第89話 海賊

 昼近くになると、風が止んだ。おそらく、高気圧の中心に船がいる。

帆は風を受けることなくダラリとしており、凪になったので船もほとんど動いていない。

 俺とウール王女は船に戻理、元の赤ちゃんに戻った。


 昼ごはんを食べる為に、士官用の食堂にエイル姉ちゃんと行く。

 王族と船長、そして元賢者の長だったリトゥルが席に座って真剣な話をしていた。


俺とエイル姉ちゃんが席に着くと、給仕係が食事を持って来てくれる。

 出航したばかりなので、新鮮な野菜やブドウなどもあって陸上の食事と大差なかった。食後のデザートには、俺が考案した新しい菓子パンが出される。

 それは、甘めのカスタードクリームにトウモロコシを混ぜて、クルワッサンの生地の上に載せて焼いたもの。


 みんなに好評で、お腹いっぱいになっているにもかかわらず、スィーアル王子は2個目を食べている。スィーアル王子って、エイル姉ちゃん以上に食いしん坊なの?

 甘いものが嫌いな元賢者の長リトゥルだけは食べなかった。

 ま、菓子パンって、甘いから仕方ないか……。


 食べ終わると、船長が言う。


「風のない今の状況は、経験から言うと数日は続きます。

 風の魔法で少しは船を動かせるのですが、なにせ大型船なので殆ど動きません。

 残念ながら、数日はこのままの状態が続きますのでご了承ください」


 俺が風の魔法を使っても良いのだけれど……。

 大型船で、しかも荷物を沢山載せているから、すぐに魔法が底をつきそう。


 ま、仕方ないよね。

 自然の摂理には逆らえない……。


 ヤールンサクサ王女が、今度は別の話があると真剣な眼差しで話し始める。


「今度の後継者会議で、トルムル様を賢者の長に推薦する為に、各国に予め通達を出していたのです」


 やっぱり、そうだったんだ。手回しが良いよね。


 でも、何かあったの?

 王女は悩んでいる様子。


「実は、殆どの国は賛成すると返事が来ているのです。ですが、ある国から不賛成であると連絡がありました。

 その国はデルバートで、ガルドール王が反対をしているのです」


 リトゥルがその王を知っているみたいで、気難しい顔になって言う。


「ガルドール王ならよく知っておる。

 幼い時に、両親を魔物によって殺され、護衛の人達によって本人は命からがら逃げる事が出来た。その時、魔法門マジックゲートが大きく開かれたみたいだ。以後、強大な魔法を使えるようになった。


 わしは、その強大な魔法に目を付けて、賢者にならないかと話しを持ちかけた。彼は快く返事をすると、当時まだ賢者だった儂の弟子としての修行が始まった。

 数年して、魔力が儂を軽く凌駕し始めた頃に、彼の内面にある変化が起こった。それは、賢者の長になって人間世界の頂点に君臨することを望むようになったんじゃ。


 賢者の長は、人々を助けるのが本来の目的であるのに、彼は誤解し始めた。

 儂が何度説得しても聞きれてはくれず、最後には喧嘩別れになってしもうた」


 ガルドール王は俺と同じ様に、親が亡くなったので、魔法門マジックゲートが大きく開かれたんだ。とう言うことは俺と同じか、それ以上の魔力の持ち主って事?

 会ってみないと分からないけれど……。

 それに、ガルドール王が考えているのって、魔王と同じだよね。力によって頂点に立つ。

 俺とは全く違う……。


 ヤールンサクサ王女が続けて言う。


「賢者の長になるには、4分の3以上の賛同があればなれるのです。

 既に、賛同する国はそれを超えているのですが……」


 ここで、ヤールンサクサ王女はうつむく。


 え〜〜と。これって、俺が賢者の長にはなれるけれど、強大な魔力を持つガルドール王に睨まれるって事だよな。

 一致団結して魔物に立ち向かわなければならない時に、明らかに俺を敵視しているガルドール王。船が動いていないだけでも気が沈むのに……。


 ◇


 エイル姉ちゃんと部屋に戻ると、モージル妖精王女が風の妖精を連れて来ていた。それをエイル姉ちゃんに伝えると、姉ちゃんの緊張が伝わってくる。姉ちゃんは幼い頃から風の妖精が大好きで、パンティーの絵柄に選ぶほどだ。



