第60話 ヴァール姉ちゃん

 ゴクゴクゴク、ゴクゴクゴク。

 プゥワァ〜〜〜〜!


 う〜〜ん、生き返る〜〜。

 戦闘中のミルクが、こんなにも美味しいなんて!


 でも……、いつもと違って……、格段に美味しいミルクだよね。

 何でだろう……?


 待てよ!

 この味、どこかで飲んだ覚えが……。


 あーーーーーーーーーー!

 王妃様のぼ、母乳〜〜だぁ〜〜!


 嘘ぉ〜〜〜〜!

 マジで!


 それに……。

 俺のいる場所が危険なことも承知している筈。


 それでもウール王女に、母乳を持って行きなさいと言ったんだ。

 なんという心遣いなんだろう。


 普通、8ヶ月の娘を戦場に出さないよね。

 しかも、王女だよ。


 平民の俺に、ここまでしてくれるなんて!

 頑張るぞう〜〜。


 それにしても、ウール王女がハヤブサに変身したのは俺にとっては朗報。

 ウール王女の髪の毛ぐらいあれば、俺もハヤブサになれるってことだよね。


 あと、数ヶ月?

 いや……、半年かな?


 待ちきれないよ〜〜。


「トームル、たたうー」


 ウール王女がそう言って、俺を現実の世界に戻してくれた。


 そうだよね、今は戦闘中なんだから、頭の毛はあとで考えよう……。

 ようし、行くぞう〜〜。


 と思ったら、ウール王女が先に急上昇して行く。

 え、何でウール王女が上昇しているわけ?


 ま、まさか……?


 俺はウール王女に緊急連絡する。


『ウール、だめだ!

 戻って来るんだ!』


 強い制止の言葉を言っても、ウール王女からの返事がない。


 まずいよ、どうしよう……。

 あ、急降下した。


 1匹のワイバーンめがけて降下しているのが分かる。

 でも、死角から降下していないので、あれでは見つかってしまう。


 やばい!

 ワイバーンに見つかった。


 ワイバーンは首を上に向けた。

 ワイバーンの口から巨像鎌コロッサスサイスがウール王女にめがけて襲いかかる。


 俺はとっさに防御魔法を発動する。

 王女にワイバーンの攻撃が命中したと思ったら、俺の防御魔法が間一髪で間に合った……。


 盾は震えながらもワイバーンの攻撃に耐え、ウール王女は無傷だった。


 よかったよ〜〜〜〜〜〜。

 ウール王女が怪我したら大変だった。


 俺は、重力魔法でウール王女を強制的に城に移動させる。

 ウール王女が抵抗を試みていたけれど、俺の重力魔法の方が上だった。


 これが、ウール王女の方が上だったらと思うと……。

 そもそも、まだ8ヶ月なんだから戦闘できるはずないよな。


 ……?

 俺も……、8ヶ月だった……。


 お、俺は特別だよな。

 ……?


 とにかく、王妃様を探し出さないと。

 あ……、いた。


 心配顔でこちらを見ている。

 そして、ウール王女が近づくと、だんだんと怒った顔になっている。


 わぁー、怖そう。

 これは怒られるよ、ウール王女。


 想像したくないけれど、か・な・り、厳しく怒られるよ!

 でも、命に関わることだからね。


 ウール王女のことが逆に心配になってきた……。

 ウール王女を王妃様の所に届けると、俺は一目散に戦場に戻って行く。


 ウール王女が叱られるのを見たくありません!

 あの、超可愛いウール王女が泣いているのを見たくない……。


 俺の、心臓が早まっているのが分かる。

 それほど、俺はウール王女のことを心配しているのか?


