第26話 妹の過去
鎮痛剤の効果が切れてるみたいで体中に痛みがある。
今日は土曜日なので、幼馴染みの
ここ最近学校を行く前や帰りに毎日病院に寄ってペットのように甘えてくる。その度、義母の
☆
昼食の時間になり、ナースがトレイに入った料理をオーバーテーブルの上に置き、浩太は左手で食べずらそうに食事を始めた。いつも早食いをする浩太は利き腕が負傷のため食事に時間が掛かり入院中は胃に負担が掛からないほどのペースで食事をしている。
食事が終わり一息つくと病室の扉ががらりと開き、私服姿の海斗と涼音が入ってきた。
「ずいぶんひどい有様だな……」
海斗はケンカでの重傷で入院している浩太の珍しい状態を見て苦笑する。
「腕折れたり、ヒビが入っていたりなどもう散々だよ。――あっ、それとこの前は迷惑かけてすまなかったな」
「ほんとだぞ。あれから浩太が救急車で搬送された後、警察の事情聴取を二時間かかり――オマケに両親には大目玉食らったしな。何かで埋め合わせしてくれよ」
「退院したらな」
海斗と会話をしていると肩を露出した黒のオフショルダーを着た涼音が浩太を見て心配そうな眼差しをおくる。
「バカ兄貴から聞いたよ。浩太お兄ちゃんケガの具合どうなの? わたしにできる事があったら、遠慮しないで言ってね」
眉を八の字にさせ、涼音は不安な表情をみせる。
「気遣いありがとう。でも何でもないから大丈夫だよ」
不安がる涼音ちゃんに優しい口調で話して心配を取り除く。
「早くよくなるといいね」
笑みを浮かべる涼音ちゃん。
「なあ、涼音。おまえいつから浩太の事、お兄ちゃんと呼ぶようになったんだ?」
「…………」
お互い頬赤くし、しばらく静寂に包まれた。
(とてもじゃないけど言えない。あの日の事を)
鈴音が初めて浩太の住むアパートに訪れた日の事を思い出す。
「兄貴には関係ないでしょ!」
浩太より先に涼音が喋りだした。
「関係なくはないだろう。――まさか、おまえたち俺のいない間にイチャイチャしていたな? 隅に置けないなおまえたち」
海斗はニヤニヤと口元に笑いを浮かべる。
「イチャイチャなんてしてない!」
海斗のいやらしい表情を見た鈴音はブヂ切れ頭から湯気が出るといわんばかりに顔を真っ赤にして怒声を上げる。
「じゃチューしたか?」
「するかっ!」
マジ、こいつウゼー、と心の中で心底思う浩太。
「バカ兄貴! ――いい加減にしろ!」
おちょくられた涼音は眉間に青筋を浮かばせ、海斗の顔面に鋼鉄のパンチをお見舞い。
「何するんだよ涼音!」
頬に手を当て痛みを耐える海斗にもう一発パンチをお見舞いし、海斗はそのまま力尽き床へ倒れ込む。それを見た浩太は思わずナースコール押してしまいそうになった。
「しつこいんだよバカ兄貴がっ!」
倒れている海斗の背中を何度も足で踏みつける姿に浩太は驚き、目をきょとんとしてしまう。
海斗の顔面が変形しそうになるところで、さすがに浩太は止めに入る。
「あの~、えっと、さすがにやり過ぎじゃないかな、鈴音ちゃん」
恐る恐る丁寧に鈴音の怒りが触れない程度に囁くと、ハッと和連に返った鈴音は素早く手を溜める。
「えっ……わっ! わたしったら、どうしてこんな事を! 勘違いしないで浩太お兄ちゃん。いつものわたしは、こんな暴力的な事しないから!」
「そっそうなんだ……」
両手で慌てたようにパタパタと振り誤解だと言うが、床に気を失って倒れている海斗を見て浩太は苦笑いしかできない。
浩太の目線の先が気を失っている海斗に向けていると気がつくと咄嗟に兄のほうへと駆け寄る。
慌てて気を失った海斗の胸座を掴んだ涼音は、顔面に往復ビンタを食らわせ、海斗は命を吹き返す。病室で新たにケガ人を出さなくて浩太は心の底から安心。
「あっ! そうだこれ浩太お兄ちゃんにケーキ買ってきたの三人で食べよ」
そそくさとオーバーテーブル上にケーキの入った箱を置き、箱の中身を開けた。
ふわふわした柔らかそうなスポンジの上に雪のような白いホイップクリームを塗られ、かわいいイチゴを乗せてるショートケーキを三つ涼音が取り出した。
「おっ! 旨そうだな」
あまりにも美味しそうなショートケーキなので、ついつい口から唾液が流れ落ちそうになる。
