第17話 昔の思い出
ヤンキー達との
(ここまで来れば一安心だ)
浩太はともかく、蓮季は勢いよく走ったせいで、ひどい息切れをし壁に手を掛け突っ伏していた。
「大丈夫か蓮季。どこかで休憩するか? 汗がすごいぞ」
「……うん、大丈夫。……平気だよ」
見る限り大丈夫ではない。蓮季の額から滝のように汗が流れてる。
このまま気分転換にアトラクションを乗って楽しむ雰囲気ではなさそうなので、どこか休める場所ないか辺りを見渡していると、
「浩太?」
「
「こんにちは……浩太さん」
金髪のロングヘアーで、ピンク色のハートを模った可愛らしいピアスを耳に付け、上はピンクのキャミソール、下はかなり丈が短いミニスカートの衣装をした幼馴染み海斗の一つ年下のかわいいギャル。
以前鈴音を見たときよりもかなりギャル化していた事に驚いたが、――一番驚いた事は海斗と二人きりで遊園地に来ている事だった。
この二人は兄妹なのにもの凄く
「兄妹仲良く遊園地とは珍しいな」
「そんなんじゃねえよ。さっき商店街のくじ引きで遊園地のチケット当たったからついでに来たんだよ。俺がこんなチャラチャラしたバカな妹を誘って行くわけないだろ」
(チャラチャラしたバカな俺とは付き合うんだけどな……)
その台詞を聞いた鈴音は、すかさず海斗の腰めがけて強烈な蹴りが降り注ぐ。
「痛いな! 何するんだよ!」
「うるさいバカ兄貴! こっちだって抽選が当たってなかったら兄貴と一緒に来るわけないだろ!」
「来なかったら、浩太に会えなかったけどな」
「……っ!」
涼音は刃のように鋭い目つきで海斗を見入った。
「まあまあ、せっかく来たんだから楽しく遊ばないと」
二人を宥めさせると蓮季が海斗の方に近寄り。花々した愛嬌のある笑みで自己紹介をする。
「こんにちは。確か
「はいストーーーープ!!」
段々義妹の蓮季が暴走してきたので浩太が直ぐに間に入って止める。
「面白い子だね蓮季ちゃんは。こんにちは。こんな綺麗な美少女に名前を覚えられるなんて俺は幸せだよ」
海斗も思わず苦笑してしまう。
「ほんとですか、かっこよく知的のある芝崎さんに言われて、わたしもうれしいです!」
後ろに手を組みながら前屈みで色っぽさを醸し出す蓮季の魅力に、海斗は惑わされている。
「なあ、俺の妹にならないか!」
蓮季の天使みたいな微笑みに海斗は虜になっていた。
「ダメだ! おまえにはこんなかわいい妹がいるじゃないか」
「かわいいですか! わたしの事かわいいと言いましたか!?」
その言葉を聞いた瞬間、涼音は嬉しさのあまり頬を赤らめて、浩太に至近距離まで歩み寄り微笑む彼女を見て思わず心臓の鼓動が高鳴る。
「……ああ。海斗の妹には勿体ないくらいにな」
と、軽はずみな台詞を吐いた途端、背後からくる殺意を感じ、浩太は全身に悪寒をしだす。
「お兄ちゃん」
「……蓮季、どうした怖い顔をして」
「何かわいい妹の前で他の女性を口説いているの! 浮気?」
「いやいや、俺たちカップルじゃなくて兄妹だろ」
蓮季は怒りで身体中をブルブル震わせる。噴火寸前の緊急避難警報が発令するほどに。
蓮季は眉を吊り上げてツカツカと涼音のほうへ歩み寄る。
これは蓮季が涼音に喧嘩を吹っかけて、仲良くできない雰囲気になるに違いない。
「始めまして小泉蓮季 高校一年生です。お兄ちゃんの義妹です! 妹として悪いクソ虫女をお兄ちゃんに近づけないように排除するよう、いつも心掛けています。あら? ここにも汚物の周りをブンブン飛び回っている害虫女の匂いがするわ」
ヤバい、と浩太の額から冷や汗が流れ落ちる。
対する涼音は表情を変えずニコやかに自己紹介をする。
「こちらこそ初めまして芝崎涼音 高校一年生です。ごめんなさいね。お兄ちゃんを取っちゃって」
涼音の言葉に蓮季の頭はとうとう噴火した。
「黙れ、この駄犬! あんたみたいな汚物肌の女に、お兄ちゃんは好意を抱くわけないでしょっ! さっきの言葉は、お世辞だってわからないの!」
「妹になって日が浅いあんたよりも、小さいころから妹のように面倒を見てもらったわたしにかなうわけないでしょ! この牛女!」
お互い目じりにバチバチと火花を散らせる。
「ここまで吠えれば大した物よ、さすが駄犬だわ。それにお兄ちゃんはわたしの事世界で一番愛しているなんて言ってくれたのよ。あんたはお兄ちゃんにそう言われたことある?」
「何言っているの蓮季さん? 俺は一言も『愛している』なんて言ってないよ。それは幻聴だと思うよ。今から緊急で病院に行こうか?」
続けざまに涼音も思いがけない台詞を口にする。
「わたしだって、小学生のとき将来をともに結ぼう、と言われた事あるよ!」
「おまえ、俺の妹にそんな事言っていたのか!?」
「言ってねぇよ! ――というかどんだけ二人とも幻聴が聞こえているんだよ! ――いやちょっと待て、もしかして俺が二重人格で二人を口説いていたのか!? 二人とも嘘をつくような子じゃないしな。ヤバい自分が怖くなってきた……」
「アハハハッ! 良かったな浩太。モテ期到来だぞ」
けたたましい声で海斗が笑い出す。
(こいつ人ごとだと思いやがって!)
