第23話 いざ決戦!

「お兄ちゃん!!」


 今にも泣き崩れそうな義妹の小泉蓮季こいずみはすきは大声で浩太こうたの名を必死に呼び叫ぶ。

 

「だっ……大丈夫だ。蓮季」


 辺りに鈍い音と同時に枝が折れるようなパキパキという音が響く。

 脇腹目掛けて振り下ろされたバットをすかさず浩太は右腕で防いだ。だが、そのせいで右腕がぐにゃりと無残に折れてしまう。

 あまりの激痛に膝をつき、顔を歪めている浩太に藤林ふじばやしが、能面の表情で言葉を吐く。

「おまえの負けだ。諦めてここから離れれば特別に見逃してやる。どうだ敗北を認めるか?」

 「お兄ちゃんはあんたみたいな臆病者より全然強いわよ! 武器を持たなきゃ戦えないクズなあんたよりも数倍ね!」

 

 大好きな兄の浩太に『敗北を認めろ』という藤林の言葉を聞いた蓮季は、奥歯を噛みしめるほど聞き捨てられなくなり噛みつくように言葉を吐く。

 

 能面のような藤林の眉間に大量のしわを寄せて蓮季の方へとゆっくりと歩いていく。

 

「……おまえさ、自分の置かれている状況わかっている? 今この場でおまえを殺してもいいんだよ」

 

 藤林の逆鱗に触れ蓮季に殺意を向けて歩み寄る。

 

「やめろ! 蓮季には手を出すな!」


 藤林の意識を蓮季から自分に変えようと必死に呼びかけるが耳を傾けない。

「殺せるものなら殺してみなさいよ! 弱虫のクズ人間!」


 さらに藤林に暴言をたたみかける蓮季を見て血の気が引く、これ以上暴言を吐かせたら間違いなく命の保証は無い。

 

「バカ! 何挑発してるんだ!」

 

 早く助けないと、と思う浩太は身体を何とか立たせようとするが、激しい頭痛と折れた腕の鈍く響くような痛覚でうまく立つことができずよろめいてしまう。


「その気の強さに室井さんは惚れたんだな。でも俺は違う、俺をバカにしたやつはたとえ女でも容赦はしない、――だから死ね」


〈ヤメロオォォォォォォォォ!〉


 真は自分が弱いせいで大切な義妹を失うかも知れないと苦痛の表情から悔しげの表情へと変わり、兄失格の烙印を自分自身に押しつけた。

 父親の言うとおり警察に任せておけばこのような危機的状況にはならず蓮季も無事救出できたはず。こんな状況を作ってしまい父親や紀香に顔向けできない。

 気持ちが弱くなった瞬間に身体崩れ落ちそうになったとき、一瞬蓮季の思い出が走馬灯のように脳に流れ込んでくる。まだ兄妹になったばかりとはいえ、その思いでは浩太にとってとても大切な宝物だ。そんな思い出がこれからも続いて欲しい、かわいい蓮季の笑顔をまた見たい、それに死んだ母さんに女性を守れる強くたくましい男になれ、と言われた。


〈このまま妹が傷つくところは見たくない!!〉


 藤林が蓮季の頭めがけて力一杯バットを振り下ろす。

 

「……なに!?」

 

 藤林が目を疑った。

 疑うのも無理はない。蓮季の頭すれすれで藤林のバットを浩太は無残に折れている右腕で防いだのだ。

 

「……妹には手出しさせない」

 

 出血がひどく立っているのがやっとの状態だったはずなのに、どうして立ってられるのか藤林は不思議でしょうがなかった。

 そして彼が一番驚いていた事が虫の息のはずなのに折れた腕の手でバッドを掴む力が尋常じゃないっほど強い。

 

「バットが動かない。まだそんな力が残っていたのか……」

 

 浩太は獅子が獲物に威圧するような眼差しで藤林を睨む。

 

「歯食いしばれ!」

 

 右手をバットから離し、浩太は余った力を全て左腕に注ぎ、藤林の顎めがけて得意のアッパーを喰らわせる。

 

「ぐあっ!」

 

 藤林は綺麗な円を描くように空中に吹っ飛び、そのまま堅いコンクリートに頭めがけて落下した。

 

「勝った……」

 

 そのまま浩太も倒れ込みたい気分だが、蓮季がまだ縛られているため、倒れることは許されない。

 堅く縛られているロープを何とか解いてようやく蓮季を解放することができた。

 

「お兄ちゃん!」

「痛いから強く抱きつくな」

 

