第68話 クラーケンの離乳食

 アトラ姉ちゃんと俺に、ハーリ商会のオーナーであるスールさんが来て挨拶をする。


「アトラさん初めまして。

 私はハーリ商会のスールでございます。


 こんなに早く来ていただけるなんて、望外の喜びでございます」


 アトラ姉ちゃんは、ハーリ商会の話を聞いていたのでにこやかに挨拶をする。


「初めまして、スールさん。

 私の名前をご存知なので、少し驚きました」


「お世話になるかたのお名前はすぐに調べました。

 さいわい、エル・フィロソファー国の6人姉妹のお嬢様方は美人で有名です。

 皆さんの名前は若い男性の商会員に聞くと、すぐに教えてくれました。


 特にアトラさんは、ミノタウルスとワイバーン戦においては有名で、私も存じておりました。

 そして、肩に止まっているハゲワシさんには、家族共々本当にお世話になっております。


 今回、皆様方の圧倒的な戦闘能力に度肝を抜かされてしまいました。

 港の魔物を退治して下さって本当に有難うございました」


 アトラ姉ちゃんは笑顔で言う。


「皆さんに喜んでもらってとても嬉しいです。

 これからカリュブディス退治も行いますので、皆さんが安心して住めるよう頑張ります」


 アトラ姉ちゃんの言葉遣いが丁寧になっている……?

 どうしたの姉ちゃん?


 もしかして、王子と付き合いを始めて、前みたいな言葉遣いでは令嬢方から非難されるからかな?

 それはそれで、嬉しい変化だよな。


 将来、王妃様になるかもしれないからね。

 頑張って、アトラ姉ちゃん。


「カリュブディスを倒すのは大変かと思いますが、何卒宜しくお願い致します。


 戦いの前に、ハリー商会で少しご休憩をされてはいかがでしょうか。

 昼を過ぎた頃ですし、こちらで美味しいお昼を家内がご用意しておりますが?」


 アトラ姉ちゃんは、美味しいと言う言葉に触手を伸ばしたみたい。

 お昼用に、弁当は持って来てあるんだよな。


 でも、戦闘の後だから姉ちゃん達の食欲は旺盛。

 弁当だけだと足らないと思っていたんだ。


 お城の調理師が作る弁当は美味しいんだけれど、いつも姉ちゃん達が食べる量よりもはるかに少ないからな。


「それではお言葉に甘えさせてもらいます。

 みんなも、それでいいよな?」


 アトラ姉ちゃん、最後の言葉は元に戻っているよ〜〜。

 姉弟きょうだいの前だと地がまだでる……?


「「「「「賛成〜〜」」」」」


 エイル姉ちゃんが特に喜んでいる。

 なんたって1番若いしな。


 あ……、俺が1番若かったか。

 でも、俺はミルクか離乳食だから、あまり関係ないし……。


 俺は馬車の方に飛んで戻り、人が見ていない所で元の姿に戻った。

 命力絆ライフフォースボンドを使って、エイル姉ちゃんを呼ぶ。


 姉ちゃんはすぐに迎えに来てくれた。


「トルムルお疲れ様。

 クラーケンて、教科書に書いていたけれど、あれ程大きいとは思わなかったわ。


 トルムルの魔力はいままで凄いと思っていた。

 でもまさか、海ごとクラーケンを凍らすなんて今でも信じられないくらい。


 それでね、クラーケンってとっても美味しいんだって。

 教科書に書かれてあって、魔物の中では五本の指に入るくらい美味しいらしいわ」


 ……?

 クラーケンを食べるの……?