「この現状を何とかしろ海斗」
「知らん。おまえが何とかこの場をしのげ」
海斗に
お互いにらみ合い、入る隙もない。
「いい加減にしろ。おまえらなんでそんなに
〈〈この泥棒猫を好きになることなんて、無理に決まっているでしょっ!!〉〉
見事に二人は唱和する。
「うっ」
二人は、晴天に雷が降り注ぐぐらいの怒声を浩太に浴びせる。
(俺のせいなの? 俺二人を怒らせた事、何か言った?)
浩太は自分の混乱しているちっぽけな脳を働きかけ、現状を整理した。が、何も思い浮かばない。
「こうなったらどっちが好きか、お兄ちゃんに決めてもらおう」
「いいわよ。どうせ勝算は目に見えているけどね」
〈〈ということで、お兄ちゃんは、どっちが一番愛しているの(ですか)!!〉〉
またしても蓮季と涼音が唱和する。
(これが修羅場というやつなのか!)
「海斗、もうダメだ。何とかしてくれ!」
「しょうがないな……」
髪を掻きながら面倒くさそうに海斗は了承する。
「涼音。浩太を困らせるな。あまりしつこく言うと嫌われるぞ。蓮季ちゃんも涼音の挑発に乗ってはダメだよ。心配しなくても浩太は蓮季ちゃんの事を誰よりも愛しているから安心しな」
「……はい」
「……わかったわよ。クソ兄貴」
二人は反省し、この場は丸く収まり浩太は胸をなで下ろしながら
(さすが海斗。争いを
「よし気を取り直して四人で楽しくアトラクションを乗りまくって遊ぼうぜ」
浩太は気持ちを切り替え三人に言う。
「そうだな浩太の言うとおりせっかく来たんだから、遊ばないと損するからな」
続けて海斗も言う。
こうして浩太たち四人は数々のアトラクションを乗って満喫するのだった。
☆
あっという間に陽が暮れ、時刻はもう六時を過ぎていた。
「じゃあ、そろそろ帰るか」
「そうだねお兄ちゃん」
蓮季はコクリと頷く。
「浩太たちも帰るんだったら、俺たちも帰ろうぜ涼音」
「ちょっと待って兄貴」
涼音は浩太の所に近寄ってきて、耳元で周りに聞こえないほどの声で呟く。
「……ふんふん……いいよ」
涼音との内緒話に相槌をうち浩太は肯定する。
「ほんとですか! やった!」
うれしさの感情がこみ上げ、声を弾ませている。二人のやりとりを見ていた蓮季は芳しくない表情をしていた。
正面ゲートを出て海斗たちと別れ、自宅に帰る途中、ずっと蓮季が拗ねている姿に浩太は気に掛けていた。
「さっきから機嫌悪いみたいだけど、何かあったのか?」
「……別に」
いじけたようにそっぽを向き話を逸らす。
(やっぱり機嫌が悪いな。涼音ちゃんと揉めた後は機嫌良くなっていたのに、また涼音ちゃんから何か言われたのか?)
帰り途中にフッと昔の思い出が蘇る。
(そういえば、この近くに昔遊んでいた公園があったな。陽が沈みかかっているが、蓮季を誘ってみるか)
「なあ、近くに公園があるんだけど行ってみないか?」
「……えっ、今から行くの?」
「ああ、早く行こうぜ」
嫌がる蓮季を無理に連れて幼少期のころ、よく遊んでいた公園に向かった。
歩いて五分、緑豊かな並木道を通ると樹木に囲まれた公園が現れる。遊具は他の公園よりも少ないけれど、小学校から近かったため、よく海斗と涼音の三人で遊んでいたのだ。
「着いたぞ蓮季」
昔と変わらない景色が浩太の目に映る。遊具はブランコ、滑り台、砂場しかないとても小さい公園。昔の頃の記憶が短編映画のように流れる。
「……ここって」
小さく呟き、動揺している蓮季に目を向ける。
「どうした蓮季?」
「べっ、別に何でもない」
何かを蓮季は思い出しているような感じに見えたが、見て見ぬふりをする。
二人は公園のベンチで腰下ろし一息つくことにした。
「海斗と、小さい頃よくこの公園で遊んでいたよ」
「……そうなんだ」
「そういえば俺が小学生のころ、この公園でイジメを受けていた女の子がいた事もあったな」
「お兄ちゃん。思い出してくれたの!?」
気炎を上げるように蓮季は浩太に問い詰める。
「どっ、どうしたんだ急に、それに思い出したって何の事だ?」
「いや……別に……それでその子とはどうなったの?」
深い穴に沈むかのように蓮季は俯く。
蓮季の感情の移り変わりが激しさに浩太は心配になる。
「一度しか会った事がない子なのに妙に懐かれてな、確か名前は……忘れちまった。まあ、俺が思うには、きっと俺好みのかわいい子になっているんだろうな」
浩太は思わず口を滑らしてしまった。
今のは完全に地雷。ついつい言葉に出してしまった浩太は後悔し、蓮季はまた機嫌悪くなっているはず。
恐る恐る隣に座っている蓮季に目を向けると顔がスイカのように赤く、身体の全身はアイスが溶けたような状態になっていた。
「どっ、どうした蓮季、顔真っ赤だぞ」
「暗くなったからもう帰ろっ!」
急にベンチから立ち上がり、浩太を置いてそそくさと帰る蓮季を見て、また怒らせてしまった、と思い込んでしまう浩太であった。
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