第69話 カリュブディスとスキュラ

 美味しいクラーケンの離乳食を食べ終わった後、俺は1ヶ月ぶりに振りに昼寝をゆっくりとする。

 寝ると、魔法がかなり回復するのは勿論だけれど、お肌のためには昼寝は欠かせない。


 ここ1ヶ月忙しくて、お昼寝をしていなかった。

 それでなのか分からないけれど、久し振りに深く眠れた。


 俺が寝ている間、ラーズスヴィズルがカリュブディスの偵察に行ってくれていたみたい。

 ヒミン王女の護衛だけれど、彼はどちらかと言えば守られているほう


 って言うか、ヒミン王女が彼を守っている感じ。

 ミノタウルス戦、ワイバーン戦、そして今回の戦いでもラーズスヴィズルはヒミン王女に助けられたって!


 それって、護衛の意味あるのかな?

 守られている人の方が断然強いんだから。


 それは仕方ないよな。

 命力絆ライフフォースボンドの影響で、ヒミン王女の能力が格段に上がったからな


 彼の報告によると、海峡の大潮は激流の如く渦巻いていて、そこから憎悪を感じると。

 それってヤバい気がする。


 ラーズスヴィズルが、カリュブディスの憎悪を感じるって相当なことだよ。

 彼は、魔物の感情を殆ど感じない人なのに……。


 さらに、対岸の方でも魔物が大暴れをしていると。

 彼が対岸から見えたってことは大きな魔物か?


 それって、もしかしてスキュラ……?

 ヴァール姉ちゃんがバラードで歌っていたのを思い出す。


『カリュブディスとスキュラ。

 それは対を成す魔物。


 カリュブディスは神の娘。

 大食漢の彼女は、神聖な牛を盗んで食べてしまう。


 怒った神が、カリュブディスを魔物へ変えてしまう。


 スキュラは毒薬によって変えられた魔物。

 上半身は美少女で、下半身の6頭の犬が怒り狂って毒を吐く』


 下半身は6頭の犬……?

 ケルベロスが下半身に付いている感じか……?


 バラードに出てくるくらいだから、きっと強いんだよね。

 大賢者の本には、スキュラのことは書かれてなかった気がする……。


 それに、カリュブディスがまだ存在しているので、大賢者が倒した事実はないよな。

 倒す方法を書いてあるだけで……。


 よく考えると、絶対零度アブソリュートゼロの魔法を使うと海が凍る。

 それはカリュブディスの再生能力を抑える。


 けれども当然の如く、対岸にいるスキュラが凍った海を渡って襲って来るってことだよね。


 まさに前門の虎、後門の狼!

 同時に、超強力な二体の魔物を相手しなくてはならない……。


 でも、ここまで来たら俺達の能力を信じるしかないよな。

 今までだって、強敵を倒してきたから。



 ある程度作戦が決まったので、シブ姉ちゃんから紙をもらう。


「シーシ、かーみー」


「トルムルは紙がいるのね。

 ちょっとまって。


 はい、これ。

 これで、カリュブディス戦の作戦を書くのね」


 シブ姉ちゃんも感がいいよね。

 ここ1ヶ月間、一緒に過ごしたから俺の行動を読めるのかな?


「とう」


 俺はカリュブディスの大渦と、対岸にいるであろうスキュラの絵を描いた。

 スキュラは上半身裸の女性で、下半身は6頭の犬の絵を……。


 「これって、花なの?」


 もうすぐ書き終わる絵に、エイル姉ちゃんが感想を漏らす。

 これ、スキュラなのに……。俺の絵って最低レベル……。

 分かるように、最後にスキュラと書く。


「嘘でしょう……?

 スキュラが対岸に居るって思っているの、トルムルは?」


 シブ姉ちゃんが驚いて聞いてきた。

 俺はヴァール姉ちゃんの方を見て言う。


「とう」


 バラードを歌ったヴァール姉ちゃんが、思い出して言う。


「トルムルの推測は当たっていると思うわ。

 バラードの中で、二体の魔物は対を成す魔物と言い伝えられているし。

 でも、トルムルは、この二体の魔物とどう戦う予定なの?」


 俺の作戦を紙に書き出して行く。


 まず最初に俺が海を凍らす。次に、スキュラが海を渡ってくるので、カリュブディスに近寄ってくる前に姉ちゃん達に相手をしてもらう。


 俺はカリュブディスの相手。

 海を凍らしてあるので再生能力が低下している……、はず。


 カリュブディスは神の娘だったので、スキュラよりも戦闘能力は高いと予想できる。


 もしものために、シブ姉ちゃんには待機してもらう。

 強力な治癒魔法を使えるのは、シブ姉ちゃんしかいない。


 さらに俺は、細かな作戦を書いていった。

 書き終わると、みんなの顔を見る。


 真剣に検討しているみたいで、ジッと俺が書いた紙を見ている。


 1人、1人頷いていく。

 そして、最後にアトラ姉ちゃんも頷いて、にこやな笑顔で俺に言う。


「よくできた作戦だよトルムル。

 気になるのが一箇所だけある。


 それは、スキュラが毒の攻撃を使う可能性があると書かれてあることだ。

 これって、ヤバくないか?」


 毒によって魔物に変えられたスキュラ。

 毒による攻撃をする可能性が高いと思うんだよな。


 バラードでも歌われているし。


 もしもの為に、毒に対しての検討はしてあるんだよね。

 活性炭の吸着現象を利用する防毒マスクを、魔法で作り出して顔に付ける。


 でも、それが実際に効果がないと大変なことになる。


 そうだ!

