第27話 最初で最後のデート

 自分が幼少期に公園でイジメを受けていた少女を助けたのがまさか義妹だったなんて、衝撃的なことで小泉浩太こいずみこうたの口は小刻みに震え上がる。

 今までおかしな蓮季はすきの言動や、紀香の言動もこれで納得がいく。


「でもどうして今更俺に?」

「わたしお兄ちゃんに好きと告白するときまで言わないようにしてきたの」

「ちょっ、えっ! 待て、それってつまり……」


 浩太の脳みそが乱れ狂っているとき、蓮季は意を決した表情に変わる。


「うん。今喋ることはわたしの兄としてじゃなく、わたしを助けてくれて、わたしの生き方を変えてくれた人に伝えたいの」


 蓮季の出る言葉に浩太は固唾かたずみ会話を続けて訊く。


「浩太さん、好きです付き合ってください」


 声を震わせながら、蓮季は頭を下げる。

 昔から酷いイジメを受けていた蓮季を助けてくれた思い人。今は運命的な出会いをし今は義理の兄へとなった。だが彼女は兄として接したくない一人の恋人として浩太と共に暮らしたい。

 彼女は必死で自分の思いを口にした、勇気を振り絞って。

 大好きだった人に告白するんだ、誰だって緊張する。好きな人に告白するとなったら、声が震えるに決まっている。勇気を振り絞って告白した蓮季にちゃんと浩太も答えないといけない。


「蓮季。俺もおまえに伝えないといけない事があるんだ。実はな俺……」

「――ごめん。やっぱりいいや、聞きたくない」


 浩太の言う事を察知したのか蓮季は発言の拒否し、顔を上げで笑みを浮かべる。その笑みは無理して作っていると感じた。

 だが、今ここで浩太は気持ちを伝えたくなければ今後蓮季はずっと自分に片思いをし続けてしまったら申し訳無いという罪悪感が強くなる。


「ダメだ! これはおまえのためでもあるんだ。だから俺の話をちゃんと聞いてくれ!」


 必死に伝えたい気持ちを蓮季にぶつけると笑みを浮かべた表情が寂しい表情に変わり浩太の胸に見えない刃物が突き刺さる感じがした。無理もないこんな可愛らしい妹がこんな表情に去るのは兄としてとても辛い。

 

「……わかった」


 今も泣きそうな表情で蓮季は肯定し、浩太は重たそうに口を開け喋りだす。


「俺、涼音すずねちゃんと交際する事になったんだ。だからおまえの気持ちには応えられないんだ。ごめんな」


 顔を上げていた蓮季は俯きながら、涙を一粒一粒こぼし落とす。浩太は心身が痛む。


「いつから、二人は付き合っていたの……」


 声を滲ませながら蓮季は問う。

 浩太は言いづらそうに重い口を開く。


「涼音ちゃんが俺の住んでるアパートに訪れたときのことは覚えているよな?」


 蓮季は首を縦に振る。


「あのとき蓮季が部屋から飛びだした後に、告白してきたんだ。最初は悩んだんだけど、俺も涼音ちゃんの事は嫌いではなかったから告白を受け入れる事にしたんだよ」


 蓮季に告げる浩太は心臓を切り裂くような痛みを感じていた。


「もし兄妹ではなく、わたしのほうが早く告白していたら、お兄ちゃんはわたしを選んでくれてた?」


 蓮季は恐る恐る口に出す。


「……ああ。おまえの告白を受け入れていたよ」


 その言葉を聞いた途端。勢いよく蓮季は病室から出ようとしたので、浩太はすかさず呼び止める。


「どこに行くんだ!?」


 すると蓮季の口から恐ろしい一言を口にした。


「お母さんに頼んでお父さんと別れるよう、お願いするの!」


(こいつ……)