 そう言えば、母ちゃんもクラーケンは美味しいって言っていた。

 噛めば噛むほど甘みと旨みが出てくるって。


「くー、らー、けー。トール。たーべーるー」


「トルムルもたべれると思うわよ。

 さっき、町の人達がクラーケンを掘り出し、解体していたから。


 それに、漁師の人達は大喜びしていたわよ。

 クラーケンを売れば大儲けできるって。


 それでね、売り上げの半分は私達にくれるみたい。

 魔物を倒してくれたお礼ですって。


 それと、クラーケンの魔石はハゲワシに渡してくださいだって」


 エイル姉ちゃん、以前よりも早口になっている……。


「それにね。氷漬けになっているので丁度良いみたい。

 ノコギリで切り出して、大きなかたまりのまま内陸部まで運べるからだって。


 あの大きさでしょう。今まで漁ができなかった以上の利益がでるとも言っていたわ。

 町の人達も大喜びで、私達に何度もお礼を言っていた。


 それに、ここが以前の様な観光地になるように頑張るんだ〜〜とも言っていたわよ。

 本当に良かったよね」


 エイル姉ちゃんの話の内容より、その早口に圧倒されてしまった俺。

 羨ましい……。


「もうすぐ着くわよトルムル。

 建物の一部が魔物の襲撃によって壊されているけれど、凄く立派な建物よ。

 それとも、先にトルムルが倒したクラーケンを見る?」


 もちろん見たいよ。

 間近で見たことないからな。


「みーるー」


「やっぱりね。

 こっちよ、トルムル」


 エイル姉ちゃんは俺を抱いたまま、凍った海の上を歩いて行く。


 マジで、海が凍っているよ!


 自分で凍らせて、驚いている俺……。


 凍った海の上を歩いて行くと、その先には大勢の人達が作業をしている。

 クラーケンの足と頭を切る作業をしていた。


 クラーケンの頭を先に解体すると魔石に変わってしまい、肝心の足が消えるんだって!

 魔石の大きさは小さくなるけれど、魔石は使い道が無いと作業の人が言っている。


 賢者の本の中に、クラーケンの魔石について書かれた箇所を俺は思い出す。


『クラーケンの魔石は非常に貴重。

 城と町を含めた広域で、侵入してくる魔物を巨大な足で攻撃する』


『ただし、この魔石にスキルを付与するのは至難の技である』


 ……?

 え、……?


 これって攻撃魔法だよな。

 それも、超強力な!


 読んだ時は頭を素通りしたみたい。

 クラーケンと戦って、今になって納得。


 もし、この魔法の発動が成功すると、巨大なクラーケンの足が魔物を叩き潰す、……はず。

 しかも、8回も!


 これは、是非とも習得しないとな。


「トルムル。何を考えているの?

 もうすぐクラーケンの頭の辺りに着くわよ」


 エイル姉ちゃんに言われて、現実に戻った俺は足元にある巨大な目に圧倒された。

 俺の体の大きさを遥かに超えて、大人ぐらいの大きさはある。


 目だけで、こんなに大きかったなんて……。


 すでに足の根本は切り取られて、クラーケンの脳に巨大な銛を打ち込む所だった。

 数人がかりで魔法を使って銛を打ち込むと、クラーケンは魔石に変わっていく。


「クラーケンの魔石って大きいね。

 馬車の方に持って行ってもらうように言ってあるから。


 どうしたのトルムル?」


 クラーケンが魔石になった途端に、海峡の方から強い怒りの感情を感じる。

 部下のクラーケンが魔石になったので、カリュブディスの怒りが爆発したんだ。


 こちらに来る気配は無いけれど……。


 相当覚悟を決めてカリュブディスと戦わないとな。

 

でも、その前に、腹ごしらえだ〜〜!



 ハーリ商会の建物の中に入ると、美味しい匂いが漂ってくる。

 スールさんが出迎えてくれて、食堂に案内をされた。


 すでにアトラ姉ちゃん達は食べており、海鮮料理に舌鼓をうっている。

 エイル姉ちゃんは俺を赤ちゃん用の椅子に下ろすと、すぐに席に座って食べ始めた。


 その食事の早いこと。

 俺を外に連れて行ってくれた今までの時間を、取り戻すかの様に掻っ込むように食べている。


 数回しか噛まずに飲み込んでいよエイル姉ちゃん。

 しっかり噛まないと、お肌に悪いのに……。


 俺が座ると、スールさんの奥様であるグナーさんが離乳食とミルクを持って来てくれる。


「トルムル様には、クラーケンの離乳食をご用意しました。

 すり潰してあるので、美味しく頂けると思いますよ」


「あーと」


 やったね。

 まさか、クラーケンの離乳食が食べれるなんて!