 友好の儀式が終わると、エイル姉ちゃんは妖精が見れて、会話ができるようになった。風の妖精がエイル姉ちゃんに挨拶を始める。


『初めましてエイルさん。私の名前はシルフィードで、愛称はシルフ。

 宜しくお願いしますね』


 エイル姉ちゃんは驚きながらも、喜びが身体中から溢れている。姉ちゃんが最も好きな妖精と友好の儀式をしたからだ。


「初めまして、シルフ。こんなに嬉しいことはないわ。

 私、風の妖精を見たいと小さい頃から思っていたの。それが叶うなんて!」


 良かったよね、エイル姉ちゃん。

 モージル妖精女王もエイル姉ちゃんに挨拶をする。


『初めましてエイルさん。いつも美味しい食べ物を作ってくれてありがとうございます。これからも宜しくお願いしますね」


 初めてモージル妖精王女を見たエイル姉ちゃん。けれど、初めてにしては落ち着いている。


「こちらこそ、宜しくお願いします」


 モージル妖精王女は続けて言う。


『横の頭はマグニとドゥーヴェルです』


『よっ、エイル。宜しくな』


 バァチィィィーーーーーー!


 『いてぇーーーーーー!

 な、何で俺に雷撃が落ちるの? さっき言ったのマグニだよ!』


 え? ウッソーーーー!!

 ドゥーヴルがさっき言ったのではなくて、内気なマグニが『よっ、エイル。宜しくな』って言ったの……?

 マ、マジで……。


 モージル妖精王女が困惑した顔で言う。


『さっき言ったのは、本当にマグニなのですか?』


 マグニが、成功したよって顔で言う。


『モ、モージルの、驚く顔が見たかったんだ』


 モージル妖精王女は、更に驚いた顔になる。マグニって、性格が少し変わってきた……?

 エイル姉ちゃんは何が何やら分からないまま、クスクス笑いだして言う。


「モージル妖精王女達って面白いんですね。

 ドゥーヴルさんとマグニさんも、宜しくお願いします」


 挨拶がお互いに終わると、シルフが言う。


『ここにくる前に、北風から情報を受け取りました。32隻の小型帆船の海賊が襲ってこようとしています。

 獲物が最近少なくなったみたいで、大挙して来ています。大風を起こして、彼らを追い払いましょうか?』


 俺は帆船の事を勉強していたので、海賊の総数がおよそ分かる。一隻に10人ぐらい乗れる小型の帆船だから、300人ぐらいの海賊がこちらに向かっている事を意味している。


 魔物の影響で、貿易船が極端に減ってきている。その為、海賊が襲う船が減ったのだろう。この船は大型なので荷物を沢山載せている。獲物としては最高だよな。

でも、この船には強力な攻撃魔法があるので、海賊が来ても問題ないのだけれど……。返って、彼らが大怪我をしそう。


 ハーリ商会のスールさんが言っていたのを思い出す。


『多くの船が魔物によって沈められたので、熟練の船員が足りないのです』


 え〜〜と。海賊って、見方を変えれば熟練の船乗り。

 つまり、彼らを服役する代わりに、改心させて当分の間はただ働きにするといいのでは……? それに当分の間、給料を払わなくてもいいのでハーリ商会は助かる。でもそれって、せこい……?


 エイル姉ちゃんと、モージル妖精王女に聞いてみよう。別の意見があるかもしれないからな。

 俺の話しを聴き終えたエイル姉ちゃんが、悪戯っぽい目付きで言う。


「山賊を退治した時に、トルムルがやった方法を使えば、二度と彼らは悪さをしないと思う。つまり、高い所から無重力で落として、ぶつかる前に止める。

 それに、噂のハゲワシに目を付けられたと思うだけで、二度と悪さをしなくなる。でも最初に、法の下で裁判をして、彼らの罪に従って振り分けないといけないわ」


 あ……。


 俺が独断で決めていいわけないよな。法の下で裁判をしないと、俺が独善的になって人として道を誤るかもしれない。そうすると、エイル姉ちゃんの彼氏でもあるスィーアル王子と、ヒミン王女に最終的に決めてもらった方がいいよな。

 海賊を捕まえるのは俺だけれど……。


 ん……? 待てよ。

 ウール王女も重力魔法が得意なので、王女もこの作戦に参加してくれれば助かる。300人ぐらいの海賊がいるので……。


 この後、王族達に集まってもらって海賊が襲ってくる事に関しての話し合いが行われた。

 作戦が決まると、俺とウール王女は革の防具に身を包み、再びハゲワシとハヤブサに変身して大空に舞い上がる。


 空高く2人で舞い上がると、遠くの陸地の方から大挙して海賊が来ているのが確認できた。初めての海賊退治なので、胸の高まりを抑えきれない。それにウールと一緒だし、周りは最高の景色だ!


 「バブゥゥゥ〜〜〜〜〜〜〜〜ー」

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