第83話 コーヒーとビスコッティ
元賢者の長であるリトゥルが、腰をさすりながらヒミン王女に言う。
「ところで、どうしてハゲワシ殿の所に、ヒミングレーヴァ王女が来られたのかな?」
ヒミン王女は俺を見る。ビスコッティとコーヒーの試食に、リトゥルも参加してもいいかと、目線で打診をしてきた。
俺は少し考えて、軽く頷く。老若男女の、あらゆる人達に食べてもらった方が良いと判断した。リトゥルのような老人に受け入れてもらえれば、広い層で支持をもらえ、世界的に売る目安になるからだ。
「最前線で戦う時に取る携帯食をトルムル様がお考えになり、試食する為に来ました。栄養価が高くて、とても美味しいのではと言っています。
それと、眠気の為に今までコーヒーの豆をそのまま食べていたのですが、美味しくた飲み物として変わるのではとも。少し焦がして粉にし、お茶の様に飲んだら良いのではと。リトゥル様も試食なさいますか?」
リトゥルは、俺を見て言う。
「ハゲワシ殿は、戦闘用の携帯食までも考えるのか?
それに、あの不味いコーヒー豆が美味しく飲める……?
とても信じがたい。興味があるので、是非ともお願いしたい。今まで美味しい食べ物を知っている
……?
あのう〜〜。
すでに試食係は、俺の横に浮かんでいるんですけれど。
それに、生きている年数からしたら、モージル妖精妖精女王に比べると、比較にならないよ。
さっそくビスコッティを、エイル姉ちゃんが作り始める。
家庭用の石窯だったけれど、試食なので、ここにいる人達には十分にいきわたる。モージル女王達の為に、小さなビスコッティも忘れずに焼く。普通サイズだと、王女の顔と同じぐらいになり、到底食べれないから。
2度焼きしている合間に、コーヒー豆の焙煎を始めた。
コーヒーの妖精によると、この大陸には7種類のコーヒーの木があると言っている。それらを焙煎していくと、懐かしい香りがしてくる。でも、コーヒーの妖精が、エイル姉ちゃんを親の仇みたいに睨んでいる……。
姉ちゃんは、まだ妖精が見えないから、この殺気が伝わらないかも。一応、妖精には説明はしたのだけれど……。
やはり、大事なコーヒーを焙煎を、殺している様に見えるんだろうな。
ま、事実だけれど……。
焙煎しているエイル姉ちゃんが興奮しながら言う。
「なんて芳ばしい香り。
早く飲んでみたいわ」
近くにいた人達も同意見みたいで頷いている。コーヒーの入れ方には色々あるけれど、今回はペーパードリップ式で入れた。紙は普段使っている紙で代用。
書くには荒いけれど、コーヒーのフィルターとしてはちょうど良い。焙煎した豆を細かく砕いて、コーヒーを煎れていく。
最初からブラックは苦いと思うので、ミルクと黒砂糖を入れる。俺とウール王女には、ミルクたっぷり入れて、少量だけ飲んだ。赤ちゃんには、コーヒーはあまり身体にはよくないので……。でも、久し振りに飲んだコーヒーは、凄く美味しかった!
「これ、美味しいわ。
癖になりそうな飲み物ね」
エイル姉ちゃんはそれだけ言うと、堪能しながらコーヒーを飲み続ける。
今度はヒミン王女が、目を輝かせながら言う。
「こんなに美味しい飲み物を考えるトルムル様は流石です。これだと誰でも好きになれると思います。
甘さの嫌いな方は黒砂糖を控えるか、ミルクだけにすればいいですね。なによりも、これで夜の見張りで居眠りをする人達が激減しそうです」
リトゥルが、首を上下に振りながら俺に言う。
「儂は砂糖もミルクも嫌いなので、このコーヒーをそのまま飲んでいるのだが、実に
苦味が程よくて、香りが何よりも心を落ち着かせる。もっと若い時に、これを知ればたくさん飲めたのに……。それだけが悔やまれる……」
あのねリトゥル、そこまで悲観的にならなくても、これからいっぱい飲めばいいよ。
あ、モージル女王も気に入ったみたい。
『流石、トルムル様です。長年生きてきましたが、この様な美味しい飲み物は初めてです。
トルムル様に付いて来て、本当に良かったと思いました」
……?
