第87話 ウール王女
あのウール王女が激変して、お
王女は髪型も変えている。見かけの印象が、以前に比べると随分と違う。
動きも以前みたいに荒くなく、洗練された動きに近い。話し方もすごく丁寧で、威厳を少し滲ませているのには驚く。
お姉さんの、ヒミン王女にすごく似ている。もしかして、ヒミン王女から特訓を受けたのか?
でも、何の為に……?
それに、王妃様が今回の旅に同行しないので、ウール王女は母乳を卒業した事を意味する。
母乳を止めた理由が分からない……。
◇
3つの国境を越えて、5日目に目的地のサンラース国にやっと着く。
通過した3つの国の城で泊まって、後継者会議で会った王子や王女達と親交を深めてきた。
ただ、気になることがあった。それは、どの城でも晩餐会が開かれ、俺の隣は決まって幼い2才から8才ぐらいまでの王女達が座っていた事。
しかも、その王女達は積極的に俺に話しかけてくる。しかし、王女達の話が幼稚過ぎて、全く合わない。
はっきり言って、幼稚な会話しかできない王女達が、何で俺の隣に座らせたのか、その城の王様達の真意が分からない。でも、何かが、俺の周りで起きようとしている。
何だこれは……?
もしかして……?
イヤイヤ、そんな事はあり得ない!
でも、待てよ!
ヤールンサクサ王女が、俺にフィアンセになりたいと申し込んだので、ウール王女に変化をもたらした気がする。その時の、ヒミン王女の強い視線を今でも覚えている。
その意味する所は、俺のフィアンセに選んで欲しいが為に……?
でも、俺まだ赤ちゃんだし、早い気がするんだよね。
って言うか、10年……。
イヤイヤ、15年は早い気がするんだけれど……?
でも、王族同士では、生まれた時にフィアンセを決める事もあると、エイル姉ちゃんが言っていたのを思い出す。そう考えると、辻褄が合う。
しかし、俺のフィアンセになったら、地位が下がるだけなんだけれど……。
そうか、分かった!!
ヤールンサクサ王女が、今度の後継者会議で、俺を賢者の長に推薦すると言っていた。根回しのために、各国にその事を通達している、はず。
そうすると、賢者の長になるだろう俺に、積極的に幼い王女達を俺に押し付けているんだ。賢者の長は、国王と同等の地位であると、母ちゃんから聞いた事がある。
それをいち早く察知したヒミン王女が、妹であるウール王女に忠告したんだ。
どちらかといえば、気性の激しいウール王女が、ここまで激変するには何かのきっかけが必要だ。そのきっかけが、ヤールンサクサ王女が言ったフィアンセの話。
う〜〜〜〜〜〜!!
今まで、ウール王女が近くにいるだけでドキドキしてきた。しかし、王女を将来奥さんに、と思ったことは一度も無い。会話をしたり、会うだけで嬉しかった。
でも今は、どう考えていいのか分からない……。
俺、まだ、赤ちゃんだし……。
◇
城に着くと、エイル姉ちゃんの彼氏でもあるスィーアル王子が出迎えてくれた。でも、馬車が近付くにつれ、王子の横に居た8才ぐらいの女の子が誰だか分かった時には、腰が抜けそうになる。
ヤールンサクサ王女が、そこに居たからだ!!
「皆さん、長旅お疲れ様でした。
トルムル様……?
私の顔に何か付いているのでしょうか? もしかして、私がここに居るからですか?」
バチィ〜〜〜〜〜〜!!
突然、雷撃が……!?
いや違う!
これは、精神的な何かがぶつかった時の感情の高まり……?
出どころを探ると、ヤールンサクサ王女とウール王女だ!
2人の王女の間で、火花みたいな感情が激突しているんだ。
2人とも相手を睨んでいる。
……。
も、もしかして、これって……、三角関係……?