「いただきます」と返事をしてスプーンを取り、ケーキをすくおうとするが上手くすくえない。
「そっか、浩太怪我して右手使えないんだったな。なあ涼音、浩太に食べさせてやれよ」
「――えっ!」
涼音の頬が目の前にあるショートケーキのイチゴのような色合いに染まる。
「しょうがないよね。利き腕を怪我してるんだし、わたしが食べさせてあげるよ」
涼音はスプーンでケーキの端をすくい浩太の口に近づけていく。
生まれて初めて、年の近い女性に食べさせてもらうんで、浩太は顔に恥じらいの色が溢れる。
涼音が近くに寄ってくるたびに心臓の鼓動が高まりだす。
口を震えながら大きく開け、鈴音が握るスプーンに載せたケーキを口に入れようとしたときだった。
〈ちょっと待ったー!!〉
迷惑きまわりない大声をあげ、涼音からスプーンを奪い取る。
「やっぱり来ると思った……」
浩太はため息を吐きながら声を漏らす。
そこにいたのは奪ったスプーンを強く握りしめ、憤然とした面持ちの蓮季が現れた。
「何するのよ! 今は浩太お兄ちゃんにケーキを食べさせたあげようと思ったのに、邪魔しないでよ!」
蓮季の持っているスプーンを鈴音は奪い返そうとする。
「今日は来るなと言ったはずだが」
ため息交じりに浩太は言うと、蓮季は頬を膨らませ反論する。
「海斗さんに『今涼音がお見舞いに来てるから、お兄ちゃんを取られるかもしれないよ』ってメールが送られてきたから、いても立ってもいられなく急いで自宅から飛びだしてきたの!」
「海斗テメェッ!」
隣でお腹を抱えて身もだえる海斗の姿に浩太は怒りを覚える。
「だってよ。修羅場になるかもしれないと思って面白そうだったから」
(ていうかこいつ、いつの間に蓮季とスマホのアドレス交換したんだ!?)
海斗が腹を抱えて笑っているそばで、涼音は怒りのオーラを解き放つ。
「おまえの仕業か、このバカ兄貴!」
燃え上がるような怒りの涼音に海斗は恐怖のあまり顔を青ざめた。
「兄に暴力を振るおうとするな」
「人の恋心を邪魔する兄はいらない!」
涼音は海斗に足払いをし、仰向けに転ばせるとマウントポジションを取り、そのまま顔面めがけ何発も殴り続けた。
(海斗のやつ自業自得だな。ここは病院だし、何かあったらナース呼べば問題ないだろ)
浩太は行儀悪く素手でケーキを食べようとしたとき、蓮季が俺を睨んでいる事に気がつく。
「ケーキ食べる前に、わたしに言う事あるよね」
腕を組み仁王立ちする蓮季に浩太は思わず動揺してしまうが、一応事細かく説明をし、怒りを沈めさせようと試みる。
「もし蓮季を呼んだら、涼音ちゃんと揉めるに決まっているだろ。それに海斗も一緒にお見舞いに来る事になっているんだから、変な事にはならないよ」
「だからって、嘘つく事はないでしょ! お兄ちゃんのバカ!」
手に握っているスプーンを浩太に投げつける。
それを見た涼音は、海斗を殴っていた拳を止め、蓮季の所に殺気を出しながらゆっくりと近づいていく。
「浩太お兄ちゃんに物を投げつけないでよ。余計怪我したらどうするの!」
「さっきから気安く私のお兄ちゃんを呼んで! あんたのお兄ちゃんはあそこで気を失っている海斗さんでしょ!」
目尻を険しく吊り上げて蓮季は怒ると、涼音も負けじと睨み返す。
「何を妬んでんの、子供じゃないんだからみっともないよ。浩太お兄ちゃんはあんただけの者じゃないんだから、ヤンデレでブラコンじみた行為はやめなよ。気持ち悪いから」
「わたしはブラコンではあるけどヤンデレじゃない! それにあんたみたいな幼児体型に言われたくはないわ。なにそのお粗末な胸は。わたしだったら恥ずかしくて人前に顔向けできない。巨乳になれるよう来世に期待する事ね」
確かに蓮季の頭は幼児で涼音の身体は幼児体型だな。と上手い発想をする。
蓮季の脳みそを涼音ちゃんの脳みそに移し替えて、蓮季の身体を涼音ちゃんの身体と入れ替えれば、二人とも完璧な女性になるんじゃないか。この病院で人体を取り替える研究をしていたらぜひ二人を使って欲しいと浩太は望む。
二人の啀み合いを見た浩太は、そんなブラック過ぎる考えをしていると二人のやり取りが白熱しすぎてこのままだと二人ともマジの殺し合いに勃発しかねない状態になっていく。