 蓮季は浩太の胸に顔を埋め、縋りつく。

 

「……お兄ちゃん……怖かったよ。わたしの、せいで、お兄ちゃんに怪我……させて、ごめんね」

 

 鼻を鳴らしながら泣く蓮季を浩太は優しく頭を撫でる。

 

「よかったよ無事で。それに俺は、蓮季のためならどんなに怪我をしても平気だ。おまえの笑顔を見れれば傷の痛みなんて対したことはない」

 

 折れた右腕を無理に動かし平気なアピールを蓮季に見せる。

 

「お父さんやお母さん心配してるよね」

「そうだな、早く帰って二人を安心させないとな。とりあえずここから出よう」

「うん」

 

 蓮季は浩太の肩を掴みゆっくりと廃工場から出ようとしたとき、

「このまま黙って帰すわけないだろ」

 聞いた事のある胸に突き刺さるような低音の声が浩太の耳に響く。

 

「……お兄ちゃん」

 

 恐怖のあまり震え出す蓮季の肩を優しく離して、室井らしき男の方にゆらゆらと歩き寄る。

 身長は百八十センチもあり、ボディービルダー並の筋肉で、鬼のような威圧のある顔つきをしたモヒカン頭の男が浩太を見下ろす。

 

「……おまえが室井むろいか?」

「そうだ」

 

 室井の声に浩太は一瞬ひるむ。とんでもない殺気のオーラを醸し出している。

 浩太は確信した自分の力じゃどうあがいても勝てないと。

 近くで気を失っている藤林に比べたら月とすっぽん。RPGで例えるなら最後の魔王。浩太はまず蓮季を安全な場所まで逃ことを最優先させる。

 

「蓮季、俺を置いて逃げろ」

 

 兄を残して自分だけ逃げる事はできず、蓮季は左右に首を振る。

 

「イヤだ! お兄ちゃんを置いてなんていけない!」

「いいか、おまえがいると邪魔なんだ。俺を困らさせるな!」

「イヤだイヤだ!」


 蓮季の態度を見たらここから逃がすのは無理。どうしたらこの状況を打破できるか短い時間で考えるのは不可能。

 

「――おい!」

 

 蓮季に気を取られていたせいで室井の豪腕ごうわんが浩太の鳩尾みぞおちにもろに入り、そのまま力尽きるように倒れた。

 

「お兄ちゃん!」

「…………」

 

 蓮季は必死に呼びかけても浩太は返事もしない。

 

「藤林を倒したやつだから、楽しめると思ったのに拍子抜けだ」

「……お兄ちゃん……」

 

 蓮季はその場で腰を抜かすと、室井は薄気味悪さと下心ある笑みを浮かべ、蓮季の所に近づいていく。

 

「邪魔者がいない別な場所に二人で行こうか」

「イヤだ来ないで」

 

 嫌がる蓮季に室井は鼻息を荒くし、詰め寄ってくる。

 

「嫌がる小泉もかわいいな」

 

 イヤらしそうな手つきをしながら蓮季の身体を触ろうとしたとき、室井の背後から大きな人影か飛びだしてきた。

 

「蓮季ちゃんから離れろっ!」

 

 岩石のようにたくましい腕が室井の頭を叩きつけた。

 

「ぐわっ!」

 

 突然の奇襲攻撃に、室井はよろめく。

 

「大丈夫か、蓮季ちゃん!」

 

 なんと蓮季を救出しに来た人物は、浩太の一つ上の先輩 桜井剛さくらいつよしだった。

 

「近寄らないで変態! どうしてここにいるのよ!」

 

 助けに来た桜井を蓮季は怯えるように後ずさる。

 

「酷い……俺は用事がてら、たまたまここの通りを歩いていたとき、蓮季ちゃんの匂いがしてな。匂いを嗅いで進んでいくと知らない男に襲われている姿が見えて助けたんだよ。どう俺のこと惚れた?」


「……気持ち悪いし、息も臭い。そこの男に殺されてください」


 救出しに来たのにあまりの暴言を吐かれて桜井は落胆する。

 助けて貰ったのはありがたい事なのだが、変質者並みの行動に、さすがの蓮季も顔を引きつる。心の中では桜井より浩太の幼馴染みの芝崎海斗しばさきかいとに助けに来てもらいたかったと強く思っていたに違いない。

 

「とにかくここから出よう」

 

 手を強引に引っ張る桜井だが、それを蓮季は抵抗する。

 

「待って、お兄ちゃんも連れて行かないと!」

「――ちょっと待てや!」

 

