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今年に入ってから何もいい事ない気がしてウンザリしていた2月の冷ややかな雨が降るある日の事。
あの女のお陰ですっかりボロ雑巾のように病んでしまった娘の誕生日に、娘がハマりにハマっているタカラトミーのあのアニメのアーケードゲームをやりたいと言うのでゲームセンターに行った、4人で。あれ、人数おかしいな?
そうつまり、あの女も一緒に行ったわけなのだけれど。相変わらず娘のパパである私の伴侶は娘に対する配慮が足りないよと、イヤミを言った。声に出さずに。
半ば諦め半分にスロットマシンで遊んでいた私の所に、伴侶がそっと耳打ちして来た。
「となりのカラオケボックスに行こう」ナルホド私があの女がオマケに付いて来てるから機嫌を損ねてるとでも判断したのかしら。
「娘とあの女ちゃんに気付かれないように来て」私の伴侶はあの女をちゃん付けで呼んでいる。腹立たしい事この上なし、本当いい加減にやめてください。
それでも惚れた弱味という欠点が私には装備されているので、伴侶の言う通りにそっとゲーセンを抜け出してカラオケボックスの前で待っていた愛する伴侶の元へ走った。
そのままふたりでひとつの部屋へ入って、さて何を歌おうかとデンモクで曲を探していた私に、伴侶は思いもしなかった話しをカミングアウトしてきた。
「俺、この間気を失って倒れただろ?その後脳外科で診察したけどさ、脳の中に何かあるって言われたんだ……」脳の中にあるのは私?それともあの女?なんてツッコミ入れる余裕がある筈もなく、その言葉を聞いた瞬間に私の涙腺は崩壊の一途を辿っていた。
「そんな大事な事、どうして黙ってたの?」聞かなくても分かってる。私が泣いて心配するから。でもねそれがもし反対の立場だったらどう?私が嫌がっても病院に連れていくでしょ?だったらどうして教えてくれなかったの?時々アタマ痛そうにしてたのは気付いてたのよ隠してたのかも知れないけれど。
でもこの間気絶した時豪快な倒れ方してたから、後頭部にタンコブ出来てたしそのせいかと思ってたの。間抜けな話しよね。したたかに後頭部強打したんだったら、外傷性くも膜下出血も有り得る事だったんだわ。気付かなかったのは私の落ち度でしかないのよ。ごめんなさい。
「大学病院に再検査に行かなきゃならないんだ」
もちろん行ってください。家族の為に、そして私の為にもよ。半泣きの状態で懇願した。私が泣いて心配するのが嫌ならちゃんと検査してください。お願いします。
なんかもう悠長にカラオケやってる余裕ないんだけど。そう思っていたら娘から着信が入った。どうやらゲームは終了してこっちに来るらしい。無論、あの女ももれなく付いてくる。嗚呼、イヤだ。
この日のあの女の様子は奇怪なものだった。やたらにテンションが高く奇声を発しながら不響和音な笑い声を高らかに上げる。そして鬱陶しいほど動く、喋る。くねくねと身体を海月(クラゲ)のように動かしていた。益々怪しさが倍増する。誘っているの?でもそれはムリだわその男はアナタみたいなバカ女は大嫌いなのよ。本当に、バカで、カス。
とりあえず伴侶の病気の話しなんてあの女には聞かれたくないので私も何か歌おうかな、せっかくカラオケボックスにいるんだし、と曲を探して研ナオコの『かもめはかもめ』を歌ったら、何だか歌詞が今の自分を歌ってる気がして泣けてきた。
娘は今ハマっている米津玄師のlemonを歌っていたけど、迷惑千万なあの女がさも私は歌が上手いのよと言いたげに、娘が歌ってるとなり耳元で音程狂った歌を可愛子ぶりっ子宜しくデカい声で歌ってる。
人の迷惑をここまで考えない人物って、過去を遡っても該当者はあの女含めて三人かな、私の記憶が間違ってなければ、だけれど。
それにしてもめでたい脳ミソを持ってるね、あ、そうね薬物乱用で脳ミソ溶けちゃってるんだったっけ。それじゃあヒトの言葉を解さないのも当たり前なのかな。
カラオケで散々ストレス解消した筈なのに、娘はあの女の迷惑な行動のお陰で余計にストレスが溜まってしまったようだ。
いい加減私は明日も仕事があるし、そろそろお風呂に入って寝なきゃならないのだけれど、あの女の聞きたくもない話しがダラダラと続いている。でもさっきから同じ話しを繰り返してるのよ壊れたCDみたいに。
しかも金魚のフンじゃあるまいし、なんで私のあとを追いかけてまで話してるのかしら?全く興味ないんですけどアナタの話しなんて。
今度は私の伴侶のあとをくっ付いてまたベラベラと脈絡のない纏まらない話しをしていた。かなりムカつく光景なんですけど。
嗚呼、もういいや。放っておいて私は寝ます。居候がいつまでもいるからうちの家計大変なのよ。
朝起きて最初に目にした光景を、私は生涯忘れる事が出来ないだろう、あの女への憎しみと共に。
何故?私の伴侶の部屋にあの女が一緒にいるの?冗談じゃ済まされないですが?
悔しさと悲しさで目の前が滲んで見えなくて、そのまま泣きながら家を飛び出した。そしてLINEで伴侶に送ったもう帰らない、と。
慌てたように伴侶から電話が来た。なにもしてない誤解だと。
そうじゃないでしょう?私の言いたい事は。あの女と顔を合わせたら私は多分、殺人者になる。だからあの女を追い出すか、私が出て行くか、もう二者択一しかないのだと言っているのにまだ、煮え切らないなまくら返事しか出せないのなら、何も話す事なんてないのよ。
そんなLINEでのやり取りをあの女は全部見ていて、私に電話を掛けてきて、よりにもよって私にケンカを売ってきたわ。勿論買いました、最安値で。
馬鹿につける薬はない。本当にそうなんだわ遭遇しました本物の馬鹿、っていう生き物に。珍しいから動物園にでも展示したらいいのに。きっとたくさんの人が見に来てくれるんじゃないかしら?ほら、あれが馬鹿だよって、ね。
とにかく私とあの女は怒鳴り合いの喧嘩、という最悪のシナリオに発展しました。さて、結末はどうなりますか?勿論この家に居候していられる筈はないですね。
ここまでやって漸くあの女という不純物を排除する事に成功したわけです。多分私の伴侶にはこの結末は見えていたのだと思っています。私がいずれ追い出すであろうと。そうすれば自分は悪者にはならずに済む訳ですからね。
私の伴侶はそういう男です。
そして平気でウソをつく、そう、あの女と私の伴侶は未だに連絡を取り合っているのです。
じゃあそろそろ私も反撃に出ることにしましょうかね。このまま黙って過ごす筈がないでしょう?
どうやって奈落に突き落とそうか、考えるのもまた一興、なので。
私を騙していた伴侶に少しは痛みを感じてもらおうかな。いつまでも気付かない妻の仮面は被っていられなくてよ。
私を甘く見たら大変な事になるって叩き込んであげる。地獄で後悔しなさい。
[完]
神崎真紅
あの女 神崎真紅©️ @blackspot163
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