第21話 高価な離乳食

 ギガコウモリが現れた翌日から、父ちゃんの店は忙しくなった。


 城が攻撃されたのは400年ぶりで、人々は魔物が再び襲ってくるのを恐れていた。

 そのため、中級の防御魔法を付与した魔石を彼等は欲している。


 上級の防御魔法は高価だし、そもそも魔石が少ない。

 値段が少し高いけれど、中級の防御魔法に需要が集中している。


 俺が考え出した方法で、ゴブリンの魔石に中級の防御魔法が付与できる。

 ゴブリンの魔石は、まだまだ沢山あった。


 お客さんが帰るので、父ちゃんは言う。


「どうも、ありがとうございました」


「本当にこの値段でいいのですか?

 助かります、ありがとうございました」


 お客さんが笑顔でお礼を言って店を出る。

 どのお客さんも、笑顔になるには訳があった。


 父ちゃんが、大幅な値引きをしたのだ。


 町の人々の役に立ちたいと、父ちゃんは思っている。

 もちろん俺もそうだ。


 ケガをした人達を城で大勢見たので、俺も心底そう思っている。

 あんな光景を見るのは二度とごめんだ。


 もちろん利益も取っているので、売り上げがうなぎ登り。

 ゴブリンの魔石なので元手が掛かっていない。


 それに、初級防御魔法だったら、俺はかなりの数を魔石に付与できるからだった。


「トルムルは疲れないかい?

 朝から、かなりの数をこなしているけれど?」


 スキルの付与に関しては問題なかった。

 しかし……、お腹が空いてきた。


「マーマ」


 ごはん、と言うつもりがマーマになってしまった。


「マーマ……?

 えーと、確かそれはごはんという意味だったような……。


 そうだよ、思い出した。

 お姉さん達がその言葉を言っていたのを。


 まってくれよ〜、ミルクと離乳食を持って来るからね」


 マーマで、ごはんになるんだ。

 言える単語数が増えているので素直に嬉しい。


 それに、ミルクの他に離乳食も加わって食べる種類が増えている。

 父ちゃんとエイル姉ちゃんが、丹精込めて作ってくれる離乳食。


 種類も日増しに増えて、食べる楽しみが増えてきた。


「お待ちどうさま、トルムル。

 今日は、特別美味しい離乳食を作ってきたからね」


 ミルクの横には、乳白色の離乳食を父ちゃんが置く。

 離乳食からは、何とも言えないような良い香りがしてきている。


 今までにない香りに、期待が上がる。

 小さな木製のスプーンで一口啜った。


 お、美味しい。

 なんという美味しさだ!


 特別美味しい離乳食だと父ちゃんが言った意味が分かる。

 今までの離乳食とは段違いなので、思わず父ちゃんを見た。


「その顔からすると、トルムルはこれを気に入ってくれたみたいだね。

 苦労して作った甲斐があったよ。


 父さんの分もあるから、一緒に食べよう」


 俺は、感動した!

 二重の意味で感動した。


 父ちゃんが、俺のために苦労して美味しい離乳食を作ってくれた。

 そして、父ちゃんと始めて同じ食事をしている……。


 嬉しくなって、小さな木のお椀に入っていた離乳食を夢中で食べる。


 あっという間に食べ終わって、もうないのという感じで空のお椀を見た。


「トルムルは、食べるのが早いね。

 でも、もうあげられないんだよ。


 離乳食を始めてまだ日にちが経っていないので、ミルクと併用しなくてはいけないんだ」


 それは何となく分かる。

 まだ赤ちゃんだから、主食はあくまでもミルクになる。


 お腹がまだ空いていたので、横にあったミルクを飲み始める。


 ミルクを飲み終えても、さっき食べた離乳食が欲しい。

 もう一度食べたいな〜〜、と強く思う。


 父ちゃんも食べ終えて、後片付けのために立ち上がった。


「あ、そうだ。

 この離乳食の材料を言っていなかったね。


 これはミルキーモスラという蛾の幼虫で、とても美味しいので高価な値段で取引されているんだよ。


 ギガコウモリが現れて以来、店の売り上げが増えた。

 だから、たまには贅沢もいいかなと思ってね。


 まだあるから、晩ご飯の離乳食も同じものになるので楽しみにしてよ、トルムル」


 そう言う父ちゃんは、後付けをして台所に行った。


 父ちゃんが去っても、俺は身動きが取れなかった。

 思考と体が完全に止まってしまった……。


 あ、あれが、蛾の幼虫……?

 あまりにも美味しかったので、もっと欲しいと思うほどだった。


 は、吐き気がしてきた。

 吐きそうだ。


 吐いてしまおうか?


 しか〜〜し、せっかく父ちゃんが丹精込めて作ってくれた離乳食を吐くわけにはいかない。

 でも、でも、でも……。


 父ちゃんが、食後の後片付けを終えて帰って来た。


「どうしたんだいトルムル。

 気分が悪そうに見えるけれど。


 も、もしかして、離乳食をあげすぎて、吐きそうになっている……?」


 父ちゃんが『吐きそうになっている』と言った途端に、吐き気が止まらなくなって……。


 ドッ、ピューーーーーー。


 吐いてしまった。


「トルムルが吐いた。

 た、大変だ〜〜!」


 それから父ちゃんは、俺が吐いた後片付けに追われた。


 父ちゃん、ごめんね。

 高い食材で、丹精込めて作ってくれた離乳食を吐いて。


 この世界で、俺の嫌いな食べ物が分かった日になった……。

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