第16話 濁流の如く 

 賑わう家族連れやカップルの群れの中、一人だけ青白くまるで死人のような表情を浮かべる人物がいた。


「……もうジェットコースターなんてこりごりだ。――いや遊園地自体こりごりだ……」

 

 青白い顔をした小泉浩太こいずみこうたは、ぐったりと肩を下ろしながら酒に酔ったようにヨロヨロ歩く。

 倒れてしまうほどの千鳥足なので素早く義妹の蓮季はすきは浩太の肩を担ぐ。

 心配そうにこちらを見てくる蓮季の姿を見て、兄としてなんとも情けない姿をさらしてしまったと可愛い義理の妹に申し訳なく思う。

 ほんとは数々のアトラクションを乗り愉快ゆかいな気持ちで満喫したいはずなのに自分のせいで台無しにしてしまった。

 

「すまない蓮季……。少しそこのベンチで休まないか?」

「お兄ちゃん、もしかしてジェットコースター苦手なの? 以外だね」

「俺に苦手な物なんて――ウブッ、ない……。ただ疲れぐぷっ(ダメだ喋るとマーライオンになってしまう……。あんな邪道な乗り物は二度と乗るか)」

「まだ一つしかアトラクションを乗ってないのに、だらしない」

「気分が悪くなったんだからしょうがないだろ。とにかく早く休ませてくれ……」

 

 てっきり浩太は最初にメリーゴーランドのような軽いアトラクションから乗るのかと思っていたが、まさか一発目からものすごい過激なアトラクションであるジェットコースターに乗らせられるのは意外だった。

 こんな絶叫系マシーンに乗ったのにもかかわらず蓮季は愉快痛快ゆかいつうかいな態度で、もの凄いスピードで加速するジョットコースターに喜んでいる姿に、隣に乗っていた浩太は自分より肝が据わっていると感心していた。

 少し嗚咽おえつを吐きながらフラフラとまるで墓場から現れたゾンビのように歩き、なんとか休憩所に着く。

 蓮季に頼りない背中をさすってもらいながら、近くのベンチに腰を下ろし一休みした。

 ようやく休める浩太は深く息を吐き、ぐったりとした体勢になる。

 

「このまま閉館まで休みたい気分だ」

「近くに自販機があるから何か冷たい飲み物買ってきてあげる」

 

 急いで蓮季は自販機に向かった。

 

「蓮季にかっこ悪いところを見せてしまったな。まさか乗り物酔いをするとは思いもよらなかった。こうなるんだったら酔い止めの薬を持ってくればよかったよ……」

 

 後悔した気持ちを感じながら、しばらくベンチで横になっているが、もう十分近く飲み物を買いに行った蓮季が戻ってこない。

 浩太のいるベンチから自販機までそう遠くないほどの距離。

 心配になった浩太は鉛のような身体に鞭を打つように起き上がり、よたよたと自販機のある場所まで向かった。

 人混みのあいだを抜けると、何やら自販機の方から蓮季の騒ぎ声が響き渡る。

 

(あいつ……何かあったのか?)

 

 浩太は自販機に目を向けると、五人の男性陣が蓮季を取り囲んでいるのを目撃した。

 最悪な状況だった。まさか浩太が体調がすぐれていないときに蓮季が男性達に目を付けられているとは。

 蓮季の顔立ちや美貌を見たらどんな男でも虜になってしまう。

 こんな人たがりだったら狙われるのは当然、ヨロヨロな足で自販機に行くと先頭にいたリーダらしき金髪のヤンキー男が、蓮季に向かって声をかけていた。


「そこの彼女、可愛いね、一人?」

「ごめんなさい。彼氏がいるので」


 勝手に浩太の事を彼氏呼ばわりしたのを見過ごさなかったが、この状況ではやむを得ない判断だな、と納得する。

 だが、金髪ヤンキーは彼氏持ちと伝えたはずなのに一歩も引かない。むしろしつこく付きまとう。

 

「彼氏なんかより、俺たちと遊ぼうぜ、お嬢さん」

「ごめんなさい、彼氏が体調が悪く急がないといけないので、失礼します」


 急いで蓮季はこの場から離れようと走り出そうとしたとき、金髪ヤンキーが蓮季の腕を強引に掴んで逃がさない。

 強引に掴んできた金髪ヤンキーの腕を必死に蓮季は剥がそうとする。

 

「そんなイヤがるなよ。俺たちと遊んだ方が後悔しないぞ」

「イヤだ。あんたみたいなゾンビ顔と誰が遊ぶと思っているの。整形して出直してきて!」

「テメェ、誰がゾンビだって! かわいいからって調子に乗るなよこの女!」

 

 自分の顔をゾンビとののしった蓮季に腹にすえかねたらしく、金髪のチャラ男が拳を振り下ろす。

 蓮季がピンチの瞬間、浩太は火事場の馬鹿力を出し、ふらつく足に気合いを入れて、ダッシュで駆け出す。

 

(――お兄ちゃん、助けて!!)

〈蓮季!!〉

 

 蓮季は咄嗟に目をつむり、大声で浩太に助けを求めた。

 間一髪、蓮季に向けて降りかかった拳を浩太はギリギリのところではじき返す。

 安心したのか浩太は金髪ヤンキーの攻撃を防いだ瞬間、身体がよろめき倒れそうになるがなんとか根性で立ち、そのまま身体の維持をする。


「誰だてめぇ! 邪魔するな!」

「人の妹に手を出すなよ。殺すぞ」

 

 ハイエナの集団のようにチンピラたち五人は浩太を囲み戦闘態勢に入る。

 この戦況は浩太にとってかなりの不利。

 だが、背後で怯えている蓮季の姿を見てやらねばならないと強い闘志が身体の底から湧き上がる。


「……お兄ちゃん」

「……大丈夫。兄ちゃんに任せておけ。勝算はある」

 

 兄が弱っている姿を見て、蓮季は心配する眼差しを向けてくる。

 

「俺たちは五人もいるんだ! なめるなよ! クソガキ!!」


 人を見下すような笑みを見せるヤンキー達に対して浩太も負けず睨み返す。

 金髪のヤンキーは動き出し、浩太の胸ぐらを掴むその時、事件が起きた。

 

「オヴェェェェー」

 周りにいるヤンキー達の顔めがけて、浩太は口から汚物をまき散らしたのだ。

 

「きたねえっ!!」

 

 濁流だくりゅうの如く、口から勢いよく噴射する汚物を防ぎながら五人のチンピラはその場から急いで立ち去っていった。


 

 周りの目が浩太たちに集中している。この場にいるのはマズいと思い、蓮季の手を握る。


(すまん清掃員、後は任せた!!)


 浩太は心の底から清掃員の人に謝罪をしながら遠くへと蓮季を連れて走るのであった。

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