の共有で盛り上がっている間に、私に抱きつく彼女は簡素な袋からクッキーをサッと取り出すと、ぽいっと口に放り込んだ。そしてさも美味しそうにほおばると、「向日葵の手作りクッキー、美味しい!」と何故か挑戦的な口調でそう言った。それを聞いたひなたは「あっ、ずるい!私も食べたい!」と悔しそうな顔で言った。…何がずるいのだろう。

 私は若干呆気に取られたまま袋を差し出すと、さっきの勢いから一転、おずおずといったふうにクッキーを取ると、ゆっくり口に含んだ。私が意図せず少し緊張した面持ちでそれを見つめていると、時間を掛けて味わった後、「…美味しい!」と私の無言の問いに答えるようにして叫んだ。私はつい嬉しくて微笑んでしまう。

 そんな私をかすみはじっと見た後、「どうやってそれ作ってるの?」と聞いてきた。ユリとマリにもクッキーをあげながら、

「どうって言われても困るんだけれど…」

「え、なんで?」

「だって、ただレシピをアプリで確認して、その手順通りにするだけだから」

「と言われても分かんないんだよね。なんせ、私お菓子とか作ったことないからさ」

「私も…」

 珍しくかすみに同意したひなたは、そうだ、と手を叩いた。私は美味しそうにクッキーを食べる二人を微笑まく眺めながら、何?と問いかける。

「向日葵のお家で皆でお菓子作りさせてもらえばいいんじゃない?」

 もちろん、向日葵のお家が良ければだけど、などと付け足しながら、まるで最高の解を導き出したかのようにそう言うひなたと、その発言に目を輝かせたかすみら三人を見て、私はただ、彼女の突然の提案に驚きを隠そうともせず、天井を見上げるしかなかった…。


向日葵ひまわりの家って…」

「…お花屋さんだったんだ…」

 中間試験を終えたその休日。私の家、兼お店に着き、その全容にひたすら驚愕して立ち尽くす四人。私はそれを見てただ恐縮していた。

 わざわざ人に言うものでもないだろうと思いここまで来たわけだけれど、この様子を見ると言っておいた方が良かったのかな…と不安になった。

「向日葵…」

 と声を掛けるひなたに、私は言わなかったことを咎められると思い萎縮する。しかし、私の予想は裏切られ、

「…めっっちゃ可愛いね…!」

 興奮したように話しかける彼女を見て、そうだ、彼女らはそんなことを言うような人達じゃないんだと、思い返した。人知れず心が温かくなった私は、かすみの「こんなにかわいい家なら、言ってくれたら良かったのに〜」という声も、肯定的に受け取ることが出来た。

「まあ、良ければお店も見ていって下さいね」


 お店に入ると、机などの基本的な配置はいつも通りでありながら、日々変わる植物の彩りや、鼻腔をくすぐる季節の花々の匂いによって変わるお店の雰囲気に、私は(自分の家ながら)酔いしれた。彼女らも同じような感想であったのだろう、八つある瞳は美しさに心を奪われ、その輝きを増していた。そして花に彩られた四人を見て、私は花屋の娘として嬉しくなった。やはり植物は人を癒し、美しく、幸せにさせる。皆をここに連れてきて良かったなと、心から思った。

 お店の中を自由に見て回ってもらった後、私は普段過ごす(と言っても花屋で過ごす時間とそう変わりはないけれど)家の中へと案内した。私の部屋は(花屋にスペースを取られているため)小さめなのだが、さらにそこへ本棚や花瓶、植木鉢が置かれているため、僅かなスペースしか空けることが出来なかった。しかし、彼女らはあまり気にしない性格のようで、所狭しと並べられた本や草花たちを見、

「部屋もめちゃくちゃ可愛い…」

 などと各々呟いていた。普段(というか昔から)ここに他人を入れたことのなかった私はその言葉に密かに喜び、そして恥ずかしくなった。例えるならば、自分の心の中を覗かれる感覚、と言えば良いのだろうか。

「じゃあ、とりあえず荷物はここに置いて、リビングに向かいますか!」


 リビングに集まった私たち五人は、両親が既に用意してくれていた材料を使って、比較的作りやすいロールケーキを作ることに決めていた。主に私がスマホを使って指示を出す係となる。

 まずはお菓子作りをしたことがない二人にそれぞれに卵を持たせ、割ってもらう。しかし、両者とも料理すらまともにしたことがないということが、卵を割り、殻まみれとなったボウルを見ることで発覚した。私は絶望している二人にやり方を教えながら、ユリとマリに別の作業をしてもらうことにした。涙目のかすみ、ひなたとは違い、よく料理をしているのだろう二人はテキパキと作業し、空いた時間には私たちのお手伝いもしてくれた。

 デキる二人の活躍により、見事三時丁度に果実の彩り豊かなロールケーキを完成させることが出来た。せっかくだからということで、お店の中にテーブルを出し、花々に囲まれながらのティータイムと相成った(お母さんも喜んで一緒に用意してくれた)。

 私が準備した、様々な茶葉を使った紅茶と共に頂くロールケーキは、甘くてとても幸せな味がした。

「このロールケーキのスポンジを作ってるとき、少しリンゴみたいな匂いがしなかった?」

「…確かに、ちょっと甘い匂いがしてたかも」

「実は、生地の中にカモミールの葉を入れてあるの」

 オウム返しするかすみにふふっと忍び笑いを漏らし、

「カモミールは三月から八月に花を咲かせる、『マザーズハーブ』とも呼ばれる植物なの。さっき言ったみたいに、リンゴの香りがして、花言葉として『貴方を癒す』というものがあるくらい、昔から薬草として重宝されてきた植物なんだよ」

 ふむふむと頷く彼女へ、

「そして和名は『加蜜列かみつれ』」

 と言う。ほぼこれを言いたいがために長々と説明したようなものだ。案の定、自分の苗字を呼ばれた彼女は少し照れたような表情で頬をかいた。普段の彼女ではなかなか見られない表情を見ることが出来て、少し満足する。その一連の様子を見て、そういえば、とひなたは思い出したように言う。

「図書館っていつも何かしらの花をカウンターに置いてるよね。あれってもしかして向日葵が?」

「そう。私が、毎日とはいかないけれど朝置いて放課後図書館の鍵を掛けるときに持って帰ってるの。置いてある植物は日によってまちまちなんだけれど、花言葉で選んだり、季節の花だったり誕生花だったりするよ」

 なるほど、だからか〜と納得した様子の彼女。

「ちなみに今日の誕生花は?」とマリに聞かれたので、私はお店の前の方に置いてある植木鉢を、その花のプレートと共に持ってきた。

「今日、五月二十七日の誕生花はマトリカリア、通称ナツシロギク。花言葉は『集う喜び』『楽しむ』。まさに今日にピッタリな花だね」

 と笑ってみせる。私のその言動に何か思うことがあったのか、四人ともにきょとんとすると、「…可愛いね」と口々に言った。

「だよね、白くて小さい花がたくさん咲くからめちゃくちゃ可愛いよね!」

 と言うと、四人は目を合わせて

「ね〜」

 と頷き合う。その反応を不思議に思いながらも、

「マトリカリアは薬用のハーブとしても有名で、ハーブティーにもなるの」

 と言うと、皆感心したように頷いてくれた。

 私の花の力説を、全くウザがることなく聞いてくれ、笑ってくれる。やはり私は素敵な友達を得たのだなと、改めてそう思った。

「せっかくだから、マトリカリアのハーブティーも用意するね!」


-後編へ続く-

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