やはり、美味しいものを飲み食いする為に女王は妖精国に帰らないんだ。
そろそろ、ビスコッティが焼ける頃。エイル姉ちゃんに言って、2度焼きしたビスコッティを石窯から取り出してもらう。
芳ばしい臭いが部屋中に再び充満する。コーヒーとは違った香りに、心を癒される思いが……。
おっと、みんなに、食べ方を教えないと。
隣にウール王女が居るので、王女に最初に試食してもらおう。
俺はさっきのミルクたっぷり入れたコーヒーに、小さめのビスコッティを入れた。余り時間を置くと柔らかくなりすぎるので、丁度食べ頃になった時に出す。
そして、ウール王女の口に近づける。
ウール王女は可愛い口を開けて、柔らかくなったビスコッティを食べる。
モグモグモグ。
ウール王女の顔が段々と笑顔になって言う。
「わたーし、これ、すきー。
まいにち、でーも、たべられーる。
トームルとおなじー、ぐらいすきー」
え……? 俺と同じくらいって……、それって褒めているの?
それとも、ビスコッティと俺は同じ価値なの?
う〜〜、複雑な心境。
たべ方が分かったので、他のみんなも食べ始める。
2度焼きした非常に硬いビスコッティを食べれるのかと心配顔だった父ちゃんが、笑顔になって言う。
「これは驚きだよトルムル。
まさか、あの硬いパンが、こんなにも美味しく、柔らかくなって食べれるなんて! しかも、卵やナッツ、更には干しぶどうが入っているので栄養も十分補給できる。これは朝ごはんにぴったりだね。
それに、このコーヒーとの相性も良い。クロワッサンも美味しいけれど、これも同じくらい美味しいよ。ナタリーにも食べさせたかったよ」
ギクッ、とした俺。
亡くなった母ちゃんに、本当は食べて欲しかった。
でも、もういない……。
母ちゃんごめんね。
これが終わったら、母ちゃんのお墓にこれらを持って行こう。
きっと、母ちゃんも喜ぶ。
エイル姉ちゃんを見ると、よほど美味しかったみたいで、最初のビスコッティを食べ終えていた。さすが、食べるのが早い姉ちゃん。
次のを取って、2個目を食べ始めている。
モージル女王達も食べており、手が二本しかないので言い争いをしている。
『モージルばかり食べないで、俺たちにも食べさてくれよ』
ドゥーヴルがモージル女王を睨みつけて言っている。
珍しく、マグニも言っている。
『ぼ、僕も食べたいんだけれど……』
夢中で食べている女王が、一息入れて2人に言う。
『もう少し待って!!
こんなに美味しいのは初めて……。もう少し食べてから……』
更に食べ続ける、モージル女王。
ヒドラって頭が3つなのに、手が2つしかない。けれど、モージル女王が手を動かしているので、ドゥーヴルとマグニは不満が溜まるよね。
ドゥーヴルの歪んだ性格と、内気なマグニはここからきているのかな……?
とにかく美味しいみたいだから、良しとしよう。
そういえば、ハーリ商会のスールさんは?
スールさんは七種類のコーヒー全部試飲していた。今度は、それぞれにビスコッティを浸して食べている。商品としての価値を見出そうとしているかの様だ。
「トルムルさんが考案したコーヒーとビスコッティは、どちらも画期的なアイデアです。
これらを最大限に生かすには、コーヒー専門店を新たにつくった方がいいと思うのです。しかし……、新たな資金源が必要なのが悩みの種ですが……」
夢中で食べていたエイル姉ちゃんが、突然食べるのを止めた。
スールさんの方を向くと、今まで見せたことのない様な賢そうな顔になり、真剣な表情で言う。
「サンラース国のシィーアル王子がお帰りになられる時に言っていました。
『トルムル様が考案したコーヒーとビスコッティに対して。もし投資が必要ならば私に声をかけて下さい』と。
来月私達は、彼の国で完成予定の新造船での処女航海に招待されています。
その時に、スールさんが先ほど言われた事を彼に話せば、資金に関しては問題なくなると思うのです。コーヒーとビスコッティを向こうの国で私が作れば、これだけ美味しいですから、彼は了承すると思いますよ」
ほ、本当にこれがエイル姉ちゃん……? 信じられない!
王子を彼氏に持つと、本当に激変してしまった姉ちゃん。今までだったら、最後まで脇目も振らず食べ続けていたのに!
「そうですか。それは、是非ともお願いします。
これからは、新たにコーヒーの木を栽培する人達が激増するでしょう。雇用も生まれますし、何よりも美味しいですし」
それを聞いていたコーヒーの妖精は、先ほどとは打って変わって大喜びしている。種を焙煎した時と比べると、
ただ、ウール王女と一緒にいるハヤブサの妖精だけは、この中でただ1人、素知らぬ顔をしている。肉食のハヤブサだからか……?
とにかく、コーヒーとビスコッティは、予想以上に好評だったのでよかったよ。後は、新造船の処女航海の前に、やっておかねければならない事がある。
賢者の長に化けている魔物を倒す事! 元賢者長だったスケベ……、リトゥルが、命をかけて持ってきてくれた情報。
でも……、賢者になる為には、スケベは必修なのかな……???
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