「ぐぐぐ、あんた、触れてはいけない所に触れたわね! 覚悟はできているの!」
涼音の肩が激しい怒りに震える。
「いい加減にしろ。二人とも仲良くできないのか。それにここは病院なんだ、そんなに大声で叫んだら他の患者さんたちに迷惑だろう。場をわきまえろ!」
浩太が二人を怒鳴ると、しょんぼりと頭をうなだれる。
「そうだぞ、二人とも浩太の言うとおりだ反省しろ」
さっきまで涼音に殴られて気を失っていた海斗が、いつ意識を取り戻したのか平然したそぶりで二人に警告する。
〈いや、こうなったのはおまえが原因だろうが!〉
二人の啀み合いを鎮静させると、いつの間にか時刻は夕暮れ間近の時刻へと回っていた。
これ以上いると浩太の身体に負担がくると思い海斗は帰る準備をする。
「そろそろ帰ろうか涼音」
涼音はイヤそうに顔を顰める。
「そうよ早く帰りなさいよ!」
邪魔だと言わんばかりに蓮季は涼音を追い出そうとしだす。
「わたし、まだここに残るから先帰っていいよ」
手を軽く振るそぶりを見せるが、海斗は強引に涼音の襟首を掴み強引に引っ張り出す。
「それじゃ、また見舞いに来るぞ」
「ちょっ、放せよバカ兄貴!」
バタバタと手足をばたつかせながら涼音は病室から出て行った。
病室には蓮季と浩太の二人だけになり、シーンと静まりかえる。
「ほんと油断も隙もないんだから、あの目狐は」
蓮季は腰に手を当て腹を立てる。
合って間もない二人なのに、どうしてこう喧嘩ばかりするんだ、と浩太は困り果てる。
「ねえ、お兄ちゃん。怪我の具合はどうなの?」
「う~ん、まだ痛みがあるけど、前よりは良くなったかな」
折れた右腕を回すそぶりを蓮季に見せると、ほっとした表情になる。
「病院だからってあまり無理しちゃダメだよ」
「わかっているよ。心配するな」
蓮季の頭を子猫のように愛撫すると気持ちよさそうな表情をする。
「ねえ、お兄ちゃん」
愛嬌のある表情で蓮季は浩太に訪ねた。
「何だ蓮季?」
「前にお兄ちゃんにさ、わたしが小学校のころイジメられた話しをした事あったよね」
「あのときの話な」
三連休の日、浩太が実家に帰ったとき、蓮季とのお風呂イベントで小学校の頃にイジメを受けていたという会話を思い出す。
それともう一つ、浴室に来たバスタオル姿の蓮季も思い出してしまい、ついつい顔を染めて視線をそらしてしまう。
「どうしたの? 顔赤いよ」
「気のせいだ。それでそのイジメがどうしたんだ、何か続きがあるんだろ(誰のせいで赤くしてると思っているんだよ……)」
蓮季は話題を戻す。
「うん。昔のわたしはこう見えても、もの凄く地味でクラスの人たちと溶け込めないでいたんだ」
「えっ、おまえが!?」
昔からこんな肉食女子だと思っていたが、まさか蓮季が地味な女の子なんて信じられない気持ちに浩太はなる。
「ずっとクラスに溶け込まないままでいたら、男子生徒や女子生徒にイジメを受けるようになったんだ。階段を下りるとき、近くにいた女子生徒に足をかけられて階段から落ちたり、顔面にフッ化水素酸をかけられそうになるし、千本ノックで身体中が痣だらけになった事もある」
「よく耐えたな……。――ていうかそれイジメ通り越して殺しにきてるぞ! 蓮季よ、おまえのメンタルは神をも超える強さだな。俺にはマネできない」
「まあね、我慢するのはある程度なれてるから」
「我慢の問題じゃないだろ。死んでいたかもしれないんだぞ!」
過去のイジメを平然と語る蓮季に浩太は恐れおののく。
「あるときね。近所の公園で同じ小学校の生徒にイジメを受けていたとき、一人の男の子に助けてもらったの。そしたら『またイジメられそうになったら、いつでもここに来い。そのときは助けてやるから!』て言ってくれたんだ」
浩太の脳に一つの小さな思い出が蘇る。
「まさか! あのとき公園にいた少女って……」
蓮季は衝撃の事実を浩太に打ち明ける。
「そうだよ。あのとき、お兄ちゃんが助けた女の子はわたしだよ」
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