 蓮季と桜井は声がする方に顔を向けると、怒りのオーラをまといながら室井が立っている。

 

「こいつ、俺のパンチをモロに食らっても平気なのか!?」

 

「さっきのは少し効いたぜ。ま、この程度のパンチで俺はやられない」

 

 首の関節をポキポキ鳴らせる室井を見て、桜井は恐ろしくなり身を退く。

 さっきの攻撃は桜井の全力の攻撃だったのだから、その攻撃を食らって何食わぬ顔で立っているのだから恐怖するのも無理もない。

 

「……桜井先輩、かっこよく登場しといて、何ビビっているんですか」

「浩太!」

「お兄ちゃん!」

 

 気を失っていたはずの浩太が突然二人の背後に現れ、二人は驚き、綺麗に声を合わせて叫んだ。

 

「何、お化けを見たような驚きをしてるんだよ。俺はまだ死んでないぞ」

「ほんとしぶといなおまえは。ま、それでこそ俺のライバルだ」

「勝手にライバルにしないでくださいよ。一度も勝った事ないくせに」

「ぐっ!」

 

 浩太に言われ桜井はうめき声を漏らす。

 

「蓮季、俺の事は大丈夫だから早くここから逃げろ」

「イヤだって言っているでしょ! 何度も言わせないでよ!」

 

『コン』と優しく蓮季の頭をごつく。

 

「心配するな俺は負けないし桜井先輩もいるからな、それにも呼んでいる」

「助っ人て誰を呼んだんだ?」

 

 桜井は不思議そうに尋ねた。

 

 

 暗闇からコツコツと歩いてくる人影が現れた。

 

「おまえは……芝崎海斗しばさきかいと!?」

 

 いつも勉強ばかりしているガリ勉男が、どうしてここに現れたのか桜井は驚き戸惑っている。

 

「海斗さんどうしてここに!?」

 

 同じく蓮季も海斗が来た事に驚いている。

 

「浩太から電話で『助けて欲しいから俺が言う場所に急いで来てくれ!』と連絡がきたから急いで飛んできたんだよ」

 

 浩太は室井のパンチをもらい倒れたとき、最後の力を振り絞ってスマホから海斗に連絡して助けを求めていたのだ。

 

「……海斗がいれば心強いぜ」

「全く何だよ、そのざまは」

「ちょっと待て! どうして芝崎を呼んだんだ。喧嘩した事がないガリ勉男だぞ」

 

 二人の間を入って桜井は慌てた様子で語る。

 

「こいつ昔はかなりのヤンキーで、毎日俺と喧嘩ばっかりしてたんだ。それに俺は海斗に一度も喧嘩で勝った事がない」

 

 それを聞いた桜井と蓮季はあまりの衝撃発言に口を開けて唖然とする。

 驚くのも無理もない。昔の浩太と海斗は中学のころ他校のヤンキーたちと毎日喧嘩ばかり明け暮れていた。

 海斗は中学三年の時、急に髪を黒に戻し、『俺は立派な社会人になる!』と自負し、何かにとり憑かれたように夢中で勉強をした。

 最初は頭でも強く打ったのか心配になる浩太だったが、海斗の強い意思が浩太に段々強く伝わってきて立派な社会人に成れるよう心から応援するようになった。

 

「ここは俺たちに任せて蓮季ちゃんは安全な所まで避難するんだ」

「……わかりました。お兄ちゃんの事は海斗さんに任せます。海斗さんも無茶はしないでくださいね」

「ありがとう。蓮季ちゃんに心配されるなんて幸せだよ」

「俺には! 俺には!」

 

 桜井先輩は自分の顔に指を差してアピールするが蓮季はシカトし、その場から走り去って行く。

 浩太は落ち込んでいる桜井の肩をポンと叩く。

 

「落ち込むのは後にしてくださいよ、今は目の前の敵に集中してください」

 

 そう目の前には鬼の形相をした室井という怪物が怒り狂うように仁王立ちしている。

 

 浩太一人だけじゃ勝てないが、頼れる仲間が二人も居るから勝つ見込みが十分にある。浩太のプライド的には三対一は卑怯ひきょうだと思っているが、相手の力量を考えれば仕方ないこれは間違いなくケンカを通り越して殺し合いになるかも知れない。

 浩太は重傷、もしかするとこっちが不利かもしれない。それでも戦わなくちゃいけない。かわいい妹である蓮季を傷つけたこの男には、落とし前を付けなくてはならない。


 三人は強敵の室井に立ち向かっていった。

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