あの〜〜、俺まだ赤ちゃんなんですけれど……。
ヤールンサクサ王女が俺の方を向いて言う。
「私は、スィーアル王子の
最新の設備と、トルムル様の強力な攻撃魔石を装備されたこの船を、実際に体験してみたいと思ったのです。宜しくお願いしますね」
ウワァ、オォ〜〜〜〜!!
この緊張感が、処女航海中ずっと続くの?
更に、 超が付くほど可愛い2人が、俺に迫ってくるの……?
ど、ど、ど、どうしよう……。
◇
処女航海の出港は予定よりかなり遅れると聞かされた。どうやら、事務整理と港湾作業がまだ終わっていないらしい。新造船の中と周りは昼夜を問わず慌ただしい。
特に、船の中に詰め込む荷物の量を計算するのに、時間が掛かっていると聞かされる。この世界では、掛け算の概念がないので、全て足し算と引き算によって計算が行われている。
しかも、石版で計算をするので大きな数を計算する時には大変だ! 石版にチョークで書いたり消したりしながら計算していく。
船の中を見て回った時、頭を抱えている主計の石版を見ると、小さな字で、大きな桁を足し算をしていた。俺は見た瞬間に答えがわかったので、抱いてもらっていたエイル姉ちゃんに小さな声で答えを言う。
「あの難しい計算の答えが、トルムルには見ただけで分かるの?
それ、本当なの?」
元の世界でソロバンをしていたので、見ただけで自動的に脳内で計算を始め、数秒後には答えがでる。父ちゃんが苦労してお店の帳簿を計算していたけれど、答えはあえて言わなかった。その時すでに、普通以上の能力を俺は示していたので、これ以上言わない方がいいと判断したからだ。
でも、賢者の長になりそうなので、もはや隠す必要がない。
俺の能力を全部出して、この世界から魔物の脅威を無くそうと思った。
『本当です。その答えを主計の人に伝えて下さい』
主計の人はビックリして、エイル姉ちゃんを見て言う。
「その答えは、私が最初と、3番目に出した答えと一緒ですよ。
式を見ただけで、答えが貴女には分かるのですか?」
驚きながら言う主計の人。
エイル姉ちゃんも驚いて俺を見る。
俺は、エイル姉ちゃんに再び
『式を見ただけで答えが分かることを、彼に言って下さい』
大きな目を、更に大きくして驚くエイル姉ちゃん。驚きながらも、俺を信じて主計の人に言う。
「式を見ただけで答えは分かります。
そちらの式の答えも言いましょうか?」
エイル姉ちゃんは俺の言いたい事の先を読んでくれた。
少し、疑っていたけれど……。
「王子のお客様に頼むのは失礼とは思うのですが、お願いできますでしょうか?
今回の新造船は大型で、積載する荷物の量が桁違いなのです。
船倉に詰め込む荷物の量を的確に指示しないと、船のバランスが崩れて転覆しかねないのです。宜しくお願いします」
そう言った主計の人は、エイル姉ちゃんに頭を下げた。
……?