 笑いガスを魔法で作り出してやれば……。


 俺は紙に『笑いガス、実験』と書いた。

 エイル姉ちゃんがすぐに反応して言う。


「トルムルは、笑いガスで実験をするのね。

 でも、笑いガスって何なの?」


 えーと、説明が難しい。

 実験をするしかないかな?


 ま、無害だし。

 笑うだけだし……?


「エーエ」


「ん……?

 私が実験台になるってことね。

 

 いいわよ。

 それで?」


 右手の中で、先ほどの防毒マスクのイメージを開始した。

 イメージが完成して魔法を発動すると、エイル姉ちゃんの顔に防毒マスクが現れた。


 魔法で作り出したので、限界を超えて使用すると霧散してしまう。

 けれど、戦闘中なら問題ないと判断。


 異様な形と思われたのか、姉ちゃん達は嫌な物を見る目付きで眺めている。

 エイル姉ちゃんは、自分の顔が見れないので言う。


「私に付いているこれ、そんなに変なの?」


 姉妹の中で、最も化粧に時間を掛ける槍使いのディース姉ちゃんが言う。


「とっても変よ。

 丹念にお化粧をしたのに、そんなの付けたくはないわ」


 えーと、もしもの時には付けてもらわないと困るんだけれど……。

 そうだ、ディース姉ちゃんとエイル姉ちゃんの2人に笑いガスを吸ってもらったら効果が分かるよね。


 それによってディース姉ちゃんに、付けなければならないと納得してもらいやすい。

 防毒マスクの効果があるのなら、エイル姉ちゃんは笑わないのだから。


 俺は手の中で笑いガスをイメージし、さらに2人だけ吸う様にする。

 完了すると魔法を発動した。


 手の中から黄色いガスが2人に漂って行き、顔面を覆った。

 すぐにディース姉ちゃんに反応が現れた。


「うふふ。

 なんだか可笑おかしいわ」


 あ〜〜、しまった〜〜!

 俺の初期魔法はランクが上がるんだった〜〜!


 意識的に魔法を抑えるの忘れていたよ

 ど、どうしよう……。


「アハハ

 なんで、アハハハハ。


 こんなに、アハハハハ

 笑うの私、アハハハハ」


 徐々に笑いが抑えきれなかったディース姉ちゃん。

 お腹を抱えて大笑いをしだした。


「アハハハハ、アハハハハ、お腹が、アハハハハ、痛い!」


 ……。

 ごめね、ディース姉ちゃん。


 ヒミン王女が2人を見て、この実験の真意を汲み取ったみたい。

 小さく頷き、納得したような表情になる。


「これがもし毒だったら、ディースさんは間違いなく毒に侵されています。

 エイルは、マスクのおかげで毒の影響を受けないと、この実験が示していると思うのです。スキュラ戦では、このマスクを付けるのが有効なのではないでしょうか?」


 しばらくお腹を抱えて笑っていたディース姉ちゃんは、やっと笑いが収まった。そして、睨みつけるように俺に言う。


「お腹がとっても痛いほど笑ったわよ、私!

 これで、お化粧直しをしなければいけなくなったわ!


 でも、トルムルってば、こんな魔法まで使うの?

 今まで聞いた事がないわよ」


 ……、俺も聞いた事がない。

 イメージで、何でもできるって母ちゃんが言ったから……。


「でも、エイルの付けているマスク。

 いざとなったら私も使うわ」


 よかった〜〜。

 これでみんなに防毒マスクを付けてもらえそう。


 ◇


 準備が完了したので、海峡の近くに行く。

 カリュブディスの憎悪は、近くに行けば行くほど強く感じる。


 それだけ、魔力が強いってことか?


 さらに、反対側の岸を見ると、スキュラがハッキリと見える。

 思っていた以上に大きな魔物で、犬一頭だけでも馬車ぐらいの大きさがある。


 上半身裸で、オッパイの大きくて綺麗な人なのだけれど……。

 怒っている顔が怖い……。


 ハゲワシに俺は変身すると。大渦の上に舞い上がって行く。

 海はエメラルドグリーンでとてもキレイなのに、二対の魔物が台無しにしている。


 最初はオシャブリからだな。

 今回は特に、念には念を入れないと。


 オシャブリを吸って精神を統一すると、俺は手の中でイメージを開始。

 絶対零度アブソリュートゼロのイメージができたので、大渦めがけて俺は魔法を発動した。


 ヒュ〜〜〜〜〜〜〜〜。


 銀色の大きなかたまりが、大渦めがけて行く。

 かたまりの通った後には、昼前と同じようにダイアモンドダストが太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。


 カッキィィ〜〜〜〜〜〜〜〜ン!!


 下の方で、海峡が凍った音がする。

 ダイアモンドダストが風に流されて視界が元に戻ると、海峡が凍っている……。


 姉ちゃん達は凍った海峡をかけて行く。

 スキュラと戦う為に。


 もう一度大渦をよく見ると、中心部分だけは凍っていなかった。

 そこには、カリュブディスがいるからだ!!


 憎悪が、渦の中から浮上して来る。

 そして、カリュブディスが姿を現した。


 少女の様にあどけない姿のカリュブディスが、憎悪の念を俺にぶつけてくる。

 憎悪の念だけでも、俺の行動を抑制する威圧感があった。


 オシャブリを吸って精神を集中し、カリュブディスの威圧感を跳ね除ける。

 やはり今回は、予測通り死闘になるのは間違いない……。

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