 でも、今は戦闘中。

 気持ちを変えないと俺が今度はヤバくなる。


 ワイバーンが城に再び近付いて来ている。


 オシャブリを吸って精神統一。


 ようし、気持ちを入れ替えて。

 俺は急上昇を開始した。


 狙いを定めたワイバーンの死角から、急降下。


 初級の風魔法、鎌鼬かまいたち魔法力マジックパワーを使って発動する。

 中級の風魔法、死神鎌デスゴッドサイスになってワイバーンに襲いかかる。


 ワイバーンは皮膜が切り裂かれボロボロになって、なすすべもなく今回も落下していく。

 俺は再び急上昇して、別のワイバーンを同じようにして落としていった。



 何度も俺は繰り返して、やっと全てのワイバーンを叩き落とす。

 かなり時間がかかったけれど、これで戦いやすくなった筈だ。


 今度は地上にいるワイバーンめがけて、初級の爆発魔法、圧力爆発エクスプロージョンを、魔法力《マジックパワーを使って発動する。

 俺の初級魔法はワンランク上がるので、中級の高圧爆発ビッグエクスプロージョンになってワイバーンに襲いかかった。


 ワイバーンの鱗が剥がれ落ち、そこから大量の血が流れ落ちている。

 そして、苦痛で地面に倒れ魔石になって行く。


 戦っている人達が、驚愕の目で俺を見ている。

 エイル姉ちゃんと、ヒミン王女が手を振ってくれた。


 嬉しいよね。

 こうやって知っている人達が応援してくれて。


 時々、ワイバーンからの攻撃はあった。

 けれど、すぐに防御魔法を発動したので俺は怪我をすることはなかった。


 ドッゴォーーーーーーーーーーン!!


 この音は、アトラ姉ちゃんが超音波破壊剣ソニックウエーブディストラクションソードを再び使った音だ!

 ワイバーンが少なくなってきたので、掃討戦になりつつあった。


 ピンクダイアモンドから、魔法力を俺の体内に再び移動させた。

 そして俺はワイバーンめがけて、ハゲワシのごとく襲いかかって行った。


 ◇


「トルムル、起きてくれ!

 ヴァールが大変なんだ!」


 アトラ姉ちゃんの緊張した声で起こされる俺。


 ……?

 えーと、確かワイバーンとの戦いが終わったのは間違いない。


 疲れたので、窓から部屋に戻ってベッドに横になったら……。

 いつのまにか、俺は寝てしまっていたみたい。


 ワイバーンは全滅して、怪我人も今回は少なかった。

 城の被害もそんなにはひどくはない。


 え〜〜と……、アトラ姉ちゃん、さっき何て言った?


 ヴェール姉ちゃんが大変だってーーーーー!!


 俺は飛び上がって、アトラ姉ちゃんを見る。


「ヴァールが、戦闘中に食べた物の中に毒が入っていたらしい。

 治療師の人達がヴァールを診ているけれど、思わしくないんだ。


 シブも言っていたけれど、とても危険な状態で、いつ心臓が止まってもおかしくないそうだ。

 トルムル、頼む!


 命力絆ライフフォースボンドをヴァールにしてくれないか?

 このままだと、ヴァールが……」


 ヴァール姉ちゃんに、誰かかが毒を食べ物に混ぜたってことだよな。

 う〜〜、怒りが湧いてくる。


 予想通り、ヴァール姉ちゃんに嫉妬を抱いている人が居たんだ。

 しかも今夜、婚約披露宴があるから、その前に殺すつもりだったんだ。


 なんと卑怯な奴!!

 犯人を探して、それ相当の罰を受けてもらわないと気が収まらない!


 でも、犯人探しは後にして、ヴァール姉ちゃんを先に助けないと。

 姉ちゃんの命の方が大切だからな。


『もちろん行きます、アトラ姉さん!』


 俺は命絆力でそう言って、アトラ姉ちゃんの方に両腕を出した。

 アトラ姉ちゃんは俺を優しく抱いてくれて、急ぎ足でヴァール姉ちゃんの部屋まで連れて行ってくれる。


 部屋に入ると大勢の人達がヴァール姉ちゃんのベッドの周りにいた。

 アトラ姉ちゃんが言う。


「悪いけれど、治療師の人達は退出をお願いしたい。

 これ以上の治療は難しいんだよな」


 年老いた治療師の人が言う。


「はっきり申し上げて悪いが、手遅れなのは間違いない。

 あとは時間の問題だけで、心臓がいつ止まってもおかしくない状態だ。


 申し訳ないとは思うが、これ以上の治療ができない。

 我々の力不足で、妹さんを助けられないのは無念だ。


 これで失礼をする。

 最後の時間を、姉弟きょうだいで過ごされるのがよかろう」


 年老いた治療師の人は、深々と頭を下げて部屋から出て行った。

 治療師のシブ姉ちゃん以外の治療師達も、頭を下げ出て行った。


 残されたのは姉達と父ちゃん、そして若い男性が2人。

 それと王妃様にヒミン王女とウール王女がいる。


 え〜〜と、……?


 2人のどちらかが、ヴァール姉ちゃんの婚約者の人だよね。

 あとの1人は誰だろう?


「トルムル、こちらの人はヴァールの婚約者で、この国の第一皇子エイキンスキャルディ。

 私の横にいる方は、その〜〜」


 アトラ姉ちゃんの頬が赤くなっていく。

 あ、この人なんだ。


 アトラ姉ちゃんに、愛の告白をした王子は。


「この人は、エルラード国の第一王子ストゥルルング。

 えーと、家にいる時に話した王子だ」


 2人の王子は、俺に軽く会釈をした。

 ヴァール姉ちゃんの婚約者であるエイキンスキャルディは、心痛な面持ちだ!