俺は突然閃いた! この世界にソロバンを広めよう。これらがあれば、複雑な計算も慣れれば簡単にできる。
石版みたいに、書いたり消したりしなくてもすむし。時間の短縮にもなって、効率が格段に上がる。
俺はエイル姉ちゃんに、紙に書いてある式の答えを順番に言う。それをエイル姉ちゃんが主計の人に伝え始める。俺とエイル姉ちゃんの周りには、多くの人が集まって来た。案内をしてくれていたエイル姉ちゃんの彼氏であるスィーアル王子が近くに来る。
そして、俺とエイル姉ちゃんを交互に見ている。王子の目線が俺と合ったので、軽く頷く俺。
それを見た王子も軽く頷いて、俺が式の答えを言っているのを理解する。
48枚の紙に書かれていた式の答えを全て言い終えると、主計の人はエイル姉ちゃんに驚きの声を上げながら言う。
「ここまで早く計算できた人を私は知りません。私だったら、数日は掛かっていました。
申し上げにくいのですが、計算のコツを私に教えて下さる訳にはいかないでしょうか?」
彼がそう言うと、スィーアル王子は勿論、ヒミン王女、ウール王女、ヤールンサクサク王女が興味のある顔で俺を見ている。これは丁度良いかも。
夕食の後に勉強会を開いて、エイル姉ちゃんと王族達に教える。主計の人には、エイル姉ちゃんが明日教えれば良いと思う。
それをエイル姉ちゃんに
エイル姉ちゃんは素直に納得してくれて、それを主計の人に伝えてくれた。主計の人は喜んで、エイル姉ちゃんにお礼を言っている。
嬉しいよね、こうやってみんなの役に立てるんだから。でも、掛け算や割り算なら簡単だけど、それ以上になると自信が少し無くなる。
確率、統計、関数などなど。
これらの必要性を今まで感じなかったけれど、国を治めている王族達の話を聞いていると、これらの概念が必要なのが分かってきた。
少しづつ……、少しづつ……、思い出す事にしよう……。
◇
夕食後、勉強会を始める。参加者は俺の素性を知っている人達。
それはエイル姉ちゃん、ヒミン王女、ウール王女、ヤールンサクサ王女、スィーアル王子、そして元賢者の長リトゥル。彼等の前には
「この表に書いてある数字を、最初に覚えるのかね。
そう言ったのはリトゥル。脱落者、早くも1名……。
ま、そうだろうな、年を取って、覚えるのは難しいよな。
「トルムル、わたし覚えました」
静かにそう言ったのはウール王女だ!
えーと、少し覚えるのが早すぎる気がするんですけれど……。
次に覚えたと言ったのがヒミン王女。そしてエイル姉ちゃん。
この3人は、
次に進もうと思ったら、ヤールンサクサ王女が真剣な目で俺に言う。
「何とか覚えました。
次をお願いします」
スィーアル王子を見ると、悪戦苦闘しているのが分かる。
やはり、頭の良い大人でも、すぐに覚えるのは難しいみたい……。
スィーアル王子には、後で覚えるように言う。
そして、今度はソロバンの使い方を教え始める。
ソロバンの動かし方から始まって、足し算引き算を教えていく。
スィーアル王子は俺の説明についていけず、周りの人達を見ているだけになった。
脱落者、1人……。
掛け算を教えだすと、ヤールンサクサ王女の小さな呻き声が聞こえ始める。
「わ、分からないわ。
どうしましょう……」
脱落者、1名……。
でも、ヤールンサクサ王女は筋がいいと思う。時間をかけて、じっくりと勉強すれば理解できそうな感じ。
最後に割り算を教えだすと、ここまで付いて来たエイル姉ちゃんとヒミン王女の手が止まっている。何度言っても、間違った指を動かしている。
脱落者、2名……。
最後まで理解を示して、正確な答えを出したのはウール王女ただ1人。
全てを教え終わると、ウール王女は誇らしい顔で俺に言う。
「トームルはすごいです。
これをかんがえつくなんて!」
……。
俺よりも、ウール王女の方が凄いと思った。ほんの短期間で、ここまで理解できるとは……。正直言って、誰も出来ないと思っていた。
けれど、ウール王女は、いとも簡単にそれをやってのけた。この日から、ウール王女を見る目が大きく変わっていったのを俺は自覚した。
ヒミン王女が言う。
「流石、トルムル様です。
これだと、重い石版を使う必要がなくなります」
ヤールンサクサ王女が言う。
「トルムル様に近付けるように、もっと頑張ります」
王女の言っているのが、意味が深そうなんですけれど……?
スィーアル王子が言う。
「流石ですね。これで、出航が早まりそうです。
ありがとうございました」
役に立てて、良かったよ。
エイル姉ちゃんが言う。
「今までもトルムルに驚かされてきたけれど、これは更に上をいく驚き!
こんな才能も持っているなんて、姉として誇らしいわ」
そう言って姉ちゃんは、その大きな、柔らかな胸で俺を優しく抱いてくれた。
姉ちゃんに抱かれるのは久しぶりで、オッパイ恐怖症が和らいでいるのを感じた……。
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