第20話 同じ誕生日の王女

 ヒミン王女に連れられて入った部屋は、とても暖かかった。


 大きな暖炉には薪が盛んに燃えている。

 立派なベッドには、赤ちゃんが寝かされていた。


 ベッドの周りには、王妃様と数名の人達が心痛な面持ちで赤ちゃんを見つめていた。


 ヒミン王女は王妃様と話し始める。

 数名の人達は部屋から退出をした。


 時折王妃様は俺を見て、驚きの目を向けていた。


 突然ドアが開いて、人が入って来た。

 そして、王妃様の所に行って何かを報告をして退出した。


 その報告に対して、ヒミンが何かを加えて話しているのが分かった。

 たぶん、先ほどの広域治癒魔法ゴールデンパウダーだ。


 その報告を聞いて、王妃様はこちらに歩き出して来た。

 美人の王妃様で、気品溢れる動きに目を奪われる。


「皆さん、お早うございます。

 この度は私の娘、ウールヴルーンの為に来た頂いて嬉しく思っています。


 ヒミングレーヴァの話によりますと、下の階で治療をしている大部屋で、広域治癒魔法ゴールデンパウダーをトルムルちゃんが使ったのは本当でしょうか?」


 父ちゃんは王妃様に儀礼的な挨拶を終わると、興奮しながら言う。


「間違いのない事実で、親の私もびっくりをしました。

 それと、トルムルが倒しましたギガコウモリの魔石を持って来ました。

 脅威が無くなったのを、お伝えしたくて」


 王妃様は魔石を見ると、右手で口を押さえて目を大きく開けていく。

 そして、俺を見つめたままで身動きができないようだった。


「お母様、それとトルムルちゃんはゴブリンの魔石に中級の魔法付与を私に教えてくれました。

 見かけは赤ちゃんなのですが、内に秘めたものは計り知れない能力を持っているのは既に証明されていると思うのです。


 ですから、ウールの治療をトルムルちゃんに任せてもいいと思うのです」


 王妃様はしばらく考えていた。



 それはそうだよね。

 大事な娘の命を、半年しか生きていない俺に託すわけないよ。




 王妃様は決意をした表情になって、俺を見つめる。

 見つめる眼差しは、真剣そのもの。


「トルムルちゃんが私の常識を遥かに上回っていたので、思考が止まっていました。

 醜態をお見せして、本当に申し訳ありませんでした」


 王妃様は俺に対して頭を下げた。


「ヒミンの言う通り、トルムルちゃんにウールの治療を任せたいと思います。

 トルムルちゃん、よろしくお願いします」


 王妃様は、俺に深く頭を俺に下げる。


 王様は数年前に魔物との戦いで命を落としている。

 この国の最高権力者は、王妃様だと母ちゃんが言っていた。


 その人が頭を下げてきた。

 ここでやらなければ、男ではない!


「バブゥー!」


 気合を入れてそう言うと、俺は右手を上げる。


「トルムルは、こちらこそよろしくお願いします、と言っています」


 エイル姉ちゃんが通訳をしてくれた。

 まさに、俺が言いたかった文句だ!



 ここには俺の家族とヒミン王女、王妃様、そしてウールバルーン王女しかいないので重力魔法を使うことにした。


 フヨ〜〜、フヨ〜〜、フヨ〜〜。


 空中に浮いている方が自由に動ける。

 王妃様の方を見ると、再び驚いた顔になっていた。


 赤ちゃんが寝ているベッドに近付いて行くと、そこには人形のようなウール王女が眠っていた。

 顔色が悪く、明らかに血が足らないのが分かる。


 突然、俺の心臓が早くなりだした。

 な、なんで俺の心臓が早くなるの……。


 まるで、一目惚れしたような感覚に襲われている。

 ちょっと待てよ俺……。


 この子に一目惚れ……?

 この子はまだ赤ちゃんだよ!


 え〜〜と、俺も赤ちゃんなのを忘れていた。

 でも、それってマジで……。


 と、とりあえず、さっきまで考えていた治療を開始しなくては。

 そ、そ、そ、それから考えても遅くはないよな。



 俺は意識を集中して、ウール王女の体を活性化させるイメージを手の中で作る。

 俺の寿命を、少し分けてもいいと思った。


 手の中でイメージができあがったので魔法を発動した。

 俺の手の中から、キラキラ光り輝く命の水みたいな透明なものが溢れ出した。


 そして、ウール王女の体の中に静かに入っていった。


 ふ〜〜。

 第一段階は終了した。


 今度は生理食塩水だ。


 手の中に生理食塩水のイメージを作り出す。

 腕に付着して、水滴が落ちるような量で体内に入って行くイメージも追加する。


 イメージが完了したので慎重に魔法を発動した。


 手から生理食塩水が生み出されて、ウール王女の腕に付着した。


 ここまでは予定通りに終わった。

 しかし、ここからが本番。


 ウール王女の容態を、注意深く観察しなければならない。


 わずかな変化も見逃すわけにはいかなかった。

 この子の命がかかっている。


 それに、この子が亡くなれば、俺が殺したような感覚が一生つきまとうだろう。


 食い入るように観察を続けた。


 しばらくしても、変化は全くなかった。


 もしかして……、失敗したのか?




 そのまま観察を辛抱強く続けると、少しの変化が見られた。

 顔色が、……少しだけ改善したのが分かった。


 でも、まだ気を緩めてはいけないと自分に言い聞かせる。


 少し経ってから、ウール王女の眼球が動くのが分かった。

 明らかに快方に向かっている。


 手足が少し動いた。


 そして、そしてついに、愛らしい瞼がゆっくりと開いていく。


 誰かを探しているみたいで、周りをみている。

 その人は明らかに王妃様だ!


 俺は王妃様の方を向くと、大きな声で呼んだ。


「バブブブブブーーーーー!」


 手を上げて、治療が完了したことを告げた。

 王妃様は俺の言っている意味が分かったのか、駆け寄って来てウール王女を抱き上げた。


 王妃様の目からは大粒の涙が出ている。


「バブゥ、バブゥ」


 ウール王女は声を出し始めて、その愛らしい顔でお母さんを見つめている。

 お腹が空いたのか、泣きだした。


 王妃様はウール王女にオッパイをあげ始めた。

 俺の前で、音が出るほどいきよいよく飲んでいる。


 もうこれで大丈夫だ。

 オッパイをあげ終わると、王妃様はウール王女をヒミン王女に手渡した。


「トルムルちゃん、本当にありがとう。

 これは、ささやかなお礼です」


 そう言って王妃様は俺を抱くと、オッパイを俺に飲ませてくれる。


 突然のことで、口にオッパイが入ると自然に俺は吸っている。


 チュバ、チュバ、チュバ。


 そういえば、お腹がすごく減っている。

 それに……、母乳は凄く美味しい!


 頬を、一滴の涙が流れたのに俺は気が付いた。

 俺……、もしかして泣いている?


 俺は……、少しだけウール王女が羨ましかった。

 亡くなった母ちゃんを、俺は再び思い出していたからだった。

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