「2人の王子には、ヴァールの命に関わるので、トルムルに関しての秘密をすでに言った。

 王妃様の許可も頂いている。


 トルムル、命力絆ライフフォースボンドをヴァールに頼む!」


 アトラ姉ちゃんが俺に頭を下げる。


 ちょっと待ってよ、姉ちゃんが頭を下げなくてもいいのに。

 緊急なので、俺は重力魔法を使ってヴァール姉ちゃんの近くに行く。


 フョ〜〜、フョ〜〜、フョ〜〜。


 それを見た2人の王子からは、小さな感嘆な声が漏れた。

 アトラ姉ちゃんから聞いていても、目の前で赤ちゃんが浮いているのは衝撃的だったみたい。


 2人の王子のことは後から考えるとして、ヴァール姉ちゃんだ!

 今回も、念入りにオシャブリを吸う俺。


 毒に対して、命力絆ライフフォースボンドが有効かどうかは分からない。

 けれど、今はヴァール姉ちゃんのことを考えて全力を出すだけだ!


 オシャブリを、さらに念入りに吸う。

 今まで以上に時間をかけた。


 俺は意識を集中して、ヴァール姉ちゃんの体を活性化させるイメージを手の中で作る。

 俺の寿命を、少し分けるのも忘れずに追加する。


 手の中でイメージができあがったので、魔法力マジックパワーを使って魔法を発動する。

 俺の手の中から、キラキラ光り輝く命の水みたいな透明なものが溢れ出した。


 そして、ヴァール姉ちゃんの体に静かに入っていった。


 フゥーー。


 これでいいはずだけれど、今回はどうなるかわからない。

 ヴァール姉ちゃんの手を取って脈を診る。


 心拍が異常に遅い!

 今にも、心臓が止まりそうだ!


 ヴァール姉ちゃん、頼むから目を開けてよ。

 竜巻でワイバーンを飛ばした時に見せてくれた笑顔、もう一度見たいんだよ俺。


 優しく俺に子守唄を歌ってくれた優しい姉ちゃん。

 一週間も一緒に暮らしたことないのに、このまま死んじゃ嫌だ〜〜!


 身内が亡くなるのは、母ちゃんだけで十分だ!

 もうこれ以上亡くなるのを見たくはない。


 それに……、ヴァール姉ちゃん……、婚約したばかりなのに……。

 素晴らしい人生がこれから始まろうとしているのに……。


 それに……。

 伝説の魔弓まきゅう真空弓バキュイティボーを俺は姉ちゃんにプレゼントしたいんだ。


 戦闘中に、この魔弓の作り方が分かったんだ。

 ワイバーンの魔石もあるし、付与の仕方も理解した。


 あとは作るだけで、真空弓バキュイティボーを姉ちゃんに使ってほしい。

 お願いだから……、お願いだから目を開けてよ〜〜!!



 ヴァール姉ちゃんの手首を握っていた俺。

 少し……、指の筋が動いた気が……?


 指を見ると、中指が少し動いている。

 もう一度脈を診た。


 さっきよりは、はるかに脈拍が早くなっている。

 俺の心臓よりも、少しだけ遅いぐらいだ。


 これは、もしかして……。


 ヴァール姉ちゃんの眼球が動いているのが分かる。

 瞼を開けようとしている。


 少しづつ瞼が開いて、辺りを見回している。


 どうして私の周りに、人が大勢居るのか不思議がって見回している。

 俺は思わず、柔らかな姉ちゃんの胸に抱きついた……。


「トルムル、どうして泣いているの?

 それに……、ワイバーンとの戦いは終わったの?


 え……?


 私の体……、五感が敏感になっている!

 下の階で、話している声が聞こえるわ!」


 部屋では大きな歓声が上がって、姉妹達はお互いに抱き合っている。


「ヴァールが毒で死ぬところを、命力絆ライフフォースボンドをトルムルがして救ってくれたんだよ」


 アトラ姉ちゃんが涙を流しながら言う。

 そして……。


「これから、犯人探しだよ!!」


 アトラ姉ちゃんの目が鋭くなっていき、魔物を追い詰める目になって行く。

 魔法を跳ね返す闘気が最大になり、アトラ姉ちゃんは怒りに燃えていた。


 俺も怒りに燃え、何としてでも犯人を捕まえたいと心に誓ったのだった。

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