第88話 出航

 いよいよ処女航海に出航することになった。船員に案内された部屋は、思っている以上に大きな部屋。でも、俺1人ではなくエイル姉ちゃんと同じ部屋になる。


 本来ならば、この部屋は船長の部屋。船の後ろに位置するこの部屋は、海面から高い所にある。後ろに突き出たバルコニーに出ると、素晴らしい景色に驚かされる。


 今回はオーナーの俺をはじめ、多くの王族が乗り込んでいるので、船長は小さな部屋に移動になったらしい。それを聞いた俺は、小さな部屋でお願いしますと言ったら断られた。船のオーナーである俺を、小さな部屋にするのは、かえって船長が恐縮してしまうと……。

 それは、理解はできる。


 俺の素性を船長に知らせたので尚更だった。船のオーナーでもあり、噂のハゲワシだと船長が知った時の顔を、今でもハッキリと覚えている。何度もまばたきをして、俺を凝視していた。そして、言葉を詰まらせながら聞いてきた。


『オッホッン……。

 貴方様が、ほ、本当にハーリ商会の共同オーナーで、う、噂のハゲワシなのですか?』


 嘘を言っても仕方ない。


「バブゥー!」


 おっと、つい言ってしまった……。

 い、言い直さないと。


「は、い」


 これ以上言うと、言葉足らずが露呈するので、威厳を貯めつ為にはこれだけにしておかないと……。まだ信じてない目付きだったので、俺はハゲワシに変身して彼の周りを回り、元の赤ちゃんn姿に戻った。


『し、信じられない事ですが、目の前で化けたので間違いがない……。

 しかし……、それでもまだ信じられない……」


 この船長も化けたと言った……。

 何で皆んな、化けたって言うんだろうか……。


 白髪が少し混じった髪の毛を、手でかきむしりながら理解しようとしている船長。再度、横に居たスィーアル王子が言ってくれても半信半疑だった船長。


 ま、仕方ないよな。俺、まだ赤ちゃんだし……。

 そんなことがあって、結局この部屋になった。


「新造船って、木の香りがして気持ちいいわね」


 そう言ったのはエイル姉ちゃん。できたばかりの船なので、木の香りが部屋中に充満している。

 ふと、モージル妖精女王を見ると、いつもより元気が無い。気になって聞いてみると、意外な返答が返ってくる。


『昨日、植物の妖精達の集まりがあって、杉の木と松の木の妖精に会ったのです。

 彼らが言うには、種族の数が激減してきているので、何とかできないかと心痛な面持ちで相談されたのです』


 え……!?


 そ、それって、この新造船に使われている木だよね……。


 新造船には、大量の木が必要。この一隻だけでなく、世界中の港でたくさん作られている。

 その為、杉の木と、松の木が大量に伐採されているんだ。そ、それって、俺のせいなの……?


 ハーリ商会の共同オーナーである俺が、新造船を発注した。その為、必要以上に木が伐採されていたんだ。今の今まで、その事に全く気がつかなかった……。

 俺が、杉と松を殺した……?


 ど、どうしよう……?


 待てよ!?


 元いた世界では、植林という方法があったよな。苗木を植えて、育てる。

 この世界では、木を伐採するだけで、後は自然に生えてくるのを待つだけ。人間の世界が更に繁栄すると、木が大量に必要になる。

 今回は、新造船を大量に発注したので、杉の木と松の木の妖精が危機感を抱いたんだ。この問題は、植林をする事によって解決するよな。


 植林すると、苦労して山の奥深くに入って行き、港まで持ってくる手間も省ける。それに、新たな産業が生まれて、そこで働く人達を大勢雇える。

 まさに、一石二鳥……、いやいや三鳥にもなる。我ながらいいアイデア。


 投資したお金は、数年単位では回収出来ないけれど、2、30年単位で考えると十分に商売として成り立つ。幸い、エイル姉ちゃんの彼氏は金持ち国のスィーアル第一王子。王子に話せば資金を調達できる。


 コーヒーの店を世界的に展開する話も、王子はその場で了解してくれたし。もっとも、美味しいルバーブジャムの菓子パンを食べた後だったから……、か?

 王子は美味しい物には目がなく、自他共に認める食いしん坊。

 ま、それだからエイル姉ちゃんの彼氏になったんだけれど。でもそれって、美味しい物で、王子に資金援助を了解させた……?

 それに、モージル妖精女王の悩みが1つ減るしな。


 さっそく、エイル姉ちゃんと、モージル妖精女王に言う。

 モージル妖精女王がそれを聞いて、喜んでいる。


『流石は、トルムル様です。

 瞬時に、私の悩みを解決できるなんて!』


 モージル妖精女王は喜んでいるけれど、今度はドゥーヴルが困った顔になって言う。


『トルムルは凄いけれどさ、1ヶ月後に言って欲しかったよ。何故なら、モージルが悩んでいる時は食欲が落ちるんだ。

 つまり、お腹いっぱいたべれなくて、俺達の吐き気が無くなっていたんだ。これだと、再びモージルは安心してお腹いっぱい食べるよ』


 え〜〜と、それは3人で解決して。


 エイル姉ちゃんの方を向くと、少し考えてから言い始める。


「分かったわ、スィーアル王子に植林という事業の資金援助を頼むのね。

 付け加えるなら、松と杉だけでなく、ひのきかしなどの、私達が使う木も植林すればいいわね。それにしても、トルムルはそんな事まで考えているなんて凄いわ。木の妖精達も喜ぶし、新しい仕事が増えて人々も喜ぶわ」