 怒りをこみ上げてくる気持ちに我慢できず、浩太は動けない身体を無理に動かし、足を引きずりながら蓮季の所まで歩いていく。


「蓮季!」


 静寂せいじゃくな病室を切り裂くような響き渡る平手打ちを蓮季に放つ。

 あまりの衝撃に、何をされたのかわからずにいる蓮季に浩太が説教をする。

 二人の幸せを切り壊すような事を浩太は許さない。


「自分の身勝手な行動で母さんや親父を傷つけるな! 母さんに別れてくれと自分の実の娘に言われたらどんな気持ちになると思うんだ! 今は俺の母さんでもあるんだもし母さんや父さんを傷つける事をしたら可愛い義妹でもおれは容赦しない」


 あまりにも自己中心的な発言をする蓮季に我慢ができなかった浩太は力強く歯噛みする。


「やっと、思いを寄せていた男性に会ったのに……こんなの残酷だよ。わたしはやだよ、こんな結果……」


 身体が崩れ落ち、心から悲しんで泣き叫ぶ蓮季の肩をそっと手を乗せて、優しく言葉を返す。

 無理に動いてるせいで全身に痛みが走る。しかし今の蓮季の心の痛みの方が何十倍もの痛みはある。

 

「おまえの気持ちはわかる。だけど両親を無理に別れさせてまで、おまえと付き合う気はない。だから俺を異性として恋を抱くのは諦めてくれ」


 少しきつい言い方で蓮季に責める。


「わたしはそれでも、お兄ちゃんと付き合いたい! せっかく運命的な出会いをしたのに、神様まで私をいじめるの! わたしもう……」


 とても危険な行動をするんじゃないかと思った浩太は必死に蓮季の腕を力強く掴み彼女の瞳を強く見つめる。


「おまえ変な事考えているよな。いいか何度も言うけど両親を悲しませる事はするなよ」

「だってお兄ちゃんと付き合うことが不可能なら私は生きていても意味がないもん」

 捕まれている腕を振りほどこうとするが浩太は激痛に耐えながら蓮季の腕を放さない。

 包帯が巻かれている右側の脇腹から赤い血液が滲んでいる。

 手術したところの傷口が開きだした。

 それを目にした蓮季は目を見開いて悲鳴を上げる。


「お兄ちゃん傷口がっ! 私のせいで……ごめんなさい!」


 罪悪感の重りが蓮季の心を深くのしかかり悲観する。


「こんなの大した事はない。蓮季をここまで追い詰めた俺が悪いんだ。気にするな」

「うん……」


 泣いている蓮季の頭を浩太は優しく撫でる。

 

「親父から聞いたぞ。蓮季の父親も蓮季が小学生のときに病気で亡くなったって、母さんは女手一つで育ててくれたんだってな。それがどんなに辛く苦しいことか蓮季おまえは理解できるか?」

「……わたしだって、悲しませたくない、だけど……」

「俺の親父も母さんが死んでから、寂しさを忘れるために、がむしゃらに仕事をしてたんだ。今の母さんと再婚してからは、昔みたいに元気な親父に戻ってくれて俺はうれしかった。だからもう、親父を悲しませる事はしたくない」


 蓮季の頭をやさしく触る。


「世界一の愛し合えるカップルよりも、世界一の仲のいい兄妹でもいいんじゃないか?」


 震える蓮季の身体を両手で包み込みながら抱きしめる。


「……わかった。その代わりわたしからの最後のお願いを聞いてほしいの?」

「いいぞ」


 涙で濡れている顔を蓮季は上げ、

「退院したら、デートして欲しいの。あなたの妹である小泉蓮季ではなく、あなたの事が好きだった安達蓮季あだちはすきとして」

 と初恋の男性である兄に最後のお願いを頼む。


「わかった。そのときだけ一日限定のカップルになろう」

「約束だよ。嘘ついたら許さないんだから」


 涙を手で拭い蓮季は目を赤く腫らしてにっこりと笑う。


 そして浩太と蓮季の最初で最後のデートが始まる。

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