 俺は、はやる気持ちを抑えながらスプーンでクラーケンの離乳食を掬う。

 口元に近付けると、何とも言えない美味しい香りがしてきた。


 ゆっくりと口の中に入れると、タコの甘みと旨みが舌の上で感じられた。

 ユックリと咀嚼すると、旨みと甘みが増してくる。


 さらに咀嚼すると、香辛料と甘みと旨みが調和していく。


 何とういう美味さ!


 クラーケンの足が高値で売れるはずだと納得した。

 ミルキーモスラ以上の美味しさだ!


 やっと俺にも、本当に美味しい物に巡り会えた喜びで思わず笑顔になってゆく。


「そのお顔ですと、お口に合ったみたいですね」


 横で見ていたグナーさんが言う。

 お口に合うどころか、大感激している俺。


「バブゥーー」


 俺はそう言って右手を上げた。


「クラーケンの離乳食が美味しくて、好きになってもらって嬉しいです。

 お代わりはまだありますので、ゆっくりと召し上がってください」


「あーと」


 グナーさんは俺に軽くお辞儀をすると、姉ちゃん達にお代わりは如何ですかと聞きに回っている。

 エイル姉ちゃんはすぐに反応して、お代わりを頼んでいる。


 え……?

 俺……、まだ一掬しか食べていないのに……。


 戦闘の後なので、エイル姉ちゃんが食欲が旺盛なのは分かる。

 けれど、いくらなんでも早すぎだ〜〜!!


 だからエイル姉ちゃんに彼氏ができないんだよ。

 今は、色気よりも食い気だもんな〜〜。


 弟の俺としては心配。

 赤ちゃんの俺でも彼女いるのに……?


 え……?

 俺って、ウール王女を彼女にしている……。


 そう言えば、ここ一週間ほどウール王女から連絡が来ていない。

 今までは、毎日のように連絡して来ていたのに……。


 そう言えば、俺から連絡をした事が今まで無かった。

 も、もしかして、新しい彼氏ができたのかな……?


 それともヒミン王女から、トルムルは今忙しいので連絡しないようにと言われたのかな?

 気になる……。


 早く食べて、ウール王女に連絡してみよう。


 ◇


 食べ終わったので、早速ウール王女の方に意識を向ける。

 王女は城のバルコニーで遠くを眺めていた。


 その方角は俺が居る方角だ!

 ウール王女からは、とても寂しい感情が伝わって来る。


 やはり、ヒミン王女から連絡を控えるように言われていたみたい。

 早速俺さっそくおれは、ウール王女に命力絆ライフフォースボンドを使って言う。


『ウール、元気ですか?』


 突然、俺から言われたのでウール王女はビックリをしている。

 しかし、待ち焦がれていたようで、歓喜の感情が伝わってきた。


『トームル?

 わたちぃー、げんきー!

 トームルは?」


『僕も元気です。

 クラーケンを倒しました』


『クラーケー?

 たこ?


 まものー、クラーケ?

 トームル、たおちぃたー?』


 よかった、通じたよ。

 クラーケンの離乳食が美味しかったから、ウール王女に土産で持って帰りたいよな。


『そうです。

 お土産に持って帰ります』


『クラーケの、おみやげー?

 おいちぃの?』


『そう。

 とっても美味しいです』


『トームル、ちゅきー』


 おっと、久し振りにウール王女が俺のことを好きと言っているよ。

 嬉しいよね。


 ウール王女との会話を楽しんだあと、周りを見る。

 すると、姉ちゃん達とヒミン王女が微笑みながら俺を見ていた。


 ……?

 え、……?


 もしかして、俺がウール王女と会話しているのを察知したの?


「ウール王女に、お土産ができてよかったな」


 アトラ姉ちゃんがそう言う。

 何でそれが分かったんだろうか?


「あーと」


 俺はそう言うと、顔が赤くなるのを止められなかった。

 次回からは、1人の時にウール王女と連絡をしなければと、心に強く、とても強く誓った。

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