 エイル姉ちゃんは、今回も俺の考えを補足してくれた。エイル姉ちゃんに合う妖精を本気で考えないとな。

 エイル姉ちゃんは、風の妖精をお願いと言っていた。風の妖精は、アトラ姉ちゃんにと以前は考えていた。けれど、エイル姉ちゃんには、風の妖精が最も相応しいかもしれない。風の妖精は精神を強化して、戦闘能力を底上げしてくれる。


 しかも、姉ちゃんが風の魔法を使う時ランクが数段上がる。更にもう一つ付け加えるなら、風の妖精はモージル妖精女王の右腕として、世界中を飛び回っていて、世界情勢を的確に把握している。この世界で、最も金持ち国の王子を彼氏に持ったエイル姉ちゃんは、将来その国の王妃になりそう。

 その時、影響力の強い国の王妃なので、一言一言が重みを増してくる。


 風の妖精と友好の儀式をすれば、的確に世界情勢が分かって、筋の通った考えになる。決まりだね。

 モージル妖精女王とエイル姉ちゃんに、命絆力ライフフォースボンドを使って言う。


『風の妖精を連れて来て下さい。エイル姉さんと友達の儀式をしますから』


 それを聞いたエイル姉ちゃんは目を大きく開いて、両手で口を押さえた。

 エイル姉ちゃんが、最も驚いた時に見せる動作だ!


 モージル女王が言う。


『早速、妖精の国に帰って、風の妖精を連れてきます。エイルさんには、風の妖精が良いと私も思っていたところでした。

 それと木の妖精達に、先程の朗報も伝えたいと思います』


 そう言って、モージル妖精王女は消えた。


 ◇


 ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン!


 鐘が港中に響いている。いよいよ出航だ!


 甲板にでると、埠頭ふとうには見おくる人達で溢れていた。風は順風じゅんぷうで、滑るように埠頭を離れて行く。 船長が矢継ぎ早に指示を出しており、船乗り達がその指示に従って動いている。ロープが網の目のように交差し、どのロープが、どの帆を動かすのか俺には分からなかった。

 4本マストの帆船は静かに埠頭を離れ、港から外海に出る。


 外海になって少し波が荒くなり、船が上下左右に複雑な動きになっていく。生まれて初めて味わう異変が、俺の体内で起こり始めた。


 気持ち悪いんですけれど……。


 は、吐き気がしてきた……?


 これって船酔い……?


 更に吐き気が強くなって我慢ができなくなる。抱いてもらっていたエイル姉ちゃんに緊急で命絆力ライフフォースボンドを使って言う。


『エイル姉さん。気分が悪くなったので、船室に戻って下さい』


 言った途端、吐き気が更に強くなっている……。


「トルムルは、もしかして船酔いなの?」


 俺は頷くと、エイル姉ちゃんがすぐに船室に戻ってくれた。

 まさか、俺が船酔いするとは想像もできなかった。帆船の揺れが、ここまで激しいとは……。


 今回、この船に乗った最大の目的がある。将来、西の大陸に住んでいる魔王を倒すのは最終目的地。その為には、俺が船団を率いて行く必要がある。その為には、船の操艦に関する知識を得る事が必要。しかし、船団を率いて行くであろう俺が、船酔いとは……。


 これでは、士気が上がるどころか、逆に下がってしまう。

 俺に、こんな欠点があるとは……。


 う〜〜ダメだ!

 は、は、吐きそう。


 俺は重力魔法で浮いて、トイレに飛んでいく。

 トイレの中で浮いていると、急に吐き気が収まってくる。


 ……?


 何で、吐き気が急に収まるんだ?


 トイレから出て部屋に戻ると、部屋が上下左右に動いている。でも、吐き気が完全に収まっていた。


 そうか! 空中に浮かんでいるから、船酔を今はしていないんだ。でもこれって、ずっと浮いていなくてはならないって事かな?


 と、とにかく、しばらく浮いて対策を考えよう……。


 ハゲワシに変身して、外に出てみようか?そうすれば、操艦が少しは分かるよな。

 それに、船員達の間に広まっている不安も取り除ける。船員達の間では、魔物に襲われるのではと、強く感じているみたいだ。これまでに、多くの船が魔物に沈められたからだ。

 でも、噂のハゲワシが船員達の前に姿を表すと安心をするはずだ。


 エイル姉ちゃんにその事を言い、防寒の為に皮の防具を付けた。この防具には、体が暖かくなる魔石を付与しているので、寒い外でも平気だ。


 念の為、もう一枚服を着る……。


 ハゲワシに変身して、後ろの窓から外に飛び立った。外は寒かったけれど、体は暖かい。


 俺は更に上空に舞い上がって行く。


 眼下を見ると、青い海原に浮かぶ帆船は、一枚の絵のように見応えがある。

 俺は、船の周りを飛んで、船長のたくみな操艦を見始める。


 船員達が俺に気が付きはじめた。

 魔法で聴力をあげているので、船員達の会話がよく聞こえる。


「おい、あれは噂のハゲワシでは?」


「俺もそう思うぜ。

 お前の言う通り、海の上に普通のハゲワシがいるはずないしな」


「王子がこの船は安全だと言ったのは、噂のハゲワシがこの船に乗船していたからなんだ」


「これで、安心して眠れるよな」


 船員達の不安が、ハゲワシを見る事で無くなっている。船長を見ると、笑顔で俺に小さく手を振っている。ふと、下から何かが急速に接近している! ウール王女が変身したハヤブサだ!


『トルムル、わたしも、いっしょにとぶ』


 そう言ったウール王女は、俺の横に飛んで来て並んだ。ウール王女もここが気に入ったみたいで、喜びの感情が伝わってくる。


 気分は最高だ!!

 

 「バブゥ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

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